第19話 トリアイナ島沖海戦②
葛城から飛び立った彩雲3番機の機長島津豊久少尉は、彩雲を艦隊の北東に向けて飛行させていた。
「まさか別動隊を編成するとはな。敵もバカじゃないってか。絶対に見つけ出してやる」
「少尉殿、9千mまで上がりませんか」
偵察員の高田修一上等飛行兵曹が島津に話しかけた。
「別動隊捜索は我々だけです。絶対に見逃せません。高度を上げれば視界が広がり、発見する確率が上がります」
「確かにそうだが…」
彩雲の実用上昇限度は1万m。だが、それはそこまで上昇できるということで、高高度では空気が薄く、飛行性能は落ちるし、何より高高度偵察を想定していないので、電熱服等の装備を用意していない。高度9千mといえば外気温ー40℃以下になる。極寒の冷気と薄い空気に晒され、最悪の場合失神して墜落する可能性だってある。
「少尉殿、案外敵は近くにいるかも知れません。であれば尚更見逃すわけにはいきません。短時間なら大丈夫です。上昇してください!」
「お前達…。よしわかった、高度を上げる。絶対に見逃すんじゃないぞ」
「はいッ!」
大崎正人一等飛行兵の言葉に押され、島津は操縦桿を手前に引いて彩雲を上昇させた。プロペラが薄い空気を切り裂いてじわじわと高度を上げていく。
「高度7千…7千5百…8千…」
8千mまで上昇した辺りで発動機が咳き込み始め、行き足が鈍り始めた。トリアイナに来て以降、索敵飛行で結構無理をさせてきた上に、部品交換も満足にできていない影響かもしれない。
(これ以上は無理か…)
島津少尉は高度8千3百m付近で上昇を止め、水平飛行に移した。高田上飛曹が不審に思って声を掛けて来た。
「8千3百ですか、少尉」
「発動機が息切れしてる。これ以上無理はさせられん」
「了解」
8千3百といっても、エベレスト山の頂上とほぼ同じ高さであり、当然酸素が薄く頭がぼんやりしてくるし、何よりも冷気が飛行服を通って体を冷やし、寒くて仕方がない。それでも3人の搭乗員は敵艦隊を見つけるべく、目を凝らして海面を捜索する。そして、その努力は報われた。
「敵艦隊発見! 右舷45度、大型艦1、中型艦4」
「よくやった、高田!」
島津少尉は一気に操縦桿を押して高度3千mに彩雲を持って行った。空気が濃くなり、気温も上がって意識がはっきりすると同時に、発動機の吹き上がりが良くなって速度も上がる。そのまま敵艦隊の後方に付いて観察する。
「間違いなく敵空母だ。それが4隻の巡航艦に守られている」
「少尉殿、空母から敵航空隊が発艦してます!」
大崎一飛の声に島津がドローム母艦の甲板を見ると、搭載機が次々発艦しているのが確認できる。
「本当だ。お神輿が飛び上がってるぜ」
ヴァナヘイム帝国の飛行機械「ドローム」は直径10m、高さ3m程。下部の大きな円盤に東屋みたいな円筒形の操縦席が載った、見た目アダムスキー型UFOにそっくりな形をしてる。下部円盤の縁辺から3方向に触手のような腕が3本伸びており、先端が魔導砲の発射口になってる。また、円盤下部の三か所の噴射口から「マナ」を噴射して飛行する。その形状から、天城、葛城の搭乗員は「お神輿」なんていう仇名を付けていた。
なお、東屋の上には手すりがあって乗員が機外に出て戦闘指示を送ったり、手持ちの魔導銃で敵を攻撃する事が出来る。
「少尉殿、人形です3機!」
「なに!?」
ドロームが発進した後、艦橋後部の格納庫から3機の「人形」…機動飛行兵器フィンヴァラーが出て来て、今にも飛び立とうとしている。
「大崎、艦隊に打電だ。敵艦隊発見。艦隊カラノ方位25°、距離90海里(約167km)、空母1、巡航艦4。現在攻撃隊発艦中。機数約30。人形3機ヲ含ム。急げ、平文でいい!」
「了解、直ちに打電します!」
「しかし、奴等はどうやって俺達の艦隊を見つけたんだ?」
「艦隊の進路近くに何隻か漁船がいました。その中に帝国の情報収集艦がいたのでは」
「ありそうだな…。くそ、大崎、打電はまだ終わらんか。間に合ってくれよ」
「待ってください、もう少し……打電完了!」
「よし、俺達はこのまま敵編隊を追尾するぞ」
「了解!」
島津少尉達の彩雲3番機は、第二艦隊に向かう敵編隊後方、離れた位置に付くと、味方機に誘導電波を出しながら追尾を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「艦長、彩雲から入電。敵艦隊発見、攻撃隊発艦終了。約30分で艦隊上空に来ます!」
