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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
1:13回目の箱庭
9/32

過去12回の記録

一部残酷な描写があります。

 ミーティングを終えて、夕飯を食べて。

 それじゃあ帰ろうか、と叶夜ちゃんと雪兎の3人で寮に戻ってきた。


 いつもの癖で、ただいまと言いながら靴を脱ぐ。

 返事があったことは一度もないから慣れっこだけど。視線をあげると、やっぱりなにもない寂しい部屋が待っていた。

 ひとりになると急に心細くなる。部屋も一層寒く感じて、暖房を付ける。

 部屋が暖まるのを待ちながら、家具が欲しいなと思った。でも、昼間の話じゃ買い物に行ける気がしない。ため息が出た。

 気軽に倒れ込めるのはベッドしかない。しばらくごろごろとしながら今日聞いた話を頭の中で繰り返す。


 私は、子津紬。

 三枝高校、普通科の2年生。吹奏楽部で。保健委員。成績は普通。あんまり目立つようなこともないし、割と平均的だと思う。

 この学校――三枝高校は、三枝市の水ノ端(みのはし)学区にある。

 学校教育を中心にした都市づくりを目指して造られた小さな街。12人の理事会が中心となって、学生の健全な育成と教育を行うための決定を行っている。


 でも、巳山先輩の話では、全然違うところだった。


 三枝高校は、普通科とは程遠い実験施設で。今は猫と呼ばれる誰かが乗っ取っている。

 私は、十二支部の部員。正式名称も目的もわからない集まり。

 十二支部の目標は「生き残ること」「真実を見つけること」の2つ。

 部員は12人。ほとんど死んでしまって、残りが6人。

 巳山先輩、狗神先輩、雪兎、牛若くん、叶夜ちゃん、そして私。

 これで、私たちは猫に立ち向かわなくちゃいけない。らしい。


 猫とはなんだろう。先輩の話では、学校のどこかに居るようだった。

 実験施設って? 箱庭って? 13周目って?

 叶夜ちゃんと狗神先輩とか、牛若君の怪力とか。他にも気になることが多い。


「特性、って言ってたっけ? うぅーん……」

 わかんなくなってきた。昨日までの生活と違いすぎて、実感が湧かない。

 ごろん、と寝返りをうって天井を眺める。何もない。

 蛍光灯が少し眩しい。部屋も温まってきたのに、なんか寒々しい。

 このまま寝て起きたら元通りかなとか、全部夢だったらいいのにとか。そんなことを考えてると、眠気はちっとも来てくれない。

 頭の中はこんなにもぐるぐるして、いっぱいいっぱいなのに、考えるのをやめようとしない。


 なんで。

 どうして。

 この状況はなんなんだろう?


 私が考えても、出てくるのは答えじゃなくてため息だ。

 もうわかんない、となんだか泣けてきた。


「誰か教えてよ……」

 つぶやいても答えはない。寝返りをうつと、置きっぱなしの鞄が目に入った。

「ファイル……」

 そうだ。巳山先輩は言ってた。

 学校に来る前の記憶はないけど、それらしきものを知ることはできる。

 それはあのファイルに書いてある。

 重い身体を持ち上げて、部屋のファイルを探す。机の引き出しに、一冊。丁寧にしまってあった。

 先輩から渡されたものと並べてみる。

 白い表紙にそれぞれ「子」「十二支部」とだけ書いてある、シンプルというか不親切というか。とりあえず読まないと分からないってことなのかな。

 知りたい。けど、今日の話を聞いて、すぐに開く勇気が出ない。

 しばらく迷って、「子」のファイルを手に取った。


 □ ■ □


【CASE1】

 名前:子津紬

 性別:女

 生年月日:4月6日

 家族構成:両親、姉、弟

 高校進学を機に単身で転居。寮生。第1棟に入居。

 吹奏楽部に所属。成績は平均的。生物と世界史、体育が不得手な傾向有り。


 最初のページには、私のことが書いてあった。

 思い出せなかった「高校に入る前の私」のことが、履歴書みたいに綺麗に整えて書かれている。

 次のページには各科目の成績や委員会での活動内容。学校行事に部活動。交友関係がや学校生活が記録してある。写真も数枚貼ってある。その写真に覚えはないけど、映ってるのは確かに私だ。

