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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第10話 第二艦隊始動

「なに、それは本当か!?」


 大和の作戦室では、伊藤長官を始め、第二艦隊の幹部がトゥーレ島に派遣した機関科員からの報告を受けており、報告の内容に歓喜していたところだった。


「はい。トゥーレ島に派遣した機関科員からの報告では、油田は2か所あり、アルバーテという油井からは重油分80%以上の重質油が採れ、そのままで艦の蒸気ボイラー燃料として使えると連絡がありました。また、もう一カ所のサガル油井からは良質な軽質油が出るという事で、トリアイナ大学工業技術院の研究施設にはガソリンや軽油等に精製分離するプラントもあるそうです」


「ガソリンが手に入るのか!?」

「はい。機関科員が現物を見て調べたところ、我々が現在使っている質の悪い粗製ガソリンではなく、かなり質の高いものだそうで、有鉛ガソリンに加工してオクタン価を高めれば、天城と葛城搭載機の本来の性能が発揮できると見込まれるとの事です。既にトリアイナ産業省と工業技術院の協力を得て量産工程に入っているそうです」


「それは有難い。何せ我が国ではガソリン不足で松の根っこから出る油(松根油)で飛行機が飛べないかと考えている有様だったからな」


 さらに、油井や精製プラントから補給ができるよう、仮設の給油施設を急ピッチで造っているとの報告があり、燃料問題について解決の道が見えたことで伊藤長官等を安堵させた。続けて伊藤長官は艦隊の補給状況について聞いた。


「補給の方はどうなっている」

「ハッ! 食料、飲料水、嗜好品、医薬品については、農務省と王国海軍の迅速な協力があり、大和、天城、葛城への補給は終了しています。現在は第二水雷戦隊の各艦に補給が行われており、明日にも終了する見込みです」


 艦隊の補給部門から上がった報告書を参謀の1人が読み上げた。長官は満足げに頷き、半舷上陸の状況について聞いてきた。これについては森下参謀長が答える。


「半舷上陸については全体を7班に分けて実施しております。現在第6班が上陸中。あと6時間で艦に戻る時間です。6班が戻り次第、最後の班を上陸させる予定です」

「街で騒ぎを起こしたものは?」


「はあ。やはりゼロという訳にはいかず、飲食店で酔って暴れたり、物を壊したり、民間女性に手を出したりした輩がおります。これらは、全て大和の営倉にぶち込んでおります。また、上官には厳重注意の上、兵の再教育を命じております」

「迷惑をかけた店や人に対してはどうしている」

「山本大佐と伊達中尉が手分けして謝罪に歩いております」


「二人には丁寧に対応するように言っておいてくれ」

「長官、今後の予定はどういたしますか」

「補給と半舷上陸が終了次第、トゥーレ島に移動する。石油精製プラントのある西海岸の町、イヴァレーアに向かう。そこで燃料の補給を行い、ヴァナヘイム帝国の来襲に備える」

「了解しました。上陸7班の帰艦と併せて王国に派遣していた山本先任参謀等を呼び戻しましょう。それと、湾外に出た時点で一度彩雲を発艦させ、マルティア諸島方面の索敵を行います」


「そうしてくれ。さて諸君、休暇の時間は終わった。7班が戻り次第、我々は戦時体制に移行する。トリアイナ王国の、我々の第二の故郷になる地の明日は第二艦隊の戦いにかかっているのだ。皆の奮闘努力に期待する。以上!」

「ハッ!」


 伊藤長官より今後の方針と激励の言葉が発せられた。森下参謀長以下、第二艦隊の幹部はサッと立ち上がって敬礼をし、艦隊各部署に命令を伝えるため作戦室を出て行った。


「いよいよだな、森下君」

「そうですね。いよいよ大和が思う存分に戦う時が来ました。敵は異世界の戦艦ですが、相手にとって不足はありません。猛烈訓練で鍛えた腕を存分に見せつけましょう。そして必ず勝つ。この戦いの中にこそ我々の存在意義があるはずです」


 森下参謀長の言葉に、伊藤長官は静かに頷いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「うわぁー! 凄い、凄ぉーい!!」


 空母天城の格納庫で、飛行長鈴木中佐の案内で搭載機の説明を受けていたディアナ王女は、大きな目をまんまるにして目の前の光景を見ていた。同行した産業省魔導工学研究所の研究員も見たことのない機械装置や飛行機械を興味深そうに観察している。


