第15話 懸念と現実
マルティア島のトリアイナ王国海軍基地を接収したヴァナヘイム帝国遠征軍は王国海軍施設を臨時の司令部として使っていた。マルティア島を占領して約2か月経過した6月上旬、司令部施設内で最後の作戦会議が行われていた。
会議室に集まっているのは、総司令官ガティス第三皇子のほか、ハンス・ラングスドルフ大佐他司令部幕僚、補佐官ヨーゼフ・モルゲン及びアーシャ・ミルズ中尉、ヨルムンガンド艦長コーゼル准将、副長ヘルマン大佐。各艦の艦長及び副長、上陸軍指揮官ガンメル大将他第1~第7師団司令官、輸送隊指揮官マルティン少将等、錚々たるメンバーがそろっていた。また、後に合流したアリオン第一皇子、フィンヴァラー隊隊長のフレイヤ皇女も席に座っている。
「しかし、フレイヤよぉ。お前、フィンヴァラーっていう最新兵器を貰っておきながら、まんまとシュワルベを取り逃がすなんて、ザマァねぇなぁ、おい」
「………。ガティス兄様のおっしゃる通りです。面目ないとしか言いようがありません」
「ふん、テメェは前々からクソ生意気でオレ様を見下しやがって気に入らねぇんだよ。だが、今回の件で思い知ったろうさ、一番の無能は自分自身だってなぁ。アーハハハハ!」
「くっ…」
「もう止めとけガティス。ここは公式な作戦会議の場で、個人を糾弾する場ではない」
見兼ねたアリオンがガティスを諫める。フレイヤは屈辱で顔を真っ赤にし、今にも泣き出しそうだ。会議の席にいる他の出席者はガティスの発言に不快な表情を見せてはいるものの、相手が皇帝の名代である総司令官だけに何も言い出せないでいる。
「聞けば、シュワルベは武装こそ貧弱なものの、速度性能はフィンヴァラーを上回っていて、操縦者の腕も度胸も優れていたとの事だ。今回の件でそれが分かっただけでも収穫ではないか。次はこの反省を生かし、対応すればよい」
「ふん…。いい子ちゃんぶりやがってよぉ。オレ様は兄上のそういう所が嫌いなんだよ」
「気が合うな。俺もお前が嫌いだ」
「チッ、クソが…」
会議場の雰囲気が極度に悪くなったのを感じた遠征軍司令部幕僚のハンス大佐は「コホン」と軽く咳払いをして、鼻の下の八の字髭を撫でながら発言した。
「しかし驚きました。トリアイナ王国はいつの間にあんな高性能機を開発していたのでしょうか。しかも、魔導機関を使っていないという話です。にわかには信じられません」
ざわざわと会議室内が騒めき出す。
「あれはトリアイナのものでは無い」
「兄上?」
アリオン皇子は鞄の中から紐で綴じられた1冊の紙束を取り出して机の上に置いた。
「これはトリアイナ王国に潜入させていた、軍務省直属の秘密調査員の報告書だ。最近になって私の手元に届いたものだ。中を読んでみろ」
ハンス大佐は報告書の中身を読んで絶句した。訝しんだガンメル大将が報告書をハンス大佐から取り上げて目を通して驚愕の声を上げた。
「い、異世界の艦隊が現れ、トリアイナ王国に助力ですと!?」
「そうだ。約2か月程前、突然ビスケス湾に見知らぬ艦隊が現れたとのことだ。艦隊には1隻の超巨大戦艦が存在し、その名を「ヤマト」と呼称すると報告書にある」
「ヤマト…」
報告書を回し読みした者は想像もできない内容に言葉を失う。最後に報告書に目を通したガティスは報告書を机に叩きつけた。
「ふん、何が異世界の艦隊だ。その諜報員、麻薬か何かのやりすぎで幻覚を見たんじゃねぇのか。バカバカしい!」
「ガティス、現実に我々がシュワルベと名付けた未知の飛行機械が、我が遠征軍上空に飛来している。その事実をどう判断するのだ」
「そう…ですね。シュワルベに接近した時、乗員の顔が見えましたが、トリアイナ人とは違った感じの人種に見えました。それに、機体の赤い丸印、あんな印見たことも聞いたこともありません」
フレイヤが顎に手を当てて思い出したように発言した後、ガンメル大将が報告書を眺めながら発言した。
「異世界の艦隊は大型戦艦1、用途不明の平甲板の大型艦2,我が国の巡航艦クラスが1、突撃艦クラスが8隻の12隻とあります。これに対し、我が艦隊は戦艦だけでも6隻を有する。あまり恐れることも無いのではないでしょうか」
