第18話 トリアイナ島沖海戦①
5機の彩雲は指示された索敵線に沿って飛行を続けていた。角田少尉が機長を務める天城2番機は母艦を飛び立って約2時間、高度6千mを維持しながら、700km程南東方向に飛んでいた。
「雲が多くなったな。下が見えん」
「下に降りますか?」
操縦員の大島飛行兵曹長は雲の高さと厚さを見た。
「3千まで降りれば雲の下に出ると思います」
「そうだな。仕方ない、3千まで降下。柳津、周囲の警戒を怠るな」
「了解!」
大島が操縦桿を倒すと彩雲は機首を下げて降下を始めた。その間、偵察席の角田はチャート図と方位磁石で位置の確認を行う。菅谷中尉の1番機はマルティア諸島、自分と3番機はその南東側海面を捜索し、葛城から発艦した2機はさらに東側を捜索する。このため、帝国艦隊がどの航路を取っても索敵線に引っ掛かるはずだ。
(しかし、高度を落とすと見える範囲が狭まるからな。見落とさないように気を付けなければ。それに、迎撃される危険性も高い。その場合は大島の腕を信じるだけだ)
操縦員の大島飛行兵曹長は兵からの叩き上げで兵曹長にまでなった人物である。年齢は角田よりも上だが寡黙で命令に忠実、信頼できる部下で、操縦技能も高い。
「少尉、雲の下に出ました」
「おう。進路このまま。現在高度維持だ」
「了解。進路このまま。巡航速度で飛行中」
敵艦隊はいないかと角田と柳津は目を凝らして海面を捜索する。雲が多いため、光の反射が無く、捜索しやすいのは助かった。さらに30分程飛び続ける。そろそろ折り返し点だが…。この索敵線ではなかったのか。しかし、他の機から敵艦隊発見の報はない。戻るか戻らないかと角田が考えていたところに、後席の柳津が大きな声で敵艦発見を伝えて来た。
「左舷、10時方向に複数の艦影らしきもの!」
「なにっ!」
操縦員の大島が舵を左に切って艦影らしいものの上空に向かった。角田は双眼鏡で確認すると、以前見た魔導戦艦の姿が確認できる。それが6隻もいる。
「見つけたぞ。間違いなくヴァナヘイムの艦隊だ…。大島、もう少し接近しろ。陣容を確認したい」
「了解!」
大島飛行兵曹長はスロットルを開けて彩雲を増速し、ヴァナヘイム艦隊の後方に回り込んだ。彩雲の接近に気付いた戦艦及び巡航艦から小口径の魔導砲による対空砲火が上がり、機体の周囲で爆発する。大島は機体を左右に振って対空砲の狙いを外すように操縦を行う。その間も角田は艦隊の陣容を確認し続けた。
「魔導戦艦6、巡航艦4、軽巡2、突撃艦16、空母3…」
「ん? 数が合わないぞ。空母1隻と巡航艦4隻はどうした。うおっ!」
突然、彩雲の近くで魔導砲が爆発した。衝撃波が機体を揺らす。大島が珍しく焦った声で敵艦隊から離れても良いかと求めて来た。
「少尉、このままでは撃墜されます。一旦離れます!」
「任せる! 柳津、艦隊司令部に打電。敵艦隊発見ス。位置、マルティア島ノ北東100海里。艦隊カラノ方位175度、410海里、速力20ノットデトリアイナ島ニ向ケテ進行中。魔導戦艦6、巡航艦4、軽巡2、突撃艦14、空母3。以上だ!」
「了解、敵艦隊発見を打電します!」
柳津は敵発見の内容を急いで暗号文にして打電をし始めた。その間に彩雲は敵艦隊の高射砲の射程外まで離れた。ドロームの追跡も無い。彩雲には追い付けないからと敢えて発艦しなかったのだろう。
「大島、損傷はないか」
「ありません。発動機も操縦系も問題無しです」
「燃料はまだ大丈夫か?」
「あと1時間くらいは索敵可能です」
「よし、敵艦隊の後方を捜索する。奴らはトリアイナを占領するのが目的だ。兵員輸送船団が後ろにいるはず。それを探す」
「了解!」
「打電完了!」
「よし、大島南に向かえ」
「ハッ、南に向かいます」
敵艦隊を発見するという殊勲を上げた角田少尉達は、輸送船団捜索のためさらに南に向かって飛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「飛び去ったか…」
「発見されましたな」
「やはり、異世界の艦隊との戦闘は避けられそうもありませんね」
ヴァナヘイム帝国機動艦隊機関ヨルムンガンドの艦橋から、対空砲火を躱して飛び去って行くシュワルベ(彩雲)を見ながら、軍務尚書アリオン皇子とコーゼル艦長がボソッと呟やき、司令部補佐官のアーシャ中尉が不安げに声を出した。