「これが、艦上偵察機の彩雲です」

「随分とスマートな飛行機械ですね。帝国のドロームとは似ても似つかないです。でも、こっちの方が美しくて好きだな」

「ははは。王女様のお言葉を聞いたら、この機を設計した者も喜ぶでしょう」


「ちなみに、彩雲とはどういう意味なのです?」

「太陽の近くを通りかかった雲が赤や緑など様々な色に彩られ、雲が虹のように鮮やかな色に輝くのを見たことがあるかと思います。それを日本では「彩雲」と呼び、良いことが起こる前触れとされています。この機体はその名をいただいています」

「まあ、ステキ…。この機体にピッタリのお名前ですね!」


「王女様、操縦席に座ってみますか?」


 ディアナが興味津々で彩雲を見ていると、操縦員の菅谷中尉が声を掛けて来た。


「よろしいんですか!?」

「ええ。特別です」

「やった! 嬉しい!!」


 偵察員の小山飛行兵曹、電信員の田上一等飛行兵が梯子を持って彩雲に掛けた。菅谷中尉が先に上がり、ディアナの手を引いて操縦席に座らせた。様々な計器が並んでいるのを見て驚いた。


「わ、わ…凄い。見たこともない機械がいっぱい」

「どうですか、彩雲の操縦席は」

「凄いです。何と言うか…凄いとしか言葉が出ないです」

「ははは。飛行機は精密機械の塊ですからね。目の前の棒が操縦桿。これを前後左右に動かすことで、彩雲の飛ぶ方向を指示します」

「へー。この棒で操縦するのですか…」

「そうです。これが高度計で、これが速度計、こちらは…」


 菅谷中尉が操縦席の機器について説明をする。夢にまで見た飛行機械に乗り込んだことでディアナは喜びでいっぱいになる。そうすると、また欲が出てくるもので、今度は実際に飛んでみたいと思うようになったのだった。


(彩雲で実際に飛べたらなぁ…。大空を飛ぶってどんな気持ちなんだろう…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 第二艦隊がトゥーレ島へ移動する日の前々夜、何だか眠れないベアトリーチェはベッドから起きてベランダに出た。夜空を見上げると太陽の光を反射して輝く満月と満点の星々が見える。


(明後日には伊達様も行ってしまわれるのね。少し寂しいな…)


 この数日、伊達中尉の補給任務を一緒に行ってきたベアトリーチェは、伊達の朴訥として飾り気が無いが時折垣間見せる優しい笑顔と、真摯に任務に取組む真面目さに惹かれているのを感じていた。


(王国の男性とは全然違うわ。ましてや帝国特使としてきたガティスとかいうクズ野郎とは全く違う。艦隊が出て行ったらもう会えなくなるのかな。はぁ…)


 ため息をついてベランダから中庭を見ると、誰かがベンチに座って夜空を眺めているのに気づいた。


(あれは…。だ、伊達様じゃ!?)


 ベアトリーチェは急いでガウンを手に取り、寝間着の上から羽織ると急いで自室から飛び出した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「こ、こんばんは(って、なんて間抜けな挨拶してるのよ、私は~)」

「ベアトリーチェ様?」

「伊達様は、ここで何をなさっておられるのです?」

「皆様のお陰で任務も無事終了し、することが無くなったので星空を見上げてました」

「何か見えますか」


 ベアトリーチェは伊達の隣に座り、並んで星空を見上げた。白い星、赤い星、黄色い星、明るく輝く星もあれば今にも消えてしまいそうな小さく瞬く星もある。子供の頃から慣れ親しんだ星空だが、大きくなるにつれ見上げることも少なくなった。


(いつ以来かしら、こんなにゆっくり星を見上げるのは…)


「やはり違いますね」

「えっ、何がですか」

「星空です。日本の夜空で見上げる星空とは全く違う。星座を探してみたのですが、見つけることができませんでした」


 寂しそうに笑った伊達の横顔を見て、やはり故郷が恋しいのだろうかと思ってしまう。そういえば彼らの故郷とはどのような所なのだろうと興味を持ったベアトリーチェは思い切って聞いてみた。


