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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第1話 艦隊消失

 1945年(昭和20年)4月7日、東の水平線に日が昇る頃鹿児島県大隅半島沖を一群の艦隊が静かに通過していた。それは戦艦大和を旗艦とする第二艦隊。沖縄に迫るアメリカ軍の上陸部隊を迎撃するために出撃した日本帝国海軍最後の機動艦隊だった。


「美しいですな。これが見納めとは、少し残念です」

「うむ…」


 大和艦長有賀大佐の言葉に短く答えた第二艦隊司令長官伊藤整一中将は、朝日を浴びて赤く染まる大隅半島から艦の周囲に目を転じた。大和の周囲には阿賀野型軽巡洋艦三番艦矢矧を旗艦とする第二水雷戦隊の駆逐艦8隻(第四十一駆逐隊冬月、涼月、第十七駆逐隊磯風、浜風、雪風、第二十一駆逐隊朝霜、初霜、霞)が輪形陣(第三警戒序列)を作って進んでいる。


「しかし、よく大本営があの艦を護衛に付けてくれたものですな」

「港に留め置いても空襲で沈められるだけだからね。それならばと出撃させ、最後の花道を飾らせようと思ったのだろう」

「死ぬためだけの出撃が花道…ですか」

「…………」


 森下参謀長がぼそっと呟いた。伊藤長官はそれに答えず、輪形陣の内側、大和に続く2隻の艦を見た。全長は大和に匹敵する長さを持っているが、艦体の大きさに比して小さな艦橋が艦の左側に乗っていて、全体的に平べったい姿をしていた。


 その2つの艦は雲龍型航空母艦天城及び葛城。日本海軍に残された、稼働可能な最後の正規空母だった。全長227m、全幅22m、基準排水量17,460トンのこれらの空母は65機(うち補用8機)の搭載能力を持つ中型空母である。今回の出撃では天城が戦闘機(艦載型紫電改)36機、艦爆(彗星十二型甲)24機、偵察機(彩雲)3機の計63機、葛城が戦闘機(艦載型紫電改)36機、艦攻(天山)18機、偵察機(彩雲)3機の計57機搭載している。これは現在考えうる最良の艦載機群であった。


 先に行われた菊水作戦(特攻機による攻撃)で損害を与えたとはいえ、アメリカ軍には正規空母と軽空母併せて12隻が残っている。搭載機数も1,000機に及ぶだろう。戦闘に入れば一矢は報いる事は出来るだろうが、結局は飲み込まれる。


(だが、特攻機として使われるよりは良い。戦って死ぬことができるのだからな…。天城と葛城にしたってそうだ。港内で痛めつけられ、骸を晒すよりは戦いの中で沈んだ方が軍艦として幸せだろう…)


 伊藤長官が考え事をして黙り込んでしまったのを見て、参謀長の森下少将が努めて明るく声をかけた。


「長官、確かにこの作戦は、必死必殺の作戦であり、成算がある計画ではありません。意味があるとすれば一億玉砕の先駆たらんという、その一点のみです。ですが、我々だって簡単には死にゃぁしませんよ。各員奮戦激闘会敵を必滅して海上特攻隊の本領を発揮するまでです。各艦の兵達も十分に分かっており、覚悟を決めています。長官、我々はあなたについて行くだけです」


「森下君…。そうだな。ありがとう」


 伊藤中将と森下少将の話を聞きながら、有賀艦長は艦橋の窓から前甲板を見た。世界最大の46センチ3連装砲を装備した巨大な2基の砲塔の周囲を兵が動いているのが見えた。大和だけで3千人以上の乗組員がいる。


(果たして何人が生きて帰れるか…)


「防空指揮所、なにか見えるか?」


 意識を現実に戻した有賀艦長が、伝声管を使って防空指揮所で見張りをしている見張員に確認すると、直ぐに「何も見えない」と答えが返って来た。今のところ敵の偵察機は現れていないようだ。しかし、昨夜豊後水道を抜ける時に不審な電波を逆探がキャッチしている。敵の潜水艦に発見されたのは間違いないだろう。夜明けと同時に敵の索敵機も発艦しているかも知れない。最短コースを取って急進しなければ航空攻撃を受け、敵艦隊に近づく前に沈められてしまう。そう考えた有賀艦長は森下参謀長に向かって言った。


