第23話 テティス島沖航空戦②
トリアイナに出現した異世界の艦隊から出撃してきた飛行機械の迎撃に向かったドローム隊だったが、敵戦闘機の前に一方的に撃破されていた。魔導砲の一撃で機体を破壊され墜落する敵機もあるが、黒煙や炎を吹いて墜ちていくのは圧倒的にドロームが多い。この状況にドローム隊の編隊長は歯噛みしながら迎撃戦の渦中に身を置いていた。
(なんだ、こいつらは。見た目もそうだが速度、機動性、火力全てに異質すぎる。無敵を誇ったドロームが一方的に蹂躙されるなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか!)
ドロームは目についた敵機に装備された3基の魔導砲を発射するが悉く躱され、両翼に装備された武器で反撃されて撃破されていく。さらに、敵機は2機から4機で連携して立ち向かってくるため攻撃を躱しても別な方向から攻撃を受けてしまう。また1機、編隊長の目前で20mm機銃弾を浴びて爆発し、海面上に破片をばら撒いた。
「くそッ! なんなんだ奴らの武器は。魔道障壁が全く効いてない! ぐうっ!?」
編隊長機の近くで1機のドロームが爆発した。衝撃波が機体のコントロールを失なわせかける。何とか姿勢を立て直した編隊長は周囲を警戒しながら戦闘状況を確認して唸り声を上げた。100機近くいたドロームは、もう30機もない。周囲を飛び回っているのは敵の戦闘機だけ。もう敗北は必至だ。しかし、帝国軍人には撤退などありえない。あるのは勝利か死かだ。編隊長は最後の賭けに出ることにした。魔道通信機のレシーバーを手に取ると大声で叫んだ。
「ドローム全機集合しろ! 空中戦では奴らには勝てん。オレの機を中心に円陣を組むんだ。死角を消して向かってくる敵を確実に墜とす。急げ!!」
命令を受けたドロームは機体を翻して編隊長機の許に向かう。その間にも敵機の攻撃で数機が黒煙を吐きながら墜落していく。だが、生き残ったドローム約20機は編隊長機を中心として円陣を組み、空中静止して全方位に魔導砲を向けた。編隊長は乗機の上部ハッチを開けて外に出て異世界の戦闘機に向かって呟いた。
「よーし、来るなら来い…。近づいた時がお前達の最後だ。異世界の魔物どもめ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘機隊総指揮官千早少佐はドロームの射程外から様子を伺っていた。空中静止して円陣を組まれると死角が消され、不用意に近づくと魔導砲の集中砲火を浴びる危険性がある。零戦より防弾が厚い紫電改でも直撃を浴びれば機体を破壊される。現にドロームとの戦闘では数機が撃墜されている。
(円陣を組みながらゆったりと回っている。正に祭りの神輿担ぎだ。あれでは正面攻撃は難しい。よく考えたと言いたいところだが、詰めが甘いな)
千早少佐は無線電話機のレシーバーを手にすると、戦闘機隊に向かって指示を伝えた。
「1中隊は俺に続け。4千mまで上昇し、お神輿の真上から降下攻撃を仕掛ける。2中隊は真下から突き上げろ。3中隊、4中隊は円陣が崩れたら突撃して止めを刺せ。かかれ!」
千早少佐はスロットルを開いて操縦桿を手前に引いた。発動機が唸り、機体を上空に引き上げて行く。指定の高度に達すると水平飛行に戻して敵編隊の真上に紫電改を持って行った。下を見ると第2中隊が敵編隊の約1千m下に位置し、第3、第4中隊が接近離脱を繰り返して敵編隊を牽制している。少佐は機体をバンクさせて僚機に合図すると、操縦桿を一気に押し込んだ。紫電改は前に倒れ、加速を付けながら垂直に近い角度で急降下する。
速度計は700km/hを超え、強いGが体にかかるが、下っ腹に力を入れて操縦桿を握り、狙いを付けたドロームを照準器の中に捉え続ける。
「食らえ!」
敵の姿が照準器の円環一杯になったタイミングで、20mm機銃の発射把柄を握った。両翼計4丁の機銃から撃ち出された機銃弾は、円陣を組むドロームの上部に命中すると内部まで貫通して乗員を殺傷した。乗員を失ったドロームはよろめきながら墜落していく。第1中隊は降下攻撃で数機のドロームを撃墜し、下方に抜けて水平飛行に移った。
「今度は俺達の番だ。行くぞ!」