「あの…伊達様の故郷はどのような所なのですか? ご家族は…」

「そうですね…」


 伊達は内ポケットから小さな地図と古びた写真を取り出した。地図は日本地図で写真は優しそうな大人の男女と坊主頭の少年、おかっぱ頭の幼い女の子の4人が写っていた。


「この写真は私が10歳の時に写したもので、当時は仙台という所で家族4人で暮らしていました」

「………。(この少年が伊達様? か、かわいい…)」


「父はもともと菓子作りの雇われ職人でしたが、こつこつとお金を貯めて私が14歳の時、東京の神田という町で自分の店を持つに至りました。父の菓子作りの腕は良く、結構流行っていて、手伝いの母も忙しそうにしていたのを覚えています。だから、妹の面倒はもっぱら私が見てましたね」

「まあ…」


「店が流行っていたお陰で、私は東京大学に行かせてもらうことができ、大学院で学んでいたのですが、アメリカとの戦況が悪化し、私も召集されたのです。まあ、兵員不足でにわか士官の予備中尉って扱いですが。召集後は戦艦榛名で1年間主計科を勤め、大和に乗り組みを命じられて今に至る…という訳です」


 あははと笑う伊達の横顔はやはり寂しそうに感じる。


「では、ご家族は東京という所にいるのですか?」

「……家族は…、全員死にました」

「えっ!? ど、どうして…」

「大和が出撃する少し前、東京にアメリカ軍のB29という大型爆撃機による空襲が行われたのです。東京は焼夷弾というもので焼き尽くされ、私の両親、妹は逃げ遅れて炎の中で…」


「す、すみません。私ったらなんてことを聞いてしまったのでしょう」

「いいのです。ベアトリーチェ様は何も知らないのだから。ただ、思うのです。どうして、私はあの場にいなかったのだろうかと。助けてあげられなかったのだろうかと。瞼を閉じると炎に巻かれ、苦しそうに喘ぐ妹の顔を想像してしまい、苦しいのです」


「伊達様…」


「分かっています。仮に私がその場にいても助けることはできなかったことくらい。ただ、妹はディアナ様と同じくらいの年頃でした。将来は人を助ける仕事に就きたいと夢を語っていました。私は妹が大好きだった。可愛くて仕方がなかった。妹を失った私の心はがらんどう同然になり、感情と言うものを失ってしまいました。ですが、ディアナ様の屈託のない笑顔を見て考えました。もう未来ある子供達を苦しませたくない。もう二度と私のような苦しむ人を出したくないと思いました。だから、私も第二艦隊の一員として戦います。そして、この国を必ず守り抜くと約束します」


 伊達は写真に目を落としながら言った。写真を持つ手が小さく震えている。ベアトリーチェは思った。彼らの国は既に激しい戦火に晒されている。自分たちの国を守るため、負けると知っていても彼らは戦いたかったのだろう。しかし、それが叶わなくなった今、彼らはトリアイナ王国を日本と重ね合わせ、戦火から守ろうとしている。きっと、この国を守ることで彼らと艦隊の存在意義を見出そうとしているのかも知れない。


(なんて、なんて悲しい思いなの…)


 心の中がギュッと締め付けられる思いと同時に、表情を変えずに任務に精励する伊達が、実は悲しい思いを心に秘めて戦っているのだと知って、ベアトリーチェの心に愛しい、守りたいという感情が湧き出て来る。


 そっとベンチから立ち上がったベアトリーチェは伊達の前に立ち、優しくその頭を抱きしめた。大きな胸の柔らかさと温かさに、愛する家族を失って凍り付いていた伊達の心が少しずつ溶けて行くような気がした。伊達の頬にベアトリーチェの涙の雫が落ちた。


 静かに抱き合う二人。月の光と星の瞬きがいつまでも二人を照らし続けた…。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 補給を終え、全ての準備を整えた大和を始めとする第二艦隊全艦。艦橋に立つ第二艦隊司令長官伊藤整一中将は、静かに命令を発した。


「全艦、トゥーレ島に向け、出航せよ」


「両舷半速、面舵一杯」

「おもぉぉかぁじ!」


 有賀艦長の命令を航海長茂木四朗中佐が復唱し、操舵室に伝える。大和の機関音が大きくなり、ゆっくりと湾外に向かって動き出した。艦橋からは第二水雷戦隊の旗艦矢矧を先頭に、空母の護衛につく第四十一駆逐隊を除く駆逐艦6隻が単縦陣を作って移動するのが見える。


「艦長、天城と葛城も動き出しました。冬月と涼月も後続しています」


 見張りからの報告が伝えられる。ついに第二艦隊は異世界の海に乗り出したのだった。

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