「予定通りこのまま大隅海峡を抜けて欺瞞航路を進み、坊ノ岬沖で南下します。その後、種子島、徳之島の西海岸を通過して沖縄に向かいます。また、索敵のため、〇六〇〇で水偵を発艦させます」


「待て艦長。私に考えがある」


 ニヤリと笑みを浮かべた参謀長は、伊藤長官と有賀艦長を海図台に案内し、自分の考えを説明した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 午後19時。夜の帳が落ち、周囲は暗くなった。上空は厚い雲が覆い、月も星も見えず、これなら潜水艦に発見される可能性は低い。第二艦隊は奇跡的に航空攻撃を受けず全艦無事に南進し、現在は徳之島の西方海上を目指して移動していた。


 森下参謀長の案は、最短コースで進めば敵に発見され、航空攻撃を受ける可能性が高い。こちらに空母がいても艦載機数の差は圧倒的。護衛艦の数も少ない我が艦隊は、敵艦隊の姿を見る前に確実に沈められる。それでは一億玉砕の先駆けどころか、無念しか残らない。そこで、森下参謀長は艦隊進路を変更する事を提案した。


「艦隊を坊の沖岬から一旦諫早半島方向に移動させ、上甑島の西側に隠れます。アメリカ軍は我々が真直ぐ南下すると思ってますから、まさかここまで来て隠れているとは思わないでしょう」


「その後、日没と同時に下甑島の西側を通って徳之島と沖永良部島の間を通過し、夜間のうちに沖縄に突入、アメリカ軍を叩く。我々が生き残るためにはこれしかない」


「しかし、艦隊の燃料的に厳しいのではないか?」


 伊藤長官が懸念を示すが、有賀艦長がその点は心配ないと言った。


「出撃には片道分の燃料しか補給されていないとされていますが、実は重油タンクの底や伊勢と日向のタンクまでさらって各艦満載状態にしてくれたのです。なので、進路変更しても問題ないと考えます」

「そんなことが…。だが、そう言う事なら参謀長の案を採用しよう。艦長、艦隊進路変更。索敵機の発艦は中止」

「はっ! 通信長、発光信号により各艦に進路変更を伝達。大和進路変更!」


 艦隊は敵の目を欺くため上甑島に向けて北西に進路を取った。


 甑島列島の西側に移動後、南下のタイミングを計っていた艦隊は14時時点で下甑島の西方海域を遊弋していた。現在のところ敵の索敵機の接触は受けていない。このまま見つからないでくれと祈りながら、艦橋から上空を眺めていた有賀艦長の元に通信長の山口少佐が通信文を持ってきた。


「鹿屋から発進した索敵機からの通信を受電しました」

「読め」


 有賀艦長に促され、山口通信長が通信文を読み見上げた。


「敵艦隊見ユ。位置「喜界島」ヨリノ方位180度七十里(約130km)。艦隊は空母4ヲ伴フ。戦艦2、巡洋艦、駆逐艦多数。更ニ四十里離レテ複数ノ空母を伴フ艦隊アリ。ヒトサンマルマル」


「やはり空母を前面に押し出してきたか」


 伊藤長官と森下参謀長は頷き合った。今のところ欺瞞策は上手くいっている。後は艦隊をアメリカ軍の前まで連れて行き、46センチ砲弾を浴びせるだけだ。


 16時、日が大きく傾いた頃を見計らって艦隊は沖縄を目指して南下を始めた。だが、下甑島と沖永良部島の中間付近に到達した時、唐突にそれは起こった。


「何かおかしくありませんか?」


 航海長の茂木中佐が海の様子がおかしいと言い出した。森下参謀長が訝し気に確認する。


「何がだ? 航海は順調に思えるが…」

「……。いや、参謀長。海の様子が変だ」

「艦長?」

「波が…」


「矢矧から発光信号!」

「なんと言ってる」

「艦隊の前方から水の壁が迫ると言ってます!」

「水の壁だと!?」


「天城から発光信号! 艦隊後方から水の壁迫る!」

「後方からも? 一体何が起こっている!」


 森下参謀長の叫びに答えられる者はいない。有賀艦長が双眼鏡で前方を見るが、月も星も無い暗闇の中であり、さらに灯火管制中では超人離れした夜目が効く熟練見張員でも難しいだろう。さらに、艦橋トップにある射撃指揮所から黒田砲術長の緊迫した声が流れて来た。


