第21話 トリアイナ島沖海戦④
「隊長、巡航艦バロームより魔導通信! 母艦ヒルディスが撃沈されました!!」
「なんだと!?」
「それと、我が隊以外のドローム及びフレイヤ様のフィンヴァラー隊も全滅したと…」
「全滅…だと。フィンヴァラーが負けたというのか!?」
「は…。バロームからはそう通信が入ってます」
「信じられん…。フレイヤ様はどうなった!?」
「フィンヴァラーと共に墜落し、生死不明と…」
「クッ…。フレイヤ様の無念を晴らすためにも敵を叩かねばならん。各機最大速度!」
天城戦闘第4中隊の攻撃を突破したドローム10機は編隊を組んで、目標である異世界の飛行機械母艦を目指して飛行していた。今のところ敵の追撃は受けていない。
「目標までどの位だ」
「約15km!」
「隊長、目標の手前に2隻の戦闘艦が!」
「かまわん、飛び越えろ!」
「上空に敵機!」
「直掩機か! 突破しなきゃ任務は果たせん。それに、我々にはもう帰る場所がないのだ。全機突撃! ドローム隊の意地を見せろ!!」
「死して皇帝に忠誠を!!」
「帝国万歳!!」
天城目がけて飛ぶドローム編隊の上空から、戦闘第3中隊第1、第2小隊の紫電改5機が襲い掛かってきた。先頭を飛ぶ指揮官機が回避行動に移るが、それよりも一瞬早く紫電改の両翼が真っ赤に染まった。
ドローム3機が20mm弾に打ち抜かれて黒煙を吐きながら墜落し、海面に激突して爆発した。
「散開しろ! 固まっているとやられるぞ!!」
ドローム編隊長が魔道マイクにがなる。残った7機は魔導砲で反撃しながら散開するが、激しく機動しながらの発射弾に捉えられる紫電改は無い。
「チッ、なんていう機動力だ。しかし、相手の数は少ない。このまま突破できれば…」
編隊長は前方を見据えるが、ドロームを退けた後、突破した編隊を全速力で追ってきた戦闘第4中隊の紫電改7機が現れ、天城を狙うドロームに襲い掛かった。狙われたドロームは必死に魔導砲を放ちながら回避運動をするが、速度性能に勝る紫電改を振り切る事は出来ない。後ろに付かれて20mm機銃を浴び、バラバラになって墜落する機体が続出した。先頭を飛ぶ編隊長はその光景を歯噛みして見つめる。
「クソッ! ここまで来て…」
「隊長、敵機が離れます!」
「なに?」
操縦席の窓から敵の動きを観察していた搭乗員が、急に紫電改が離れて行ったのを報告した。理由は不明だが敵機が離れたのは助かった。編隊長は敵艦目掛けて魔導コンバーターのスロットルレバーを力一杯押し込んだ。
「残ったのは何機だ!」
「当機を含めて3機!」
「上等だ。敵機が離れた今がチャンスだ。突っ込め!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駆逐艦冬月に座乗する第四十一駆逐隊司令吉田正義大佐は、損害も顧みず突撃してくるドローム搭乗員に感心していた。
「天晴な勇気と度胸だ。ヴァナヘイム帝国とやらの奴等もやるではないか。しかし、ここを通す訳にはいかん。対空戦闘! 目標、左舷から接近する敵航空機、砲撃始め!」
冬月艦長山名寛雄中佐は吉田司令の命令を受け、砲術に対して対空戦闘開始を下命した。
「左砲戦、目標敵航空機。砲術長、主砲発射のタイミングは任せる」
「砲術より艦橋! 左砲戦、宜候」
射撃指揮所で敵機の動きを見ていた冬月の砲術長は必中を目途し、距離1万mで射撃開始を各砲塔に指示するとともに、砲術員に敵機との距離を正確に測らせていた。
「砲術長、紫電改が離れました」
「敵機の高度100m!」
「距離一○!」
「目標敵ドローム、主砲交互撃ち方。てーっ!!」
発射命令を受け、冬月に搭載されている4基の長10cm連装高角砲の1番砲が火を噴いた。2秒の間隔を開けて2番砲が砲弾を発射する。小口径砲とはいえ、連続で発射される砲の衝撃と発射音の大きさは相当なもので、艦外にいる兵は頬を叩かれるように感じる。
秋月型防空駆逐艦の主砲である65口径10cm高角砲は半自動装填機構を持ち、4秒という短い間隔で重量13kgの砲弾を発射する。初速は1,000m/秒(時速約マッハ3)、最大射程18,700m、最大射高13,300mという高性能砲だ。それが2秒間隔で4発ずつ発射され、2隻合計16発の砲弾が敵に襲い掛かる。
しかし、高角砲弾の網にかかるドロームはいない。高度は合っているようだが、全て敵機の手前で爆発しているようだ。高声令達器から山名艦長の激が飛んでくる。
「どうした砲術、しっかり狙わんか!」
「申し訳ありません。次は必ず当てます!」
砲術長は双眼鏡で敵の動きを観察するが、砲撃を躱すわけでもなく、真っ直ぐに突き進んでくる。だが、やはり砲弾は手前で爆発して危害を与えていない。
(何故主砲弾が命中しないのか…何か理由があるはずだ…。何故だ…そうか、速度だ!)
