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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第17話 第二艦隊出撃!

 第二艦隊全艦はイヴァレーア港を離れ、トリアイナ島とトゥーレ島との間の海峡を目指してゆっくりと進み始めた。港には大勢の市民が集まり盛んに手を振って見送っている。トリアイナ王国の未来は全て第二艦隊の働きにかかっているのだ。彼の艦隊がイヴァレーアに来て以来、補給、休養、整備や工事等様々な面で交流も図られてきて、すっかり市民に受け入れられてきた。だからこそ、市民達の見送りにも熱が入る。


「いやぁ、凄い見送りだなぁ」

「それだけ、あなた方に期待しているのです」


 艦橋の窓から森下参謀長と山本先任参謀が見送る市民達を眺めていると、観戦武官として乗り込んだアルゲンティ大将とルキウス大佐が声をかけて来た。邪魔にならない場所でベアトリーチェもまた艦隊の出撃を感慨深げに見ていた。そのベアトリーチェに世話役を命じられた伊達が声をかけた。


「心配ですか?」

「伊達様」

「我々の世界では、大和は世界最強の戦艦でした。この戦いでも必ず勝ちます」

「ふふっ、もちろんです。何せ大和を始めとする艦隊の皆様は、王国の未来を守るために神が遣わした守護天使様ですもの。私は大和の勝利を信じてます」


 第二艦隊司令長官の伊藤整一中将は、伊達とベアトリーチェの会話を聞いて、ふっと小さく笑みを浮かべた後、艦橋中央に立ち、凛とした声で命令した。


「本日0400、帝国艦隊はマルティア島を出航した。第二艦隊はこれを捕捉撃滅するために出撃する。この国の未来は全て我が艦隊の働きにかかっていると言っても過言ではない。各員一層の奮闘努力に期待する!」


「Z旗を上げよ!」

「艦隊進路170度。トゥーレ海峡を抜けテーチス海に出る」

「取舵一杯!」

「機関増速第二戦速!(18ノット:時速約33km)」

「天城と葛城に命令、索敵機発艦せよ!」


 森下参謀長がZ旗を掲げよう命令し、艦隊進路を指示する。有賀艦長が航海長茂木中佐に取舵を伝え、茂木中佐は操舵室に取舵一杯を伝える。また、大和の蒸気タービンが唸り、艦の速度を上げた。また、大和の通信室から天城と葛城に命令が飛ぶ。第二艦隊は強力な敵を目指し、異世界の海を進み始めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「艦長、大和にZ旗が掲げられました!」

「うむ! いよいよこの天城が実戦に臨む時が来た。それだけではない。雲龍型空母が初めて戦闘を行うという記念すべきものだ。皆の奮闘に期待するところ大である。頼むぞ」

「ハッ!」


「艦首を風上に向けろ、機関増速最大戦速、索敵機発艦始め!!」

「面舵一杯!」

「おもぉぉかぁじ」


 宮崎艦長が命令を下すと航海長犬塚中佐が操舵室に指示を送り、操舵長水島大尉が舵を切って艦首を風上に向けた。機関の出力が上がり、天城は最大戦速の34ノット(時速約64km)で突き進む。


 飛行甲板上では3機の彩雲が暖気運転を終え、整備員が最終チェックをしていた。搭乗員が乗機に乗り込むため、飛行甲板上の彩雲に走り寄る。天城1番機の搭乗員である菅谷中尉、小山飛行兵曹、田上一等飛行兵も彩雲に乗るため甲板上に出た。そこで、背後から声がかけられた。


「菅谷様!」

「ディアナ様…」


「いよいよですね。この戦い、偵察に赴く彩雲の働きが大変重要だとお聞きしました。そして、とても危険な任務だということも。私は何もできません。ですから、せめてこれをお持ちいただけませんか」


 ディアナは菅谷達に駆け寄ると、手にしていた巾着袋から紐が付いた小さな包みを取り出して菅谷に渡してきた。


「これは?」

「えーと、「お守り」です」

「…お守り?」

「ハイ! 整備員の方々に教えてもらいました。日本では武運長久・家内安全のため「お守り」を持つんだそうですね。なので、私頑張って作ったんです。ぜひ持って行ってほしいです」


 整備員が持っていたものを参考に作ったという「お守り」を両手の上に載せてそっと差し出すディアナ。菅谷は彼女の手を見た。複数の指に針でつけたと思われる傷がある。かなり苦労して作ったのだろうと思うと、無下に断るの悪いし、なにより無事を祈ってくれる彼女の心遣いが嬉しく感じた。


(まあ、武運長久はともかく、家内安全てのはよくわからんが…)


