第11話 彩雲 空へ!
「ううむ。素晴らしい艦隊運動だ」
「全くです。こうも一糸乱れぬ見事な艦隊運動は見たこともありません」
観戦武官として大和に乗り込んだ王国海軍のアルゲンティ大将とルキウス大佐は、防空指揮所からビスケス湾外に移動する第二水雷戦隊の駆逐艦を眺めながら唸った。
「本当に凄い…。奇麗に並んで1本の航跡をつくってる…」
アルゲンティ大将の隣で感嘆の声を上げるのは、ベアトリーチェ王女。彼女も観戦武官の一員として、たっての希望(つまり我儘)で乗組んで来たのだった。しかも、国王や王妃、政府関係者から反対され、伊藤長官や森下参謀長も懸念を示したが、本人はどこ吹く風で乗艦許可を求めて来た。有賀艦長は困ったが相手は王族でもあるし、仕方なく許可したのだった。
「日本海軍は日々猛訓練で技量を磨いてますからね。艦隊戦では複雑な艦隊運動が求められます。いついかなる時でも整然と運動できるようにしているのです」
「ふむ…。我が魔導砲艦は基本、2~3隻単位で行動しますから、ここまでの艦隊運動はしないですね。というより、出来ないでしょう」
「雄々しくも美しいです…」
連絡員として王国に派遣され、任務を通じてベアトリーチェ王女と懇意にしていたことから、王女付きを命じられた伊達中尉が説明をすると、ルキウス大佐が感心したように言い、ベアトリーチェは整然とした艦隊運動に見惚れている。ベアトリーチェの横顔を見ていた伊達中尉は心配そうに聞いて来た。
「しかし、ベアトリーチェ様。本当に大和に乗艦なさってよかったのですか」
「はい。私も王国の姫としてこの戦いの行く末を見届ける責務があります。それに、皆様の誇りである戦艦大和の戦い振りをこの目で見てみたいのもありますし、皆様が命を懸けて戦うのに安穏として待っている訳には参りません。王族として、一緒に戦うという気構えを見せないと、日本から来た方々に示しがつかないし、士気にも関わると考えます」
「ですが、実際に戦いとなれば大和も被弾し、被害が出る可能性があります。命を落とすかも知れません。トゥーレ島で下船なさった方が良いと思いますが…」
「嫌です。ぜーったいに嫌です。私も伊達様達と一緒に戦います!(それに、伊達様と離れたくないんだもん!)」
伊達は困った顔でアルゲンティ大将を見たが、自分らでは手に負えないと首を振られてしまった。周りの見張員達はニヤニヤと笑っている。ため息をつく伊達にベアトリーチェは腕を上下に振って、ニコニコ顔で言うのだった。
「大和は世界最強だったのでしょう? 大丈夫です。私、大和を信じてますから!」
「さすが姫様! 安心してください、俺達は勝ちますよ!」
「そーだ、そーだ!」
「勝ったらトリアイナの女の子を紹介してください!」
見張員から歓声が上がる。あまりに煩く騒いだので、射撃指揮所にいた黒田砲術長から怒鳴られてしまい、ベアトリーチェはぺろっと舌を出し、アルゲンティ大将は渋い顔をし、伊達は苦笑いをするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第二水雷戦隊、第四十一駆逐隊を護衛に付けた第一航空戦隊の順でビスケス湾口にある二つの半島の間にある水道を抜けた第二艦隊は、ついにこの世界の大洋であるテーチス海に乗り出した。
「これが異世界の海か…。水の色が太平洋とは少し違うな。だが、海は海だ」
「その通りです。大海を走れて大和も喜んでいるように感じませんか」
「ははは、君は意外とロマンチストだな」
伊藤長官と森下参謀長は頷き合う。伊藤長官は静かに命令を発した。
「進路変更左90度。第一戦速」
「航海長、取舵一杯」
「とぉおりかぁじ!」
「機関室、第一戦速に増速!」
有賀艦長が茂木航海長に命令を伝え、茂木航海長は操舵室に取舵を伝える。機関の出力が上り、艦橋にも振動が伝わって来る。また、大和から命令が行った軽巡洋艦矢矧が進路を北西に変え速度を上げると各駆逐艦もその後に続く。
「参謀長、天城と葛城に航空偵察を行うよう命令してくれ」
