第22話 テティス島沖航空戦①
トリアイナ王国を構成する4つの大きな島のうち、最南に位置するテティス島。テーチス海に面した海岸から約200海里(約371km)ほど離れた海域にヴァナヘイム帝国の誇る機動艦隊がトリアイナ本島目指し進撃していた。旗艦である魔導戦艦ヨルムンガンドの艦橋では総司令官であるガティス第3皇子が指揮官席でイライラした様子で通信文に目を通していた。
「チッ…フレイヤの役立たずが。最新鋭の飛行機械を預けられたにも関わらず、敵の航空隊の前にドローム共々全滅しただと。全くクソの役にも立ちゃしねェ。おまけに貴重なドローム母艦まで沈められやがって…。どいつもこいつも無能だぜ!」
ガティスは指揮官席から降りると、通信文をぐしゃぐしゃに丸めると床に叩きつけ、足で踏みつけながら幕僚のハンス・ラングスドルフ大佐に怒鳴った。
「別動隊に出した巡航艦隊の指揮官は誰だ!」
「バロームのキニーリ大佐です」
「そいつに伝えろ! 巡航艦を率いて敵艦隊に突撃しろ! 体当たりしてでも敵艦を沈めろってな! 帝国艦隊に、オレ様の艦隊には敗北という文字は無いんだ! 分かったな!」
「ガティス様、それは余りにも無茶です。巡航艦隊は航空隊の傘を失いました。敵艦と砲火を交えるどころか、敵航空機の攻撃を受けて全滅させられます。彼等は撤退させ、本隊と合流させるべきです」
「なんだと。テメェ、司令官のオレ様に意見するってのか!?」
「い、いや…そういう訳では…」
「ガティス、ラングスドルフ大佐の言うとおりだ。無為に戦力を失わせる必要はない。ここは合流させて戦うべきだ」
「ウルセェ! テメェは部外者だ。黙ってろ!」
占領後の施策を担うため派遣されたアリオン第1皇子がラングスドルフ大佐に助け舟を出したが、その言葉がガティスを一層激高させた。アリオンは仕方なしと大佐に向かって頷いた。大佐はため息をつくと通信兵に命令を伝えるため、魔道通信機前に移動して行った。そのやり取りを離れた場所で見ていた司令補佐官のモルゲンとアーシャ中尉は、何とも言いようのない不安感に包まれるのであった。
「チッ、最初から言う事を聞けってんだ。役立たずが…」
ヴァナヘイム帝国を出て以降、ヨルムンガンドの艦橋はずっと雰囲気が悪く、兵達は疲弊してしまっている。これで、本当にトリアイナ王国と…異世界の艦隊と戦えるのだろうか…。アリオンは遠く水平線上を見つめて思いに耽る。
(今までは魔導戦艦1隻、ドローム母艦1隻の軍事力があれば、国ごと屈服させる事は容易かった。しかし、敵はどうやったか分からんが、別動隊の存在を知り攻撃をかけて来た。これは今までに無かった事だ。しかも、母艦は撃沈させられ、最新鋭のフィンヴァラーを含む航空隊も全滅したという…。今回の相手は容易ならざる相手だ。油断すると足元を掬われるかも知れんぞ…)
「フレイヤ…。どうか、無事でいてくれよ…」
遠く水平線上を見つめて思いに耽るアリオンの耳に、通信兵の緊迫した声が入ってきた。
「哨戒艦から魔導通信! 敵大編隊が我が艦隊に向かって飛行中!!」
「大編隊とは何か。どの位の数だ」
「およそ、100機程度との事です!」
「防空戦闘準備!」
コーゼル艦長の問いに通信兵が答え、すぐさま防空戦闘を命令する。ガティスは顔を真っ赤に紅潮させてドローム母艦に航空隊を発進させるよう、通信士官に怒鳴りつけた。
「フィンヴァラーとドロームを発進させろ。敵を艦隊に近づけるんじゃねえぞ。全部叩き落せ。オレ様の前で無様な真似を見せるなよ、いいな!」
(いよいよ来るか…。頼むぞ…)
アリオンとコーゼル艦長は、祈るような気持ちで艦隊上空を敵に向かって飛び去っていくフィンヴァラーとドロームを見送るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
攻撃隊総指揮官、結城学少佐は天山の偵察席から攻撃隊を確認した。約2時間以上にもなる長距離飛行だが、落伍機は無く全機編隊を組んで飛行している。攻撃隊の陣容は艦上戦闘機紫電改ニ54機、急降下爆撃機彗星18機、艦上攻撃機天山18機の計90機。天城と葛城は正規空母ではあるが戦時急造の中型空母であり、搭載機数がそれほど多くないのが難点と言えば難点だった。