「各砲塔はヘルダイバーやTBFアベンジャー(どちらも400km/h以上)を想定して時限信管の調整をしているから、より低速のドロームでは手前で爆発してしまうのだ! くそ、俺としたことがこんなことに気付かなかったとは。伝令、各砲塔に伝えろ、時限信管を時速300kmに合わせて調整しろとな。急げ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3機のドロームは三角形に編隊を組んで敵艦に向けて飛行していたが、魔導砲の射程圏内に入るには1千m以内に近づかなければならない。さらに、目の前には2隻の戦闘艦がいて、盛んに対空砲を打ち上げて来る。その射撃間隔は短く、ドロームの前方で連続して起こる爆発の煙で視界が遮られる。
「なんという対空火力だ。魔導砲のものとは全く異なる爆発だ。一体何なんだあれは」
「敵機が離れたのは、味方の対空射撃に巻き込まれないためですかね」
「その通りだろう。しかし、命中精度が悪い。これなら突破できるかも知れん」
敵艦との距離は約5千m。あれさえ突破できれば逆転できる。編隊長はそう考えたが、突然右後方に位置していたドロームが、敵弾の直撃を受けて爆発し、バラバラになりながら墜落した。
「な、なんだッ!」
編隊長が驚く間もなく、今度は左後方のドロームの下で高角砲弾が爆発し、その衝撃で上方に仰け反ったような挙動を見せた後、ゆっくりと海面に向かって墜ちて行った。
「隊長…」
「怖気づくな。1機でも残っていれば任務を果たす。それが帝国兵の矜持だ!」
「はいっ! どこまでもお供します!」
「おおッ!」
次の瞬間、操縦席に飛び込んできた灼熱の塊が真っ赤に光った。それが、編隊長やドロームの乗員が見た最後の景色だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天城の艦橋では宮崎艦長が戦闘終了を告げ、艦載機の収容準備を命令して艦を風上に指向させた。命令を下しながら天城が直接戦闘に晒される事が避けられて、内心安堵していた。
一方、戦闘の経過を見ていたディアナ王女と観戦武官ジークベルト中佐は紫電改二がドロームを圧倒する様や冬月、涼月の対空射撃の凄まじさを見て呆然としていた。戦闘の経過を説明していた鈴木中佐もホッとした様子で話しかけて来た。
「何とか退ける事が出来ましたね。ヴァナヘイムとやらも一筋縄では行かない相手という事がわかりました。空母1隻でここまで攻められるとは思いもしませんでした」
「ヴァナヘイム帝国軍は戦闘経験が豊富です。ロランド大陸、オスマニア大陸征服で陸海軍とも様々な戦術を駆使して戦ってきました。彼らは戦力差で勝っていても、決して相手を侮らず手を抜きませんし、殲滅するために徹底的に戦います。そのような相手なのです」
「なるほど…。なればこそ絶対に負ける訳に行きませんね」
「その通りです」
ジークベルト中佐がヴァナヘイム帝国の恐ろしさについて説明すると、鈴木中佐は難しい顔をして頷き、改めて戦いへの覚悟を強くするのであった。
「でも、あの紫電改という戦闘機は凄いです! 帝国の無敵無敗の象徴であるドロームに勝ちました。それに、冬月と涼月という戦闘艦の砲撃も凄かったです。皆さんがいれば絶対に王国を守れると自信を持ちました!」
「ディアナ様…。我々は約束は絶対に守ります。しかし、これだけは言わせてください。確かに紫電改は相手を圧倒しました。ですが、紫電改隊は3機の未帰還機を出し、敵空母攻撃に出た彗星も1機が戻りませんでした。機体が失われただけではありません。搭乗員も戦死したのです。ディアナ様が自信をお持ちになっていただくのは構いませんが、戦争というものは、戦いに赴く搭乗員や艦の乗組員達、多くの兵士達の命を賭した献身があってこそ成り立つのです。それを知った上で、戦いに赴く彼らの心情も慮ってあげて欲しいのです」