「了解しました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「艦長、索敵機発艦命令が下りました。策定した索敵線を偵察せよです」
航空母艦天城の通信長、野田少佐が艦長の宮崎大佐に報告を上げた。宮崎大佐は頷くと、彩雲の発艦準備について聞いて来た。
「わかった。彩雲の発艦準備は」
「完了しております。天城からは2号機、葛城からは1号機、2号機の計3機、いつでも発艦可能との報告が上がっております」
「よいよだな。海軍航空隊が初めて異世界の空を飛ぶのか。何か感慨深いものがあるな。よし、艦首を風上に向けろ! 機関増速最大戦速!」
「おもぉぉかぁじ!」
天城と後続する葛城が艦首を右に降り、風上に向かって全力で走り出した。飛行甲板上では彩雲の暖機運転が行われており、機体の側で搭乗員や甲板員が発艦命令を待っている。
「航海長、私は飛行甲板に降りる。ここは任せたぞ」
「ハッ!」
宮崎艦長が艦橋下部の張り出しデッキに降りると鈴木飛行長がサッと敬礼して出迎えた。デッキ下の飛行甲板上では2機の彩雲が誉エンジンを轟々と鳴り響かせている。宮崎艦長は搭乗員に向かって敬礼する。
「いよいよ我が航空隊が異世界の大空に飛び立つ時が来た。何が我々を待ち受けているか分からない上、敵はアメリカを始めとする連合国軍ではない。ヴァナヘイムと言う未知の相手であり、敵もまた航空戦力を持つと聞く。十分に気を付けて偵察の任に付いてもらいたい」
「搭乗!」
艦長訓示の後、鈴木飛行長の搭乗命令で、搭乗員と整備員・甲板員が一斉に彩雲に駆け寄った。天城搭載彩雲2号機に操縦員大島飛行兵曹長、機長で偵察員の角田少尉、電信員の柳津二等飛行兵が乗り込み、角田少尉が大きく手を交差して発艦の合図をした。機体の確認をしていた整備員が離れ、甲板員が車止めを外す。
大島飛行兵曹長がスロットルを開くと三翅プロペラの回転音が一層大きくなり、彩雲はゆっくりと動き出した。手すきの兵が一斉に帽子を振って見送る中、彩雲2号機は一気に加速して飛行甲板を滑走し、艦の前縁部を蹴って飛行甲板を飛び出した。異世界の大空に飛び出した彩雲は轟音を響かせながらぐいぐいと蒼空に向かって上昇して行った。
「わぁ~。すごーい! 飛んだ飛だぁ! カッコいいなぁ、美しいなぁ」
艦橋下で彩雲が飛び立つ様子を見ていたディアナ王女は、拍手をしながら歓声を上げていた。天城と並走していた葛城からも2機の彩雲が飛び立つ様子が見える。初めて見る飛行機の発艦を感動して見ていたディアナの元に、1号機の機長である菅谷中尉が声を掛けた。
「ディアナ王女様、発艦の準備ができています。彩雲にどうぞ」
「はい!」
飛行服を着用したディアナは菅谷中尉に続いて彩雲に駆け寄ると、彩雲の翼の付け根の上で待っていた小山飛行兵曹の手を借りて彩雲の偵察員席に乗り込んだ。続いて小山飛行兵曹が後席の偵察・電信員席に座り、操縦員席に菅谷中尉が乗り込んで機器の確認をする。
「では、発艦します」
「お姫さん、びびってお漏らしなんかせんで下さいよ」
「まあ、失礼な。お漏らしなんかしません! わたしは今ワクワクが止まらないんです!」
「小山、余計な事をいうな」
菅谷中尉は立ち上がって両手を交差し、席に座ると艦長や飛行長に向かって敬礼をした。手すき乗組員が帽振れで見送る中、スロットルを開くとディアナの乗った彩雲は滑走を始め、瞬く間に飛行甲板から飛び立った。
「う…っ!」
「大丈夫ですかい!?」
「だ…大丈夫…です…」
彩雲がフルスロットルで大空に駆け上がる。体にGがかかって息が苦しくなり、返事をするのもやっとの状態になったが、苦しい時間は永遠に続かない。やがて水平飛行に入ると息苦しさは解消された。苦しさを我慢していたディアナが瞼を開くと、あまりの絶景に言葉を失った。
「わ…わ…わぁああーっ!」
「現在高度は3,000m、速度380kmで飛んでいます」
「凄い…。雲がわたしの目と同じ高さにある! 空が青い! 海の波が光を反射してキラキラ光って…なんて、なんて奇麗なの…」
「姫さん、どうですかい。空は」