「ありがとうございます。有難く頂戴します」


 パッとディアナの顔が輝いた。菅谷はお守りを受け取ると飛行服の胸ポケットに入れた。それを見ていた小山と田上はニヤニヤと冷やかしてきた。


「いいですねぇ。中尉殿ばかりですか。羨ましいですねぇ。なあ田上」

「全くです。オレなんか母ちゃん以外の女の人から何かを貰ったことなんかないっスよ」

「や、やだ。ちゃんとお二人の分もありますよぉ~」


 ディアナは巾着袋からお守りを2つ取り出して小山飛行兵曹と田上一等飛行兵にも手渡した。2人はしげしげとお守りを見つめて言った。


「田上よぉ、中尉のお守りより小さくねぇか」

「兵曹殿もそう思いますか。明らかに差がありますよね」

「もう、そんなことありません!」

「そこまでにしておけ。小山、田上行くぞ」

「ハッ!」


 菅谷達は彩雲に搭乗するため飛行甲板に出た。ディアナは3人の背中に手を振って見送った。


「菅谷様、皆様、気を付けて。無事に帰って来てくださいねー!」

「おう!」


 菅谷は操縦席に乗り込みながらディアナに向かって手を振った。小山も田上も手を振ってきた。見ると2番機、3番機の搭乗員も手を振っている。ディアナは2番機、3番機にも手を振って見送り、搭乗員の無事を祈るのであった。


 飛行甲板から梯子を使って艦橋後部のデッキに登ったディアナに、観戦武官として乗艦している王国海軍作戦課のジークベルト中佐が声をかけてきた。


「ディアナ様、国王様は天城から降りるように言っておられたはずですが…」

「いいの、いいの。だって、日本から来た人達は、本来何の関わりもない私達の為に戦って下さるのよ。王国の命運がかかった戦いなのに、安全な場所で安穏と見守るなんて、余りにも申し訳ないじゃない。彼等にも王室も一体となって戦うという所を見せないとね。そう思うでしょう。それに、私みたいな美少女がいると皆の士気も上がるというものよ!」


「美少女はともかく、確かに王室も戦うという意思表示を見せることはその通りでありますが、宮崎艦長は思いっきり迷惑そうな顔をしてましたよ」

「うっ…それを言われると辛いわね…」

「それに、宮崎艦長は空母は敵の攻撃の第一目標になる確率が高いとも言っておられました。もし、ディアナ様に万が一のことがあったら…」

「へーき、へーき。私が死んでもアーサー兄様やジェフリー兄様さえ生きてれば王室は存続できます。という訳で、私達は全力で天城の活躍を応援しますわよー。なんてったって私、天城という艦が気にいったんですもの。天城は必ず活躍して勝ちます!」


「まいったな…」

「わははは、肝っ玉の太い姫さんだ。その通りです。往時とはいかないまでも帝国海軍航空隊の実力は確かです。見ててください。必ず我々の居場所を守ります。さあ、彩雲が出ます、任務の成功を祈って見送りましょう」

「鈴木様…ハイッ!」


 困った顔のジークベルト中佐と能天気に笑顔を浮かべるディアナに、天城飛行長の鈴木中佐が声を掛けた。鈴木中佐や整備員らが帽子を振って見送る中、彩雲が次々に飛び立って行った。ディアナはその機影が見えなくなるまで手を振り続けるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「艦長、彩雲全機発艦しました。葛城からも編隊誘導機を除く2機が発艦、指定された索敵線に向かっています」

「よし、艦隊取り舵。大和に追従する」

「とぉぉりかぁじ」

「機関室、最大戦速から第三戦速へ」


「天城航空隊発艦準備!」

「航空隊発艦準備!」


 宮崎艦長の命令を受けた伝令が高声令達器に向かって大声で叫んだ。命令を受けた格納甲板では発艦準備作業が慌ただしく行われる。チンチンと鐘を鳴らしながら、エレベーターが格納甲板内に降りて来ると整備兵が艦上戦闘機紫電改二をエレベーターに乗せて飛行甲板に上げる。それと同時に、急降下爆撃機彗星十二型甲に燃料を給油し、艦船攻撃用の500kg爆弾を装着する。同様の作業は葛城でも行われているはずで、僚艦には負けまいと汗を拭く間もなく発艦準備作業に取組む。


 デッキで航空隊の発艦準備作業を見ていたディアナとジークベルト中佐は、エレベーターから次々に戦闘機が上がってきては、甲板員が所定の場所に押し並べて行く状況に、感嘆の声を上げていた。


「凄い…飛行機械が整然と並べられて行きます。これが一斉に飛び立つのですね」

「彩雲と違って精悍さを感じさせる機体ですね。紫電改二か、どれほどの実力なのか…」


 ジークベルト中佐は紫電改二が飛行甲板に並べられて行く様子を見て感慨深げに言葉に出した。この戦闘機の戦い如何で勝負が決まると言っても過言ではない。


「この紫電改二は、我が海軍航空隊の制空戦闘機としては最良のものです。二千馬力級発動機の誉を搭載し、最大速度は高度6千mで約600kmになり、帝国のドロームや人形より優速です。武装は20mm機銃4挺と強力で、250kg爆弾も2発搭載できます。さらに、改良型の自動空戦フラップにより、見た目に似合わず機動性も高く、一撃離脱だけでなく格闘戦もこなせる高性能機ですよ。それに、搭乗員は腕利きを集めています。相手が数で勝っていても問題ありません」


 鈴木中佐が紫電改二について説明した。その頼もしい姿にディアナは勝利を確信する。しかし、帝国側は奇策を持って第二艦隊に対抗しようとしていた。それにより、第二艦隊は思わぬ危機に見舞われることになる。

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