「艦長、空が…空が落ちてきます!」

「砲術長、空が落ちて来るとはどういうことだ!」

「わ、分かりません! とにかく空が迫ってきます!」


 有賀艦長は艦橋の窓から上空を見ると黒い雲がうねりながら艦隊に迫ってくるのが見えた。また、時折稲光が轟音と共に走り、海面を不気味な紫色に照らす。


「一体なんだ、あれは…」


 森下参謀長は震える声で呟いた。甲板では大勢の兵が空を見上げ、混乱したように右往左往している。このままでは危険だと判断した有賀艦長は高声令達器に向かって叫んだ。


「こちら艦長、艦外に出ている兵は艦内に退避せよ! 繰り返す。艦内に退避せよ、急げ!」


 艦外に出ていた兵が一斉に走り出し、艦内に戻り始めた。周囲では危険を感じた僚艦が衝突を回避するため、発光信号を明滅させている。この状況に、常に冷静沈着な伊藤長官も状況が把握できず「艦の保全に努めよ」と指示するのが精一杯だった。そのうち、海面が泡立ち艦が左右に揺れ始めた。


「一体何が起こっているんだ…」

「艦長、気圧が急激に低下しています! 現在970ミリバール。風向きは…滅茶苦茶で観測不能、風速は15m以上!」


 困惑した声の気象班から報告が入る。とにかく、尋常極まりない事態が起こっているのは間違いない。伊藤長官から艦隊の速力を落とすように命令があったので、有賀艦長は速力を12ノットに落とすよう機関室に指示した。何としても艦を保全させなければならない。


「か…艦長。アレを見てください!」

「!」


 大和の艦橋を超える高さの水の壁が迫り、空から稲光を伴った黒い雲が落ちてくる。風は東西南北から無茶苦茶に吹き荒れ、三角波は艦を動揺させる。各艦の艦長は転覆しないように必死の操艦を行っている。しかし、その努力をあざ笑うように艦隊の周囲の海が割れた。実際、そう表現するしか出来ない現象に全員言葉を失う。大和を始め、第二水雷戦隊の各艦、空母天城、葛城が割れ目に飲み込まれた。


「うわぁああああーーっ!」


 割れ目に飲まれる瞬間、大和の艦橋内が紫色の眩しい光に包まれた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「奴らはどこに行ったんだ?」

「さてね。ママのおっぱいが恋しくて逃げ帰ったんじゃないですか?」

「まさか、お前じゃあるまいし」


 沖縄近海に展開しているアメリカ海軍第58・1任務群の航空母艦CV-12ホーネットから発進したSB2Cヘルダイバー偵察爆撃機は、クレから出撃したという日本海軍の艦隊を探し求めていた。眼下に徳之島と奄美大島が見えるが、周囲に艦隊らしいものは見当たらない。


「ブンゴ・チャンネル(豊後水道)を監視しているハックルバック(潜水艦USS Hackleback)はヤマトがクレに戻ったという報告を送ってない。奴らはいる。オレ達の艦隊を襲うために南下しているハズだ」

「ですが機長、こんなに探してもいないんですぜ」

「ジャップは狡猾だ。オレ達の目を欺くため突拍子もない進路を取っているかも知れん」


「しゃーない。索敵ラインから外れますが、シモコシキ・アイランド方向を探してみましょうか」


 操縦士は操縦桿を左に倒した。機体は大きく旋回して北西方向に進路を変えた。間もなく遠くに日本海軍の偵察機「彩雲」の姿を見つけたが、彩雲はこちらを気にするようなそぶりは見せず、ぐるぐると旋回しながら何かを探しているようだった。


 ヘルダイバーのクルーは彩雲の動きを不審に感じながら、燃料が続く限り目的のものを探し求めたが、眼下に見えるのは小さな漁船ばかりで、ついに何も見つけることは出来なかった。


 日本海軍最後の艦隊は目指すべき敵を前にして、一切の痕跡を残さず消滅したとしか思えず、ヘルダイバーの機長は偵察員に敵艦隊発見できずと通信するよう命じた。

  なお、索敵に出た全ての偵察機から同様の報告がもたらされ、アメリカ軍の空母司令官達を困惑させたのだった。

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