しかし、連合艦隊最後の出撃に際し、搭乗員は可能な限りベテランを揃えたので練度は高い。
「隊長、前方に敵編隊」
操縦員の水上三郎中尉が敵機接近を知らせて来た。結城少佐は前方を確認すると、ドロームの大編隊が見て取れた。ドロームの前方には6機のフィンヴァラー(人形)の姿もある。
「宮島、攻撃隊集合の信号を送れ」
「ハッ!」
後部電信員席の宮島平太飛行兵曹長が信号弾を打ち上げ、攻撃隊集合を知らせると、天山隊と彗星隊がそれぞれ編隊ごとに間隔を詰め始めた。
「おいでなすったな」
葛城戦闘機隊の神崎将司中尉は艦戦隊指揮官機がバンクするのを見て、前方上空に視線を移した。人形が6機とお神輿15から16機の梯団が5隊ほど。視線を転じると攻撃隊が密集隊形を組み、敵編隊を迂回するコースを取って敵艦隊に向かっているのが見えた。攻撃隊の上空には、護衛機として天城戦闘機隊の紫電改9機がついている。
「制空隊突撃せよ! 攻撃隊に近づけさせるな!!」
無線電話機のレシーバーに第一航空艦隊戦闘機隊総指揮官である千早正孝少佐の声が入った。神崎はペアを組む田代和義上等飛行兵曹に合図を送り、スロットルを開いて敵目掛けて降下した。
「目標は人形だ。お手並み拝見といくか!」
紫電改はグイグイと加速し、全備重量約4トンの機体を引っ張る。人形は紫電改の接近に気が付くと一斉に散開し、魔導ライフルを向けて来た。魔導砲が発射される寸前、神崎は機体を左に振った。魔導弾が右の翼端を掠める。さらに、別の機体が魔導砲を連続で撃ってきたが、右に急旋回してこれも躱した。田代上飛曹が機銃を発射して人形を牽制する。
その間に体勢を立て直した神崎は、1機の人形を視認した。その人形は翼を全開して紫電改を追いながら、魔導ライフルを連射している。背後を取られた紫電改は機体を左右に振り、横転降下で魔導弾を躱している。中々命中させられない事に苛立ったのか、人形は紫電改に接近するため加速し始めた。
「意識を前に集中し過ぎだ。背中ががら空きだぜ」
人形との距離が詰まり照準器の輪の中で人形の姿が大きく膨れ上がる。
「くたばれ!」
小さく叫び、神崎は発射把柄を握った。乗機の両翼から4条の火箭がほとばしり、人形の機関部に突き刺さった。命中した個所から破片が飛び散ると同時に火炎が噴き出して炎が人形を包み込む。
小爆発を繰り返しながら墜落する人形が視界から消えたところで、離脱するため機体を旋回させると風防の上を魔導弾が何発も飛んだ。
「なんだ!? くそ、俺としたことが!!」
神崎は速度を上げて操縦桿を手前一杯に引いた。紫電改が回転し、天地が逆向きになる。その下を人形が通り過ぎ、翼を展開して急制動をかけ、体を捻って神崎の紫電改目掛けて魔導噴進砲の発射態勢に入っている。通常の航空機では不可能な機動に神崎は目を見張った。だが、今は操縦桿を手前に引き続けることしかできない。その時、20mm機銃弾が人形の横合いから襲い掛かり、今まさに発射されようとしていた噴進砲弾に直撃した。神崎を狙っていた人形は大爆発を起こして木っ端微塵に砕け散り、破片を海面上にまき散らした。
「田代、助かったぜ…」
神崎の僚機である田代上飛曹が右旋回して、機体側面を向けた人形に20mm機銃を放ったのだった。神崎は翼を振って感謝を伝えると、田代機を伴って今だ空戦が続く戦場の中に飛び込んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フィンヴァラー隊、生き残っている者は応答しろ!!」
「2番健在。敵機1機撃墜!」
「6番、敵に追われている!」
「リザ曹長!? どこだ、どこにいる!」
「うわぁああっ! 助け…」
魔導無線機のレシーバーからリザ曹長の悲鳴と共に機体が破壊される音が聞こえて来た。フィンヴァラー隊を率いるエレン中尉はギリッと歯噛みした。
(フィンヴァラーは今までの魔導機械とは全く異なる理念と設計思想で作られた人型最新鋭飛行機械のはず。それなのになぜだ。なぜこうも撃墜される。異世界の飛行機械の方が優れているというのか…。そんなの認められるわけがない!)