「フン、奴らが何者だろうと我が機動艦隊の前では砂上の楼閣同然だろーが。ヨルムンガンドの魔導砲で木っ端微塵に粉砕してやるだけだ。何も心配することはねえよ」
その声にアリオン皇子が振り向くと、艦隊総司令のガティス第三皇子が司令部幕僚ハンス・ラングスドルフ大佐と司令補佐官モルゲンを引き連れて艦橋に入ってきたところだった。ガティスは艦橋の司令官席に座ってアリオンやコーゼル艦長に自信満々に言った。
「この艦隊は無敵だ。それに何よりオレ様が率いているんだ。負けるはずがねーだろうが」
「ガティス…。敵を甘く見てると痛い目を見る事にもなりかねん。油断は禁物だぞ」
「ケッ! 兄貴のその心配性こそ気に食わねぇ。やっぱ、お前とは合わねぇぜ、アリオンよぉ。だがよく見ていろ、オレ様の艦隊が手始めにトリアイナの蛮族を蹴散らし、パルティカの国々を討ち滅ぼして世界征服を成す様をよぉ! いずれ、お前の地位もオレ様が奪い取ってやる。その時を楽しみにしておけよ。ハーッハハハハ!!」
「アリオン様…」
「気にするな、アーシャ中尉」
「はい…」
ヨルムンガンドの艦橋内にガティスの高笑いが響き、微妙な雰囲気になる。コーゼル艦長は渋い顔をし、兵達は何か落ち着かない。その空気を感じ取ったハンス大佐が、場の空気を換えようとガティスに意見具申を行った。
「ガティス様、敵が我々を発見したという事は艦隊戦に先立ち、航空戦が生起する可能性が高いと考えます。ドローム母艦に命じて艦隊直掩の準備をさせた方がよろしいかと」
「んん、そうだな。ドローム隊に言っとけ、しくじるなってな」
「ハッ!」
ガティスはハンスに命じると、窓の外、遠くまで広がる青い海を見ながら小さく笑った。
(ククッ…。異世界とやらの艦隊がどれほどのモンだか知らねぇが、オレ様の仕掛けた策に驚けばいいさ。お前らの行く先は地獄しかねぇんだからな。別動隊、上手くやれよ…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「長官、索敵機から敵艦隊発見の通信が入りました。敵艦隊は魔導戦艦6、巡航艦4、軽巡2、突撃艦14、空母3。マルティア島の北東100海里の位置にあり、真っ直ぐトリアイナ本島目掛け進んでいます。速力は時速20ノット。さらに、敵艦隊の後方120海里の位置に大輸送船団が続いています」
通信長山口少佐が彩雲から発せられた通信文を読み上げた。伊藤長官、艦隊参謀、有賀艦長が海図台に集まる。
「我が艦隊と敵艦隊との距離は?」
「おおよそ410海里(約760km)です」
「少し遠いな。紫電改では届いても戦闘時間が取れん。参謀長、天城と葛城には300海里(約556km)に近づいたら攻撃隊を出すよう命令してくれ」
「お待ちください」
伊藤長官が森下参謀長に攻撃隊発艦の指示を出したところで、山本先任参謀が少し待つように声を上げた。
「どうした、先任参謀」
「彩雲の報告に敵空母は3隻とありました。事前偵察では空母は4隻だったはず。1隻はどうしたのでしょうか。山口君、マルティア島を偵察した彩雲からの報告では確か…」
「はあ、泊地に残った艦船は哨戒艦が数隻だけとの報告でした」
「……ということは、まさか…」
「参謀長のご懸念どおりと思われます。敵は空母1隻に護衛艦を付けて別動隊を編成したと考えられます。恐らく狙いは天城と葛城で、我々が艦載機を発艦した後の無防備な隙に襲う算段かも知れません」
山本先任参謀は指示棒で海図を指し示した。
「もし、別動隊だとしたら彼らはどこにいるのでしょうか。小官が推察するに、5本の索敵線には引っ掛からなかった。もしかしたら、マルティア島から東に向かい、大きく迂回して我が艦隊の背後から急襲するつもりなのではないかと思われます」
指示棒がマルティア島からぐるりと大きく半円を描いて第二艦隊の位置まで動かされる。それを見た森下参謀長や他の参謀が顔を曇らせた。
「まずいな。それが本当なら艦隊を二分しなければならん。ただでさえ少ない戦力が、さらに少なくなる。こうなると、敵本隊との戦いが厳しくなるぞ」
「その通りですが、現実問題として別動隊を跳梁させる訳にはいきません」