 同じ委員会の巳山という先輩が気になっている、というメモも隅に見つけた。


「いや、待っ……! な。なんでそんなことまで書いてあるの!?」

 思わずきょろきょろと部屋を見渡す。誰もいない。物音もしない。当たり前なんだけど、ちょっとだけそわそわした。

「そういえば、先輩とあんな喋ったの初めてだっ……って、そうじゃなくて!」

 気を取り直して続きを読もうとページを進める。

「能力の発現あり。暗所を好み、夜行性。警戒心が強い。これが、”特性”かな……」

 無機質な文字で書かれた情報は、私の身体に関するものらしい。

 難しい数値とグラフと。身体のイラストに付けられた印。

 よく分からないけど、病院のカルテとか検査結果とか。そんなのみたいだ。

 最後の行には 「ストレスによる心停止」とあった。


「……死んでる」

 私の死がそこにあった。でも、私は今ここに居る。実感はない。

 小説の設定集を読んでるような気分で、読み進める。


 見出しが【CACE2】に変わった。

 同じように私の基本情報があって、学校の情報があって。やっぱり知らない私が映っていて。

 何気なく次のページをめくって。

「ひ……っ」

 思わずファイルを投げた。


 心臓が、ドキドキいっている。

 なんか怖かった。見えたのは写真だと思う。一瞬で閉じたので何が嫌なのか分からないけど、警戒心が一気に跳ね上がったのは分かった。

 本能で見るのを拒否した。そんな、反射的な拒否感があった。

 とても嫌な予感がする。これは、見たくないものだ。怖い。手が震える。ごくりと喉が音を立てる。


 でも、読まなくちゃいけない。先輩もそう言ってた。

 深呼吸をして。気合いを入れて。そっと、ファイルを拾って、めくる。

 難しいグラフ。数値。それから数枚の写真と、文章。

 反射的に閉じてしまったのはこの写真だ。

 床に倒れた人形のようなものが映っている。少しぼやけていても分かる。その人形は私だ。

 その私は、歪で傷だらけでボロボロだった。怖いのに目が離せない。

 CGだと言われたら信じそうなくらい現実味がないのに、それが自分の顔をしてる。気分が悪くなる。頭や喉は痛むくらいにひんやりしていて。見ているうちに、胃から何かがこみ上げてきて。

 それをトイレに駆け込んで吐き出した。

「っは、……は――あ……。なに、あれ……」

 聞いても、答えはない。

 きっと続きを読まないと教えてもらえないんだろう、ということだけは何となく分かった。

 だから、ふらふらとテーブルの前に戻ってきた。

 さっきのページを薄目で確認して、文字だけのページが見えるようにする。文字しかないというだけで、なんかホッとする。

 そのページは結果報告のようだった。


 光を極端に恐れるため、暗所に隔離。薬物投与。効果は薄い。

 異常繁殖と思しき細胞分裂による体内器官の圧迫。自身を齧ることによる出血多量――。


 他にも難しい説明と図解があったけど、頭に入ってこない。読んでも意味が分からない。判る単語を拾ってみても、非現実的で受け止めきれない。

 読むのをやめればいいのに、次のページに行けばいいのに。指がうまく動かない。

 なんとか指を動かして読み進める。時々写真があるけど見ないようにして。文字だけを目で追う。

 個人情報。成績。夜行性。運動能力、学習能力の向上。異常行動。要調査。発現なし。似たような情報が淡々と書いてある。

 最後は死因で終わっている。多臓器不全。廃棄。暴走。因子異常。自損……。

 読んでもピンとこないけど、先輩の言う通り、私は12回死んでいた。

 そして最後に「特性一覧」というページがあった。


 夜行性。

 狭所を好む。

 警戒心が強い。

 時に遇えば鼠も虎になる。

 ・

 ・

 ・

 学習能力・記憶力の向上傾向。

 適応能力が高い。

 ■■■■■■■


 これまでにはなかったリスト。特性だけ抜き出して並べたものらしい。

 その中に時々長文がある。ことわざだというのは分かるけど、残念ながら意味を覚えてない。

 それよりも。

 一番最後の行が塗りつぶされている。塗りつぶした上で印刷されているらしく、透かしてもひっくり返しても読み取れない。

「うーん? なんだろこれ。他の人もあるのかな……明日聞いてみよ」

 読み終えたファイルを一旦横に置く。


 一冊だけで随分と消耗した気がする。

 このまま布団にくるまって眠れたらいいのに、逆に目が覚めたような気がする。でも、頭は回ってないのかもしれない。そのままもう一冊を手に取った。


 こっちは名簿から始まった。

 学年毎に12人の名前が並んでいる。昼間思い出した人達がそこにいた。

 【CASE1】の見出しがあるページは、特に何も書いてない。

 さっきのファイルに比べて情報は少ない。ちょっとほっとしてページをめくると、真っ黒に塗り潰されていた。

「!」

 思わず閉じかけたけど、真っ黒だ。何もない。よく見れば、写真があった部分だけわざと黒く塗ってある。文字はその補足だろうか。そのまま残っていた。


 鳳シュウ、因子暴走。錯乱による飛び降り。

 九頭竜大和、鱗の硬化による呼吸困難。

 叶夜未来、精神崩壊による自傷行為。

 峰越雪兎、運動能力の暴走……そんなのが全員分。

 

