猫の正体
図書室で何か見つかったかと言うと。私は何も見つけられなかった。
貸出用の本がある二階と三階。禁帯出の本や資料が保管してある一階と地下。先輩達は地下の方に期待をしていたようけど、戻ってこないと言うことは、これと言う物は見つかってないのだろう。
というか、床も本も本棚も。埃だらけでまともに触れない。一日居たら制服も髪も真っ白になっちゃいそう。何冊か取り出してみたけど、ページを捲るたびに細かな埃が舞ったり、ページが外れたりと状態も悪い。かといって、背表紙だけ見て回っても、分かるものってそんなにないわけで……。
「蔵書システムがあれば少しは役に立ったのかもなあ」
開け放った窓の近くで大きく息をついた。
蔵書システムはパソコン自体が壊れていた。先輩達ならなんとかなるかなと思ったけど、そんなことはなく。
「うーん。機械弄りに強い人は居ないし、こりゃお手上げだな」
「そうだな……」
と、あっさり諦めムード。
結果、部屋の換気と埃払いを盛大にやりながら、手分けをして地道に本を見ていくことになって。あっというまに夕方だ。
吹き抜けの近くでみんなを待つと、雪兎がぴょこっと階段を降りてきた。後ろから叶夜ちゃんも付いてくる。
「雪兎、なにかあった?」
「なーんにも」
面白そうな小説とかはあったけど、なんて言いながら雪兎は服の埃を払っている。白いコートが所々煤けている。
「先輩達はまだ?」
「さっきメッセージで分かったって返事はあったけど……どうだろ」
階段を覗く。姿は見えない。来なかったら呼びに行こうか、なんて話しながら先輩達を待つことにした。
「まだ暗くなるの早いね」
雪兎が窓の外を見ながらそう言った。
時計はまだ夕方を指してるけど、外は夕暮れも終わりそうな空だった。雲にだけほんのりと茜色が残っている。
そうだねと頷く。薄く雲がかかるだけの空は、今夜もよく晴れそうな気がした。
「なんの話してるの?」
「あ。先輩おかえりー。暗くなるの早いねって話だよ」
やってきた巳山先輩に雪兎が答えると、先輩も外を見て「ああ、本当だ」と目を細めた。
「天気がいいから、星が綺麗に見えそうでしょ?」
「うん。こりゃ明日の朝も冷えそうだ」
「部室に泊まろうとか考えるなよ?」
狗神先輩のツッコミに巳山先輩は「やだなあ」と笑った。
「流石にそろそろ部屋に戻るって」
「そうしろ」
「そうだね。たくさん寝て、元気になって……またみんなで天体観測しよう?」
雪兎はみんなを見回して、にこりと笑った。
「もう叩き起して回るなよ」
狗神先輩の釘を刺すような言葉に、巳山先輩がクスクスと笑う。
「狗神はなんだかんだで付き合ってくれるって、みんな知ってんだぞ」
「……起きるまで起こすのをやめないからだろうが」
「だってせっかくだしさ、みんなで見たいんだもん」
男子三人がワイワイと話すのを見て、楽しそうだな、と思った。
「いいなあ。次は私も参加したいな」
「そうですね」
「そうだね。次はつぅちゃんも一緒に見よう?」
「うん。楽しみにしてる」
頷くと雪兎はにこっと笑い、空を見て目を細めた。
「前回はどんな感じだったの?」
雪兎になんとなく聞いてみた。彼は瞬きをして、少し首を傾げる。
それから懐かしそうに笑って「えっとね」と話し始めた。
「あの夜はね、なんか眠れなくてさ。たまたま外に散歩出たら、月も雲もなくて。星が綺麗だったんだ。夜は遅かったけど、まだ日付も変わってなかったし、ああ、みんなで見たいなって思って――呼びに行ったんだよね」
そう言って出口の方へ一歩踏み出す。
「メールしたら未来ちゃんはサンドイッチと飲み物用意してくれて」
叶夜ちゃんの隣をすり抜け。
「巳山先輩は一緒に狗神先輩を呼びに行ってくれた。チャイム押しても出てこないから携帯鳴らしてドア叩いてさ」
巳山先輩の影を飛び越え。
「そしたら先輩、うるせえって言いながら出てきてね。文句言いながらだったけど、一緒に望遠鏡運んでくれて」
狗神先輩の隣でくるっと回って。
そしてもう一歩後ろに飛んで。
「すごく楽しかった」
外へ繋がるドアを背にして、遠い思い出話をにこやかに閉じた。
私は気付かなかった。
天体観測のことは、この間食事をしながら話していた。
なのに。
どうしてみんな、窓の方を見て動かないんだろう。
どうして、雪兎の声に誰も答えないんだろう。
そうだね楽しかったねって。
そんなこともあったねって。
言って笑うところだと思ったのに。
「峰くん」
巳山先輩の声は、なんだか固かった。
「なあに?」
雪兎の声は変わらない。笑顔も変わらない。
「……っ」
巳山先輩の肩が、何かを飲み込むように揺れた。
それから小さく首を横に振って、息をついた。
「君のその話は。……一体、いつの俺達なのかな?」
雪兎の目が、とろりと溶けるように笑った気がした。
「えっとねえ。3回……あれ、4回前だったかな?」
いつもやってるから忘れちゃった、と。
いつもと変わらない、周りを癒すような笑顔で彼はそう言った。