敵の戦闘機はずんぐりとした見た目だが、速度性能はフィンヴァラーを上回り、火力も高い。機動性はこっちの方が上だが、敵機も意外と敏捷で魔導砲はよほど接近して狙わないとほぼ命中しない。また、連携した戦い方に長けていて、単機戦闘に慣れた帝国航空隊は翻弄され、次々に撃墜されて行く。それに比べて敵に与えた損害は僅かだ。
「フィンヴァラーも既に4機を失い、私とエマ准尉の2機のみ…。ドローム隊も既に半数を墜とされた。だが、帝国は負けん!」
「エマ、私に続け!」
「了解!」
エレン中尉は魔導機関を全開にして操縦桿を手前に引いた。フィンヴァラーは背中の翼にある噴射口からマナを噴き出し、加速を付けて上昇する。モニターには4番機が追従して来るのが見えた。後方の警戒は4番機に任せ、エレンは周囲を確認する。すると、ドロームを追尾している2機の敵機がモニターに映った。エレンは飛行しながら敵機に接近する。敵機はドロームを攻撃するため速度を落としている。フィンヴァラーは敵機との距離を詰めて行った。十分に近づいて照準装置が敵機を捉えたと同時に魔導噴進砲の発射ボタンを押した。
「異世界の魔物ども、墜ちろ!」
肩部のカバーが開き、空気を切り裂く独特な音を立てて12発の噴進弾が一斉に飛び出た。発射された噴進弾はドロームを攻撃しようとしていた敵機の内、後方に位置していた1機に命中した。その敵機は噴進弾の爆発によって右の翼が吹き飛び、スパイラルしながら墜ちて行く。後方からの攻撃に驚いた1機が上昇旋回して離脱しようとしたところに、エマ准尉が連続で放った魔導砲が命中、発動機とプロペラを吹き飛ばした。前部をすっぽり失った敵機はまっしぐらに墜落して行った。
「よくやった、エマ准尉」
「中尉、上空から敵機!」
「なにッ!」
レシーバーからエマの逼迫した声が入って来た。モニターを確認すると、敵機4機が急速に近づいてくる。
「エマ、回避しろ!」
「はい!」
2機のフィンヴァラーは左右に分かれた。その間を4機の敵が高速で突き抜けて行く。エレンが下を見ると敵は2機ずつ左右に分かれて旋回上昇しながら自分とエマを追って来る。1対2では分が悪い。一旦距離を置こうと操縦桿を前に倒して機体を降下させたが、敵機はじわじわと距離を詰めてくる。
(逃げられない! なら、反撃して活路を見出す!)
エレンは、4枚の翼をコントロールして反転上昇、空中停止の後機体を回転させて振り向きざまに敵機に向けて魔導ライフルを連続で放った。
魔導弾4発が光を放ちながら真っすぐ飛んだが、敵機は右横転機動で躱した。エレンは舌打ちして脚部の魔導噴進砲の発射ボタンを押した。8発の噴進弾が真っすぐ敵機に向かって飛ぶが、これも横転降下で躱される。
「くそ、なんだあの機動は!?」
敵機は左前方に回り込んで攻撃を仕掛けて来た。両翼が真っ赤に輝き4条の火箭が伸びてくる。エレンはフィンヴァラーの操縦桿を素早く操作した。背中の翼のマナ噴出口が真っ青に輝きマナが一層勢い良く噴き出した。エレンは敵の動きを見て操縦桿を目いっぱい引き、フットバーを蹴って背面旋回して火箭を躱した。が…、
「えっ!?」
背中側を向いたエレンの目に敵機の姿が映った。敵機は急速に迫りその姿が大きくなる。エレンは腕を操作して魔導ライフルを向けようとしたが、その前に敵機の両翼が真っ赤に染まった。次の瞬間、激しい衝撃と共に何かが正面モニターを破壊しながら飛び込んできて眩しく輝いた。
(奇麗だ…)
エレンはコクピットに飛び込んで来た20mm弾の爆発光を美しいと感じた。それが彼女の見た最後の光景だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エレンのフィンヴァラーを撃墜した千早少佐は周囲を見回した。残った1機の人形も3番機と4番機の連携攻撃で20mm弾を全身に浴び、火を噴きながら墜落して海面に水柱を上げた。編隊を組んでいた3機が集まって来た。20mm弾はまだ十分に残している。千早少佐は機体をバンクさせて合図すると、未だ戦闘機隊と交戦しているドロームの編隊に向かった。