 次のページからは、12人全員のデータが続いていた。

 顔写真、名前、年齢、性別。所々黒く塗りつぶしてある。

 隣には色々と書いてあって、私のところには「現状問題点なし」「暗所を好み、夜行性」「警戒心が強い」と、さっき見たのと同じ情報が簡潔に書き留めてある。

 全員にバツ印がついている。「生存率0%」と最後にあった。


 なんだか気持ち悪くてじっくり読むのも嫌だったけど。

 読まないと先に進めない。ページをめくる。

 

 【CASE 2】

 鳳シュウ、視力に異常あり。

 猪端くるり、因子暴走による自己崩壊。

 峰越雪兎、感覚過敏による神経衰弱と、拒絶反応による壊死。

 ……

 生存率0%。因子量調整。

 

 【CASE 3】

 巳山百瀬、因子操作失敗。異常増加した毒素による神経中毒。

 牛若歩、筋肉の異常成長による心不全。

 三宅テトラ、暴走による仲間への攻撃。

 ……

 生存率0%。因子採取。調整。

 

 【CASE 4】

 猿ヶ谷葉月、ストレスにより発狂。因子の拒否反応か。

 子津紬、自己免疫疾患による多臓器不全。

 九頭竜大和、異常発熱による体内の燃焼。

 ……

 生存率7%。廃棄。

 

 【CASE 5】

 狗神頼香、暴走。叶夜未来を殺害。

 楠木彰午、手足の変形による蹄の異常発達。衰弱死。

 ……

 生存率8%。廃棄。


 【CASE 6】

 【CASE 7】

 【CASE 8】

  ・

  ・

  ・


 そして、【CASE 13】の文字だけがある真っ白なページで終わっていた。

 残ったページは少なかったけど、全部真っ白だった。

 

「…………」

 読み終わった時、指先はすっかり冷たくなっていた。

 頬も濡れていた。喉はカラカラだった。

 毎回、部員全員の結末とデータが繰り返し繰り返し書かれていた。

 12人が確かにそこに居て、死んでいった記録だった。


 どうしてこんなのを読んじゃったんだろう。どうしてこれを、読んでおけって先輩は言ったんだろう。そんな後悔と疑問が胸に重たく沈む。

 その理由は、なんとなく分かる。

 あの時、先輩が後回しにしたものがここにあるからだ。


 実験施設。13回目の箱庭。特性。

 部員の条件も、名前に漢字が混ざってるから、なんて簡単な理由じゃなさそうだ。混ざってるのは名前だけじゃない。この身体にも、何かが。私自身も分からない「因子」が混ざってる。

 何も変わらないように見えてそうじゃないと知ってもらうために。

 私達はもう人間じゃなくて実験体なんだと、突きつけるために。

 何より、死んだ私達を引き継ぐために。


「どうして……こんなことに、なってるのかな……」

 涙がぽたりと手に落ちた。

 私は普通に高校生活を送ってたはずだ。こんなことに巻き込まれるような理由はないはずだ。戻りたい。ここから出たい。でも、叶わない。

 やり場のない苛立ちが、涙になって溢れてくる。

 胸に手を当ててみる。心臓の鼓動が規則正しく伝わってくる。

 なんだ、普通じゃない。と思いそうになる。

 でも、きっとそうじゃない。

 牛若君が椅子を壊したのはこのせいだ。

 私にも。先輩にも。雪兎にも叶夜ちゃんにも狗神先輩にも、何かある。

 読んだって信じられない。ならば、話しても信じられるものじゃない。きっと先輩はそこまで分かってたんだ。


 ファイルを破り捨ててしまいたい。全部放り投げて眠ってしまいたい。

 でも、そんなことしても何も変わらなくて。

 ファイルを置いた手は震えていて。

 目は涙をこぼすばかりで。


 私はスマホと枕を抱き抱え、顔を埋めて泣き続けた。

ファイル::部員の過去の記録。閲覧注意な部分があるけど、そんな注意書きはない。

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