「ガンメルのいう通りだぜ。相手は戦艦が1隻、こちらはヨルムンガンド級だけでも4隻いる。魔導砲の一斉射撃を浴びりゃあ、あっという間に撃沈できるっていうもんだ。それに、補給船で送られた追加装備もあるしな」
ガティスが大声で笑いながら余裕を持った発言をした。会議場に安堵の空気が広がる。帝国にとってヨルムンガンド級は神にも等しい強力な戦艦だ。1隻で1国の艦隊を全滅できる力を持っている。それに、艦隊の規模を比べても1対3で、帝国側の優位性は崩れず、普通に考えれば負けるはずがない。
さらに、新たに開発された並列魔導コンバーターによる魔導防壁を戦艦及びドローム母艦各艦に装備した。これは船体の主要部周囲にマナ防壁を展開することで、相手の攻撃から艦体を守る防御兵器で、マナ同士がぶつかった際の相殺効果を利用して敵の攻撃を無力化するものだ。これにより、こちらは傷つかずに一方的に相手を攻撃できる。しかし、アリオンは一抹の不安を消し去ることはできなかった。
「……ン…オン。アリオン。おい、聞いてるのか」
「うおっ! な、なんだ!?」
「なんだ、聞いてねェのかよ。ハンス、もう一度説明してやれ」
「ハッ!」
ハンス大佐は作戦計画書を手にして確認の意味も含め、改めて作戦計画を説明した。
「では改めて…。トリアイナ王国侵攻作戦は、3日後の6月8日当地時間午前6時を持って開始します。まず、機動艦隊全艦を持って出撃し、王国軍の抵抗を排除します。この際、異世界の艦隊が出てくるかもしれませんが、その場合はフィンヴァラー、ドロームの航空戦力で無力化します。もし、航空攻撃で撃ち漏らしがあれば艦隊戦で決着を付けます」
「敵の抵抗を排除後、戦艦6隻はビスケス湾に侵入、トリアイナ市全域を砲撃によって攻撃します。これは、王国側が降伏するまで続けます。また、ドローム母艦は周辺地域の海軍基地や陸軍基地を航空攻撃によって破壊し無力化します。巡航艦及び突撃艦はドローム母艦の護衛を行います」
「王国の抵抗を叩き潰した後、ビスケス湾岸全域から陸軍部隊が上陸。王宮及び主要官庁を制圧し、王国を完全掌握するという計画です。詳細は作戦計画書をご覧ください」
「作戦名は「シュトゥルムヴィント(暴風)」とする。オレ様達はトリアイナという蛮族どもをぶっ飛ばす暴風だ! テメェら、ぬかるなよ。解散!!」
作戦方針が決定し、準備のため全員が退出したが、アリオン皇子は作戦室に一人残って思案していた。アリオンの様子を不審に思ったフレイヤが声をかけた。
「兄上…」
「フレイヤか」
「何かご懸念でも?」
「うむ…」
「異世界の艦隊ですか。確かに不気味な存在ですけど、僅か戦艦1隻の艦隊です。我が機動艦隊が負けるはずがありません」
「果たしてそうかな…」
「えっ!?」
「報告書には用途不明の平甲板の大型艦が2隻存在すると書かれていただろう」
「ええ。輸送艦か何かでしょうか」
「…………。いや、俺が思うにその艦は飛行機械の母艦だと思う」
「まさか?」
「考えてもみろ。シュワルベ程の高性能機を造る世界から来た艦隊だとしたら、もっと戦闘に向いた飛行機械を持っていてもおかしくないと思わんか?」
「……それは、確かに…」
「フレイヤ、トリアイナ攻略は一筋縄ではいかないかも知れん。下手をすれば足元を掬われる可能性もある」
「……考えすぎでは…」
「かも知れん。私の取り越し苦労ならよいが…」
アリオンは立ち上がって窓辺に立って外を見た。泊地には機動艦隊と多数の輸送艦が整然と並んでいる光景が目に入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イヴァレーア市役所庁舎の大会議室に、伊藤長官を始め第二艦隊の幕僚と天城、葛城の搭乗員全員、ベアトリーチェ他王国側からの派遣人員が集められていた。ざわざわと騒めく声が響く会議室の壁に可能な限り拡大した写真が数枚貼られている。
「全員静かに」
葛城飛行長の都築中佐が指示棒を手に前に進み出た。さらに写真を挟んで3人の彩雲搭乗員、島津少尉、高田上飛曹、大崎一飛も前に出て並んだ。会場が静かになったのを見計らい、都築中佐が指示棒で写真を指し示しながら説明を始めた。
「これは先日、マルティア島手前で島津少尉らが遭遇した、ヴァナヘイム帝国の新型飛行機械を写したものだ。見て分かる通り人に似せた形をしており、背中の翼を展開して空を飛んでいる。我々の概念からかけ離れた存在だ」