「随分と近くにいたな。よし、待機させていた紫電改と彗星を発艦させろ」
天城は風上に艦首を向けると、敵機及び敵艦隊迎撃のため、紫電改二と彗星艦爆を発艦させ始めた。宮崎艦長は艦橋で発艦作業を見守ると同時に、艦橋の窓の側で一生懸命手を振るディアナを見た。
(かなりギリギリの作業になってしまった。葛城はトリアイナ島方面に退避したが、我が艦はその時間が無いかも知れん。何としても王女だけは守らねばならん)
宮崎艦長は艦内マイクで射撃指揮所を呼び出すと、砲術長に対空戦闘の準備をするように命令した。
「奇襲…という訳にはいかなくなったわね」
「またシュワルベ…。疫病神め…」
「どうします、フレイヤ様」
「放っておきましょう。それよりも奇襲が出来なくなった今、私達は先行して敵を強襲する。ドローム隊は私達の後に続いて。アム。リュカ。行くぞ!」
「はい!!」
3機のフィンヴァラーは背中の翼を大きく展開すると高度を上げ、最大速度で第二艦隊に向かった。十数分後、コクピットの映像装置に、水平線上にいくつもの艦影が映し出された。先行しているのは小型艦を周囲に従えた巨大な戦艦。しかし、フレイヤたちの目標は戦艦ではない。フィンヴァラーの頭を動かして敵艦隊の後方を探した。
「見えたわ! あれが異世界の艦隊よ。私達の目標は…いた! 先行する艦隊の後方。飛行機械の母艦!! アム、リュカ。続け!」
「待ってくださいフレイヤ様、上です。敵機直上!!」
「なにッ!」
天城に突入しようとしたフレイヤ達の上空からシュワルベとは違う形の飛行機械が轟然と突っ込んできた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「人形が3機先行しているな。奴らは第3中隊第1、第2小隊で相手取る。第3小隊は戦闘第4中隊と共に後方のドロームを叩け!」
天城戦闘第3中隊長飯田正樹大尉は2個小隊6機の紫電改に命令すると、高度約1千mを高速で飛行するフィンヴァラーに向かって突撃した。紫電改の接近に気づいたフィンヴァラーが散開する。
「敵は散開した。1小隊は右をやる。2小隊は左だ、かかれ!」
「志田2番、3番付いて来い!」
第2小隊長志田俊之中尉は無線電話機のレシーバーに叫ぶと操縦桿を左に倒した。宮城孝雄上等飛行兵曹長の2番機、八代信一郎二等飛行兵曹の3番機が志田機を追従する。先頭を飛ぶ志田が目標に接近すると、フィンヴァラーは空中静止し、魔導ライフル砲を志田機目がけて発射してきた。拳大の火球が連続して飛んでくる。命中すれば防弾の良い紫電改でも致命傷を負うだろう。操縦桿を小刻みに動かして火球を避け、フィンヴァラーとすれ違うや操縦桿を左に倒した。
一方、宮城の2番機、八代の3番機は右に旋回をかけている。旋回が終わった時、第2小隊は敵の背後に回った。フィンヴァラーは翼を大きく広げて上昇回避に入るが、志田はスロットルを開いて紫電改を加速させて追い、機銃の発射銃柄を握った。両翼に真っ赤な閃光が走り4条の火箭が吹き伸びた。
20mm機銃弾がフィンヴァラーの背部に命中し、4枚の翼の半数を吹き飛ばし、魔導推進機を破壊した。背中から黒煙を吹き出しながら墜落するフィンヴァラーは最後に機体を捻って肩部のカバーを開いて魔導噴進弾を発射した。志田は操縦桿を押して急降下で躱す。その間、宮城の操縦する2番機が第二撃を喰らわせた。撃ち込まれた多数の20mm弾の打撃にはさすがのフィンヴァラーも耐えられず、腕や脚部を吹き飛ばされ、胴体に多数の弾痕を穿ちながら海面に叩きつけられた。
「よし、1機撃墜!」
周りを見回すと飯田大尉の小隊も1機を撃墜したところだった。残りは1機、相手の所在を探すため、右旋回したところでレシーバーに八代二飛曹の声が入った。
「志田3番から志田1番へ。後方に敵機!!」
「回避しろ!」
志田中尉はレシーバーに叫ぶと、操縦桿を左に倒し、左フットバーを踏む。紫電改は横転しながら回転する。機体が水平に戻った時、バックミラーに大きな火炎が踊るのが映った。
「八代!?」
残った1機のフィンヴァラーの攻撃で八代二飛曹の紫電改の翼が叩き折られた。紫電改は独楽のように回転しながら墜落する。あれでは脱出は無理だろう。志田中尉は舌打ちし、列機を落とされた自分の不甲斐なさに腹を立てる。フィンヴァラーは宮城飛曹長の2番機に狙いを付け、後ろ斜め上方に遷移して魔導ライフルを連射してきた。2番機は左右に機体を振って躱す。僚機の危機に志田中尉はスロットルを開いて加速し、フィンヴァラーの正面から20mm機銃を撃ち込むが、敵も機体を左に滑らせて機銃弾を躱した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くそッ! リュカがああも易々と撃墜されるなんて。なんて機体なんだヤツは!」