「す…すみません。つい、わたしったら皆様の活躍にはしゃいじゃって…。大変申し訳ありませんでした」
ディアナは鈴木中佐の話にハッとして、申し訳なさそうに俯いて謝罪した。
「いや、こちらこそキツイ事を申し上げてすみませんでした。ディアナ様にそんな悲しげな顔をされると困ってしまいます。さあ、紫電改や彗星が戻ってきます。戦いはまだ始まったばかりです。でも、今は生き残った彼らの帰艦を笑顔で迎えてあげましょう」
「………。はい!」
ディアナはパッといつもの明るい顔に戻ると、鈴木中佐と一緒に艦橋後部のデッキに降りて行った。ジークベルト中佐は彼らの様子をじっと見つめていた宮崎艦長に気が付くと、敬礼をしてディアナ達の後を追うのであった。
「さすがだな鈴木中佐。これであのお姫様も人として一皮剥けるだろう。既に彼女は天城の乗組員同然だ。戦いに赴く兵士としての意識も身に着けてもらわんとな。さて、まだ無傷の巡航艦が4隻残っている。こいつらも確実に沈めなければならん。攻撃隊が帰還したら紫電改共々爆装させて再出撃だ」
宮崎艦長は別動隊攻撃に向かった機体の着艦準備及び第二次攻撃の準備をするよう命令した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドローム母艦ヒルディスが撃沈された海域では、巡航艦バロールの艦長キニーリ大佐が指揮を執り、巡航艦を着水させて生存者の救出を行っていた。大佐は搭載艇が波間に浮かぶ生存者を救い上げている様子を見ながら、副長のトルドー中佐に尋ねた。
「生存者救出は、後どの位かかる見込みだ?」
「そうですね…。あと1時間位かと」
「フーリン大佐(ヒルディス艦長)は救い出されたか?」
「いえ…。助けられた者の話では艦橋の崩壊に巻き込まれたと…」
「そうか。残念だ」
「艦長、これからいかがいたします?」
「機動艦隊総司令部は巡航艦を率いて突撃しろと言ってきた」
「まさか! 撤退ではないのですか!? こちらは航空戦力を失ったんですよ。再度、敵の攻撃を受けたら全滅は必死です!」
「しかし、命令は絶対だ」
「ガティスの能無しクソ野郎め…。オレ達を使い捨てにするつもりか。クズ野郎が」
「口を慎め中佐」
「しかし!」
「帝国では命令は絶対だ。艦隊指揮官は皇帝の勅命を受けている。司令部の命令は皇帝の命令と同じなのだ。そして、逆らう事はできん」
「…………」
キニーリ大佐は深くため息をつくと、トルドー中佐に命令した。
「8番艦ケスリンに負傷者と生存者を集めろ。移送終了後、ケスリンはマルティア島に帰投させる。敵艦隊へはバロールとゴーヴ、ガヴナンの3隻で向かう」
「3隻でですか!? 無謀です!」
「無謀だろうがやるしかない。救出作業は後1時間で切り上げろ。ケスリンへの移乗も速やかに実施せよ。いいな」
「…了解です」
しかし、トルドー中佐の悪い予感は的中した。ケスリンを切り離し、残りの3隻で艦列を組み直しているところに敵の航空隊が上空に現れたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「敵艦隊発見。3隻は隊列を組もうとしている動きをしているな。1隻は離れて南に向かっている。この1隻は救助した溺者を乗せたと見るべきだな」
彗星艦爆隊を率いる鮎貝大尉は無線電話機のレシーバーを手に取った。
「隊列を組もうとしている3隻が攻撃目標だ。南に向かう1隻は見逃す。まず、彗星隊が攻撃を仕掛ける。紫電改隊は生き残った奴を攻撃してくれ。彗星隊、続け!」
鮎貝大尉はレシーバーを叩きつけるように置くと、彗星を一気に加速させて先頭の艦目掛けて急降下した。