その時、海図をじっと見ていた伊藤長官は山本先任参謀に策はあるかと聞いてきた。
「艦隊を二分する事はできません。それに、航空攻撃で敵本隊を漸減できないと勝利はおぼつかないでしょう。ですので、小官の策をご説明します」
山本先任参謀は伊藤長官や森下参謀長らを見回した。離れた場所ではアルゲンティ大将、ルキウス大佐、ベアトリーチェ王女が見守っている。
「長官のご命令通り敵本隊への航空攻撃は行います。ただし、攻撃隊誘導機である葛城の彩雲3番機はこの任から外し、艦隊の北東海面を捜索、敵別動隊の発見に務めます」
「次に第1次攻撃隊から天城の第3、第4戦闘中隊と彗星爆撃隊第3中隊を外し、別動隊発見と同時にこれらを向かわせます。航空隊全機発艦後、天城と葛城はトリアイナ本島方面に退避。万が一敵航空隊が突破してきた場合は空母護衛の任にある第四十一駆逐隊が前面に出て防空任務につかせます」
「うむ…現状それしか方法がなさそうだが、敵本隊への攻撃が薄くなりはしないか」
「参謀長のご懸念はご尤もです。しかし、敵も空母を分派したので、航空隊が少なくなっていますので、艦隊防空は手薄になるはずです。本隊への第一次攻撃では敵空母3隻を確実に沈め、制空権を完全に奪った後に再度出撃可能な機体で第二次攻撃を編成し、戦艦群を攻撃する。それしかありません。その際は紫電改も爆装で出撃させます」
「わかった。今はそれが最良の作戦のようだ。参謀長、天城と葛城にその旨命令してくれ」
「ハッ!」
「大和と第二水雷戦隊はこのまま前進!」
山本先任参謀の説明を聞いた伊藤長官は頷くと新たな命令を下した。森下参謀長は天城と葛城に新たな作戦を命令するため通信室に行き、他の乗組員は各々の持ち場に付く。その中で海図を見続ける山本先任参謀にベアトリーチェが声を掛けた。
「山本様、さすがです。貴方みたいな優秀な方は我が軍にも中々おりませんわ」
「ありがとうございます。ですが、別動隊出現によって作戦行動が複雑になってしまいました。齟齬を来さず、上手く事が運べばよいのですが。それだけが心配です」
「大丈夫です。きっと上手くいきますわ!」
ベアトリーチェはフンスッ!っと気合を込めて両腕の肘を曲げて上下に動かした。その行為に毒気を抜かれた山本先任参謀は、伊達と目を合わせて小さく笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「攻撃隊、発艦始め!」
飛行長鈴木中佐の命令を受け、天城搭載の艦上戦闘機紫電改ニが誉発動機の音を響かせて1機、また1機と飛行甲板を滑走して出撃していく。
「がんばってー! 必ず帰ってきてねー!!」
デッキで見送るディアナが千切れんばかりに手を振って見送った。必ず勝って帰ってくることを祈りながら。
二個中隊18機の紫電改二が出撃し、飛行甲板が空になると次に500kg徹甲爆弾を胴体に格納した急降下爆撃機彗星十二型甲が格納甲板から上がってきた。16機の彗星はアツタ32型液冷発動機を全開にして飛び立って行く。後部座席の偵察・機銃員がデッキで見送る人々に敬礼し、鈴木中佐やディアナも敬礼で見送る。
彗星が飛び立つと再び飛行機が上げられてきた。ディアナが見ていると紫電改ニ18機、彗星艦爆8機の計26機が発動機を動かして暖気しているが、飛び立つ気配がない。並走する葛城を見ると、そちらは紫電改ニが全機発艦し、今は天山艦攻が発艦している。
(あれ? この飛行機は行かないのかな?)
「あの、鈴木様。この戦闘機と爆撃機は行かないのですか?」
「ディアナ様…。実は、ヴァナヘイムはこの天城と葛城を狙って別動隊を編成したようなのです。これらの機はその別動隊攻撃のために待機しているのです」
「えっ! 本当ですか!?」
「はい。索敵の結果、敵艦隊から空母が1隻いなくなっているようなのです。恐らく航空隊が出払った隙を狙って襲うつもりかと。現在、葛城の彩雲が別動隊を索敵中です」
「……だ、大丈夫よディアナ。天城は絶対に大丈夫だもん」
天城の左舷に2隻の駆逐艦が進み出てきた。乙型一等駆逐艦秋月型の冬月と涼月。艦隊防空を担う大型駆逐艦だ。ディアナは冬月と涼月に向かって祈る。
(お願い。天城と葛城を守ってください。飛び立って行った搭乗員の皆さんの帰る家を守って…)