葛城戦闘第2中隊を率いる末崎真大尉は、1中隊が下方に抜けたのを見て急上昇を掛けた。敵は1中隊の攻撃で円陣に綻びを生じた上、3、4中隊の間断ない接近離脱攻撃で下方の2中隊を迎撃する余力が無いようだ。
「真上と真下、脆いもんよなぁ!」
下からの接近に気付いた真ん中のドロームが魔導砲を向けて来たが、敵が発射するより早く20mm機銃の発射把柄を握った。機銃弾はマナの噴射口に飛び込み、推進機関を撃ち砕く。すれ違い様にドロームを見ると天井部のデッキにしがみ付いている搭乗員と目が合った。紫電改に驚愕の表情を向けた搭乗員を道連れに、ドロームは機体各部から炎を吹き出してコントロールを失って墜落していった。
指揮官機を失い、上下からの攻撃で編隊を維持できなくなったドロームに、ここぞとばかりに第3、第4中隊が襲い掛かる。速力の劣るドロームでは紫電改を振り切ることはできない。決死の反撃に出るが、今や数の優位は敵側にあり、次々に20mm機銃弾を浴びて撃墜されていった。
乗機の爆発と共に空中に放り出されたドローム隊の編隊長は、落下しながら帝国の誇る飛行兵器ドロームが次々に撃墜されていくのを放心して見つめていた。
(ドローム隊が…。オレが手塩にかけて育て上げたドローム隊が失われていく…。決死の円陣戦法も奴等には通じなかった。悪魔だ奴らは…。トリアイナは悪魔と手を組んだに違いない。でなきゃドロームが負けるはずが無いんだ…)
自分の脇を炎に包まれたドロームが墜ちて行く。あれでは乗員は助かるまい…そう思った編隊長は静かに目を閉じた。目尻から涙が溢れるが直ぐに空中に消えた。
(さよなら、妻よ…。生れたばかりの子を頼むぞ…。強い人間に育ててくれ…)
帝都の家で帰りを待っている妻に別れを遂げた時、激しい衝撃を受けて編隊長の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「制空隊は敵編隊を上手く抑えてくれたようだな」
急降下爆撃隊と水平爆撃隊を率いる攻撃隊指揮官結城少佐は、搭乗する天山の偵察席から周囲を見回して安堵するように言った。重い爆弾を懸架した攻撃機は動きも鈍く、敵戦闘機に狙われたらひとたまりもない。制空隊が敵の人形とお神輿を攻撃隊に近寄らせないでくれたのは有難かった。だが、攻撃隊の出番はここからが本番だ。結城少佐は何としても成功させなければと気合を入れた。
「少佐、敵艦隊に近づきました」
操縦員の水上中尉が敵艦隊発見を知らせて来た。結城少佐が双眼鏡で覗くと、大型戦艦が3隻ずつの複縦陣で進み、その後ろに空母が3隻続いている。その周囲を駆逐艦クラスの艦が取り囲み、さらにその前方を巡航艦が傘のような陣形を組んで進んでいる。
「あれだ…。中々堂々とした艦隊じゃないか。沈め甲斐があるっていうもんだ」
「少佐、お神輿が向かってきます!」
「なにッ!?」
見ると20機程のお神輿が向かって来る。攻撃隊を直掩してきた紫電改隊が前に出てお神輿の迎撃に向かった。
「奴らは直掩隊に任せろ。天城隊突撃、葛城隊は待機。天城隊が残した敵をやるぞ。宮島、信号弾を上げろ!」
「了解!」
「水上、左旋回。一旦艦隊から離れる!」
「左旋回、宜候」
後部電信員席の宮島平太飛行兵曹長が信号弾を打ち上げた。天城隊が速力を上げ、突撃隊形を取って敵空母目掛けて進んでいく。葛城隊は左に旋回して一旦艦隊から離れる。
天城隊18機を率いる平岩洋介大尉は、天城隊固有の周波数に合わせた無線電話機のレシーバーに向かって命令を伝えた。
「平岩1番から全機。第1中隊目標、敵空母1番艦。第2中隊目標、敵2番艦。突撃隊形作れ!」
平岩大尉が率いる第1中隊と寺島健夫大尉率いる第2中隊に別れた天城隊は斜め単横陣を形成して進撃する。
「大尉、前方に敵機!」
平岩機の操縦員である山野三郎少尉が敵機の接近を知らせてきた。平岩大尉が前方を見るとお神輿が3機接近して来るのが視認された。
「すんなりと言う訳にはいかないってか。こちとら突撃隊形に入っているんだ。今更陣形は変えられん。このまま突撃! 速度性能はこっちが上だ。突っ切れ!!」
「了解!」
山野少尉がスロットルを開いた。アツタ32型液冷発動機が唸りを上げて彗星を加速させる。山野も兵からの叩き上げで少尉にまでなった人物だ。開戦以降数々の戦闘に参加して生き残った、今では貴重なベテラン操縦員でもある。平岩はペアとなってから以降、ずっと山野の腕を信頼しており、任せると決めている。