「フレイヤ様、危ない! ああッ!!」
「アム!」
リュカ准尉の操縦するフィンヴァラーが撃墜され、炎を噴きながら海面に落ちていく様子にフレイヤが呆然としていると、その隙を見逃さず3機の敵機が突っ込んできた。敵機の両翼が真っ赤に染まる。機銃弾が直撃する寸前、アム少尉のフィンヴァラーがフレイヤ機の盾になるため敵機との間に割って入り、20mm機銃弾を全身に浴びた。
フィンヴァラーのコクピットがある胸部は最も厚い装甲板で守られていたが、20mm炸裂弾は胸部装甲を撃ち抜いて機体内部で爆発した。アム少尉は多数の20mm弾を浴びて全身を爆砕され、悲鳴を上げる間もなく砕け散った。操縦員を失ったフィンヴァラーもまた、落下する途中で爆発して多数の破片を海面にまき散らした。
「そ、そんな馬鹿な! フィンヴァラーの正面装甲が撃ち抜かれるだと!? 対魔導障壁が施されているんだぞ。信じられん…。クソッ!」
フレイヤは背中の翼を広げ、スロットルを全開にしてマナを最大出力で噴射し、上空に飛び上がると背面転回して敵機の背後を取った。
「よくもアムとリュカを…。砕けろ!」
前方の敵3機に向かって肩と脚部に装備した魔導噴進弾を一斉に発射した。20発の小型ロケットが空気を斬り裂く独特の音を放ちながら白煙を曳きながら敵機目がけて飛んだ。敵機を包み込むような軌道を描く白煙を見てフレイヤは命中を確信した。
「やっ…た。えっ、そんな!?」
3機の敵機は魔導噴進弾が命中する寸前、左右転回して噴進弾を躱して飛び去った。その機動力と速度はフィンヴァラーを上回っている。フレイヤはギリっと歯噛みした。しかし、気を取り直して周囲を見る。すると、リュカ准尉を撃墜した編隊(第2小隊)が大きく旋回してこちらに向かってくるのが見えた。フレイヤは操縦桿をグッと押し、一気に海面上まで降下して敵編隊に向かった。
「よし、敵は私を見失ってる。…ここだ!」
銀灰色のフィンヴァラーは海面上では光の反射に紛れて非常に見つけにくい。フレイヤはその効果を最大限利用し、第2小隊の下方を抜けると一気に上昇して背後に付いた。
「死ね、異世界の魔物ども! アムとリュカの仇だ!!」
フレイヤは魔導ライフルを連続で発射した。そのうちの一発が最後尾に位置していた敵機の左翼を叩き折る。敵機は機体を回転させながら海面に激突した。フレイヤは撃墜に快哉を上げるが、すぐさま敵機は反撃してきた。先頭の1機が急旋回して正面から突撃し、両翼に閃光をほとばしらせる。見た目に似合わず俊敏な動きに目を見張りながらも、フィンヴァラーを旋回させながら魔導ライフルを放って迎撃する。しかし、命中せず思わず舌打ちをした。
「チッ…。なんなんだ奴らは。フィンヴァラーがこうも苦戦するとは。私達の魔法機械とは全く異なる技術の進化なのか。だが負けん!!」
機体を水平に戻したフレイヤは、機関を全開にして敵機を追う。だが、相手を追う事に意識が集中しすぎてもう一つの敵編隊の事を失念するという致命的なミスを犯してしまった。突然、背後に強烈な衝撃が走る。
「バカが。敵を追うことに夢中になって後ろがガラ空きだ未熟者!」
フィンヴァラーの背後を取った飯田大尉の紫電改が必殺の一撃を放った。放たれた20mm機銃弾は背中の翼や腕、脚部を吹き飛ばし、頭部を砕き、胴体に多数の弾痕を穿った。
バラバラになりながら海面に落ちるフィンヴァラー。操縦席のフレイヤは意識を失う直前、敬愛する兄、アリオンの顔を思い浮かべた。
「すみません。フレイヤは兄上の御期待に沿うことは叶いませんでした…。さようなら、兄上…」
目の前にキラキラ光る海面が迫る。次の瞬間、激しい衝撃がフレイヤの全身を襲った。
人形が墜落し、水しぶきを上げたのを見届けた飯田大尉は無線電話機のレシーバーを握り、1、2小隊各機に集合するよう命じた。
「1、2小隊集合。我々は天城上空に戻って直掩任務に就き、4中隊を突破してきた敵を迎撃する」
母艦上空に帰投しながら飯田大尉は人形が墜落した位置を見ながら独り言ちた。
「人型か…動きが航空機と全く異なるな。油断したら危なかった。操縦者の技量が未熟で助かった」
波間に漂うフィンヴァラーの破片が飛び去る紫電改二を見守っていた。