集まった搭乗員が騒ぎ出し、あちらこちらから「バカな」とか「信じられない」といった声が上がる。ベアトリーチェやアルゲンティ大将等も驚きの余り声が出せないでいる。都築中佐は手で会場の出席者を制すると島津少尉に発言を促した。
「この人形の機体は間違いなく飛行機です。我々は高度3千を飛行中に迎撃を受けました。見た目に寄らず機動性は高く、彩雲の機動では振り切る事は出来ませんでした。さらに、空中静止までしてのけたのです」
空中静止という発言に驚きの声が上がる。
「飛行速度についてはそれ程でもなく、500kmでは追いつかれましたが、550km以上では振り切れました。よって、最大速度は500~550kmの間ではないかと推察されます」
「それが本当なら紫電改ニ(最大594~620km/h)と彗星(最大580km/h)の方が優速だな。ただ、天山(最大465km/h)では振り切るのは難しいな」
天城の鈴木中佐がぼそっと呟いた。島津少尉は同意とばかりに頷いた後、指示棒で人形が手に持っているライフル銃のようなものを指し示した。
「これは恐らく魔導砲と思われます。連射は出来ず一発撃ちでしたが、射程は数百mはありました。また、肩と足の部分に内蔵された噴進砲で攻撃を受けました」
「噴進砲?」
「はい。肩と足の部分がパカッと開いて十数発の噴進弾が飛び出してきたのです。我々は、偶然噴進弾が飛び出す直前に機体を捻って降下させたので躱すことができましたが、命中していたら木っ端微塵になっていました」
「かなりの重武装だな…。防御面ではどうなのか」
「自分は後部機銃を何発か命中させましたが、装甲に弾かれて損傷を与えることはできませんでした」
大崎一飛が攻撃の効果が無かったことを報告した。
「ふむ…。7.7mmは無効か。だが、紫電改の20mmなら装甲も破れるのではないか。見たところ、そこまで装甲は厚くなさそうだ」
「そうですね。ソ連のシュトルモヴィークのような重装甲機なら厄介ですが、胸の部分以外はそこまで厚くは無さそうです」
森下参謀長と山本先任参謀が写真を見ながら意見を交わした。都築中佐が別な写真を指示棒で示す。
「彩雲が噴進弾攻撃を受ける直前、降下して躱したと話していましたが、その際偶然に写された1枚です。ここを見てください」
「下から背中側を写したものだな。これがどうかしたか?」
「各翼には数個ずつの開口部があります。人形は恐らくここから「マナ」というものを噴出させ、飛行しているものと推察されます。つまり、どこかにマナを発生させるための魔導機関があるはずです。そして、それは翼の付け根にある四角い箱の部分ではないかと…」
「なるほど。人形の弱点という訳だな」
「相手の後背を取って攻撃する。どこの世界でも戦術は似たようなものですな」
天城戦闘機隊長の千早少佐が納得したように頷いた。
「後はこの人形がどの程度存在するかですが…」
「それは小官から説明しましょう」
山本先任参謀が立ち上がった。
「先般撮影された敵の輸送艦には9体の人形が確認されています。他の輸送艦には同様の物は確認できませんでしたので、人形は9体のみと考えてよろしいかと考えます。さらに申し上げますと、このような高度で複雑な兵器はそう量産できるものではありませんし、操縦員の育成にも時間がかかります。いかに魔導技術に優れた帝国と言っても、数は多くないはずです」
「となれば、敵航空戦力の主体はドロームということだな。ドロームなら紫電改の敵ではない。だが、油断は禁物だ」
森下参謀長の言葉に山本先任参謀が頷いた。皆が帝国航空隊との戦いに思いを馳せた時、伊藤長官が静かに立ち上がって、参加者全員を見回して訓示の言葉を述べた。
「我が艦隊が数の上で優勢な敵と戦い、勝利するためには、航空戦で有利に立ち、相手を漸減せしめた上で艦隊戦に持ち込む必要がある。つまり、天城隊、葛城隊の活躍にかかっているという事だ。近いうちに帝国艦隊と雌雄を決する戦いが生起するはずだ。それまで各員一層訓練に励み、万全の体勢を整えてもらいたい」
訓示が終わると全員一斉に立ち上がり、伊藤長官に向かって敬礼した。