「凄すぎて言葉もありません…。わたし、ずっと鳥のように大空を飛べたらと思っていました。空を飛ぶ夢が叶うなんて、今こうしていても信じられません…。ありがとうございます、スガヤ様、オヤマ様!」
「ディアナ様、このまま南に飛びます。一応、偵察の任もありますのでね」
「はい! お願いします!」
ディアナを乗せた彩雲は先行した機を追って南に向かって飛んだ。
一方、天城の甲板では、ディアナに付いてきた付人と王国軍及び産業省の関係者が不安そうに彩雲が飛び去った方向を見ている。彩雲の機影が蒼空に消えると大きくため息をついた宮崎艦長に鈴木中佐が声を掛けた。
「いやぁ、中々のお転婆ですなぁ。あのお姫様は」
「全くだ。何かあったら責任を取るのは誰だと思っているんだ」
「しかし、よく長官が飛行をお認めになりましたね」
「王室と軍務省から申し入れがあった際は断ったとのことだ。断わられて相手もホッとしたらしい。当然だな。しかし、王女自ら長官を訪れて、ぜひ彩雲に乗せてくれと泣きながら訴えたんだそうだ。長官は日本に残した娘さんとディアナ王女が重なって見えてしまって断り続けることができず、最終的に折れてしまったと言っていた」
「はあ、それで…」
鈴木中佐は命令を伝えに来た森下参謀長の渋い顔を思い出すと、笑いを抑えることができなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ディアナを乗せた彩雲は順調に飛行を続けていた。偵察員席から見えるテーチス海の美しい景色、はるか遠くまで続く青い空と白い雲、発動機の回るリズミカルな音…。ディアナはすっかり飛行機の虜になって、飽きずに風防の外を眺めていた。
「ディアナ王女様、天城を飛び立って2時間以上になります。燃料には余裕がありますが、そろそろ帰投します」
「えー。もう帰るのですか? もう少しダメですか?」
「いけません。ディアナ様は初めての飛行です。気付かないだけで疲労が蓄積しているはずです。機上で体調不良になったら命にかかわります。帰投します」
「はい…。分かりました…」
菅谷中尉にビシッと言われ、シュンとなったディアナは、この景色を最後まで見ておこうと海面に目を向けた。そこで何かに気付く。
「ん…? あれ?」
「どうしやした、姫さん」
ディアナの疑問符に気付いた小山飛行兵曹が問いかけてきた。
「あ…えっと、左に見えるあれって何かなって」
「あれ?」
小山飛行兵曹が左海面を見ると、海の上にゴマ粒のようなものが複数浮いているのに気づいた。小山は持参した双眼鏡を取り出して確認すると、操縦席に繋がる伝声管に向かって叫んだ。
「左30度に複数の艦影!」
「なにっ!?」
菅谷中尉も左斜め前方を見ると離れた位置に複数の何かが見えた。操縦桿を倒して接近する。徐々に大きくなる艦影を見て菅谷中尉は唸った。
「うーむ、艦隊だぞあれは」
「あ…あれはヴァナヘイムの魔導戦艦です!」
「ホントか、姫さん」
「間違いありません! 一度王国に現れたものを見たことがあります!」
「さらに接近して確認する。王女様、少し揺れます。しっかりつかまってて下さい」
「は…はい!」
彩雲1号機は高度を保ったままヴァナヘイム艦隊に接近する。近づくにつれ艦隊の全容が見えて来た。
「戦艦らしい大型艦が6隻、中型艦8隻、小型艦16隻。堂々とした艦隊だな。複縦陣で航行中。なんだあの艦隊、航跡波が見えないぞ。それに、最後尾についている4隻の艦はおかしな形だな。船体前部に艦橋があって、その後ろが平甲板になっていて、何かを乗せているぞ」
「スガヤ様、あれはドローム母艦かも知れません!」
「ドローム…母艦? なんですかそれ?」
「ヴァナヘイムの飛行機械、ドロームを搭載した軍艦です。アルゲンティから聞いたことがあります」
「というと空母か…厄介だな。小山、艦隊に打電! 帝国艦隊発見、戦艦6、中型艦8、小型艦16。サラニ空母4隻ヲ含ム。航跡波確認デキズ速力不明、進路方位240°マルティア諸島マデノ距離460海里…急げ!」
菅谷中尉が小山飛行兵曹に命令を伝えた時、彩雲の左右の空間が突然爆発した!