敵ドロームが斜め単横陣を組む第1中隊の前に立ちはだかり、魔導砲を撃ってきた。山野は左右の翼を上下に振って魔導砲を躱す。しかし、後続機の内、1機が魔導砲をまともに受けてプロペラを吹き飛ばされた。
「前田機被弾!」
「了解!」
無線電話機のレシーバーに第3小隊長の山形彰浩少尉の声が響いた。前田省吾飛行兵曹長が操縦する8番機が堕とされたのだ。彗星艦爆には前方を志向する機銃は装備されていない。とにかく敵弾を躱して突っ切るしかないのだ。
(すれ違い様に一撃食らわしてやる)
平岩は13mm後方機銃をいつでも撃てるように射撃準備をしたが、その前に紫電改1機が戻ってきて、目の前のドロームを攻撃し始めた。紫電改はドローム1機を叩き落すと、慌てて遁走を始めた2機を追って離れて行った。
「助かった。ありがとよ、紫電改」
「大尉、敵1番艦上空です」
「よし! 山野、行け!!」
「行きます!!」
山野少尉は操縦桿を前に倒した。平岩機が突入すると同時に、中隊各機も一斉に急降下を始めた。降下角度は約60°ほとんど垂直に近い角度だ。周囲に敵艦隊からの対空砲が連続して撃ち上がり、機体の周囲で爆発して衝撃波が機体を揺らす。しかし、米軍両用砲の近接信管(VT信管)のように擦過時に爆発して破片をまき散らす訳ではないので、直撃しない限り墜とされることは無い。それでも後続の1機が捉えられ翼を吹き飛ばされて墜落する。だが、対空砲の被害はそれだけだ。残った7機は目標である敵空母目掛けて突入を続ける。
「高度二五(2,500m)! 二〇! 一五…」
対空砲の爆発音と発動機の轟音の中、平岩は冷静に高度計を読み上げる。操縦は山野に任せているのだ。自分は偵察員の役割を果たすだけだ。
「〇六!」
「てーッ!」
高度600mに達した時、2つの叫びが重なった。山野は爆弾投下レバーを引いて爆弾を投下し、彗星の機首が上がった。平岩の後方から連続した爆発音が聞こえて来た。
「どうだ!?」
水平飛行に戻り、平岩が後方を振り返ると、敵空母の飛行甲板に3カ所の大穴が空き、破壊された舷側から煙が噴き出して激しい炎が踊っている様子が見えた。誘爆の炎が上がる度に艦体を傷つけ、破壊していく。
「よし!」
平岩は握りこぶしを作って腕を振った。500kg爆弾は九九艦爆が使用してきた250kg爆弾に比べて重量があり装甲貫徹力も高い。飛行甲板に命中した爆弾は敵艦の格納庫まで貫通して爆発したに違いないと平岩は確信した。目を移すと第2中隊が攻撃した空母は全艦炎に包まれながら、左舷に傾き始めている。平岩は艦隊司令部に通信を送った。
「ワレ敵空母ヲ爆撃ス。空母2隻ニ爆弾複数命中。大火災、撃沈確実。今ヨリ帰還ス」
敵はまだ多い。艦隊戦までに漸減せしめなければ第二艦隊に勝ち目はない。平岩は艦爆隊を集合させると、再出撃のため母艦に向かって帰投した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「彗星隊、やったな。敵空母は残り1隻…」
艦上攻撃機天山による水平爆撃隊18機は、9機ずつ三角形の編隊を組んで離れた場所から彗星隊の様子を伺っていた。急降下爆撃による攻撃で2隻の空母は沈みかかっている。残りは1隻。これも確実に沈めなければならない。結城少佐は無線電話機のレシーバーを手に取って通信を送った。
「結城1番から石川1番へ、敵空母を攻撃せよ」
「了解!」
第2中隊指揮官の石川邦彦大尉が直ぐに返信してきた。石川大尉が率いる第2中隊は編隊から離れた。空母を護衛する突撃艦や魔導戦艦から盛んに対空砲火が上がるが、攻撃隊は怯む様子も無く真っ直ぐに敵空母目掛け、火星25型発動機(離昇出力1,850馬力)を全開にして進撃する。中隊の先頭に立ち嚮導機の役割を務める二番機の操縦員、菊池幹夫飛行兵曹長は爆撃の名手だ。菊池機は後続する8機を誘導して必中のタイミングを計る。
「まだよ、まだよ…。対空砲当たるなよ…。よし今だ、てッ!」
菊池機が九九式八〇番五号爆弾(800kg徹甲爆弾)を投下した。これを見て、後続機も一斉に爆弾を投下した。




