残りの調査
校内を一通り見て回ったが、変わったものは何も見つからなかった。
いつも通りのルート。いつも通りの景色。
修繕もされず、封鎖だけして放置された教室。
凹んだままの防火シャッター。
ラインナップに変化のない自販機。
状況は進んだ気がするのに、環境は何ひとつ変わらない。
最後に屋上のドアを開けると、頬を刺すような風が吹いていた。
フェンスに背を預けて風に当たる。
今日も天気はいい。この冷たい空気が頭まで冷やす気がする。
高台で見晴らしはいいが、しばらく雨が降ってないから、遠くの景色が白く烟っていた。学校の敷地の向こうに商店街が見える。その先に他の学校や住宅地が広がっている。記憶にある風景と大きく変わらない。
しかし、この街のどれだけが今も生きているのかは分からない。
オレらはこの街を出ることがあるのだろうか。
いや、そもそも。この学校を生きて出ることができるのだろうか。
校内もだいぶ探索し尽くしたが、情報が集めきれているとは思えない。高等部だけを探索して、全て揃うのかも分からない。
屋上は心象的にも殺風景に見えた。
人気の昼食スポットだったかつての賑やかさが上書きされる。昔はここで百瀬と弁当を食ったことだってあったが、今はすっかりそんなこともなくなった。
目が覚めて、猫の宣言を聞いて、百瀬が部長として皆の前に立つようになって。オレらが変わったつもりはないが、変わってしまったなという実感がある。
目が覚めた時のことを思い出す。
オレの場合、記憶の食い違いはそんなに大きくなかった。だから、学校生活には違和感こそあったものの、困りはしなかった。部屋も元々物がが少なったのが災いして――。
「部屋。部屋か……」
そうだ。全員部屋で目を覚ましている。最初の百瀬も。最後の子津も。
目覚める前はどこに居た? 実験体だと言うなら。オレ達が幾度も殺されているのなら。この身体が造られた場所があるはずだ。それが研究施設だとするならば。誰が、いつ部屋に運んでいる?
「……やっぱ校内に施設の一部はあるのかもしれねえな」
その方が効率的だ。
研究所、あるいはそれに準ずる施設がどこかにある。そして、協力者も居るに違いない。
しかし、一体それはどこにあるのか。校内の敷地にそんなものなかった。なら、近くの学校や大学のキャンパス内だってあり得る。
しかし、あの名簿には高等部のクラス分しか存在しなかった。学校ごとに管理が違うのか、この実験をしているのはここだけなのか。
「猫なら知ってんだろうな」
思わず舌打ちをする。
探す場所も残り少ないし。
まあ、どうしようもなくなったら。
「直接吐かせるしかねえな」
□ ■ □
図書室は広くて、手分けしてもそんなに見ることができなかった。時間になったので部室に戻ると、3人がお茶を飲んでいた。
「あ、おかえりー」
ぱたぱたと手を振る雪兎に「ただいま」と答える。彼のカップの横には、束になったスティックシュガーの空袋があった。
「図書室どうだった?」
なにかあった? と聞きたげな声に首を横に振って応えた。
「図書室広いよ……さらっとしか見れなかった」
「そうなんだ」
そうなんだよ、と、先輩達にも一応棚の様子だけ見たことや、本がそのまま残っているようだという話をした。
「へえ、手付かずって感じなの?」
巳山先輩の言葉に頷いたのは叶夜ちゃんだった。
「はい。ただ、いつまでの本があるのかは……蔵書の検索システムが起動しなかったので、分からない、です」
「なるほど……」
手当たり次第に本を見ていくのはちょっとなあ、と先輩が呟く。
「でもまあ、午後はみんなで図書室かな……」
そうだね、と雪兎が楽しそうに頷いた。
「ふふ、本がいっぱいあるの、楽しみかも」
「遊びにいくんじゃねえんだぞ」
「はあい。でも、図書室とか久しぶりだし……なにか分かるものが残ってるといいな」
ね、と雪兎が私達に話を振ると、叶夜ちゃんは「そうですね」と曖昧な答えを返した。
ふと、叶夜ちゃんが話していたことを思い出した。
「猫に動く理由を与えてしまうような気がする」
残っていた部屋は全部開いた。ならば、猫は動くのだろうか。
……わかんない。
私は猫のことをよく分かっていないし、そんな能力も多分ない。
できることといえば、そうかもしれないという心構えをするくらいだった。
「大丈夫だよ。みんな居るから」
叶夜ちゃんにそう声をかける。
彼女な私を見上げて、不安げながらもにこっと笑って「はい」と頷いてくれた。
□ ■ □
今日の図書室は、空気が良く動く。
普段は静かで耳が痛くなるこの部屋に、今日は部員みんなが居る。
もうこの校内で行けない所はなくなってしまった。
封鎖できる限りを封鎖して、それを全て突破して。ようやくここまで辿り着いた。
朝の話を思い出す。
「もし、その気があるなら――少しくらいは、話をしてみたいね」
彼は、猫が誰なのか気付いている。そんな気がした。足跡を残した覚えはないけど、完璧とは難しい。
手に取った本の埃をふうと吹くと、舞った埃が光の中でだけきらきらと舞う。なんか名前を習った気がするけど忘れた。
「……」
目が疲れたのか、少し霞んでいる気がした。
何度か瞬きをして窓の外を見る。綺麗な青空。
ああ、良い天気だなあ。なんて。当たり前の感想が浮かんで消えた。
彼はどうして直接聞きに来ないのだろう。
警戒をしているのか。尻尾を出すのを待ってるのか。
あるいは他の理由か。
わからないけど、この中途半端な状態がもどかしい。
曖昧な状況だから、自分から手を出すこともできない。いや、できなくていいんだけど。
ぱたん、と足音がした。
……ああ、いけない。イライラすると足音が出てしまうのは猫失格だ。猫は足音なんてないんだから。
室内を見渡す。蛍光灯が煌々と照らす部屋。明るいのに温かくないその光を見上げて、誰も動かなくなった部屋を思い出した。
終わりを始めてみたものの、自分を縛る条件は思ったよりも厳しく、思う通りにはいかなかった。ずいぶん時間もかかった。
どうしてこうなってしまったのか。その理由をいろんなものに求めるけれど、どれもこれも慰めの役には立たない。
状況に求めれば、自分たちの出自と末路を再確認するだけだし。
因子に求めれば、遠い遠いお伽噺で現実味がない。
どうすればいいのか。
このままひた走るしかないのは承知の上だけど、それが本当に皆の幸せかは分からない。
指図する人なんてもう居ない。なんでも自分で決めていいというのは、一人暮らしを始めた時のような、何かを持て余すような感じがする。
「……」
みんなには幸せになってほしい。
そのために生きてて欲しいのに。
殺すためにできることは。やるべきことは……。
「……ああ、良くないな」
ぐちゃった思考を一旦止めて、本を棚に戻した。
白くなった手をぱんぱんと払う。
きっともうおしまいだ。
それなら、やらなきゃいけない。
それが、全てを終わらせると決めた猫の責務だ。
……ホント。ため息が出る。




