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この状況の原因は

 私達の実験に、この学校の運営が関わっている、と先輩は言った。

 確かにそれならこの学校全体を変えることができる気がする。


「子津ちゃんは学校の運営、どこが関わってるか覚えてる?」

「え……ええと……?」


 少し考えたけど全然思い出せない。首を横に振った。


「どっか大きな企業とかがあったな、くらいで」

「うんうん。それでいい。じゃあ、狗神くん?」


 当てられた狗神先輩はめんどくさそうな顔で巳山先輩を見た。穏やかな顔で頷いた先輩を見て、目を伏せて一言。


「アトル製薬」


 とだけ言った。


「あれ、他のところは?」

「多分ないよ」


 雪兎の言葉に、巳山先輩が静かに答えた。


「今はアトル製薬一社だけ。他は、多分ない」


 この会社が学校を買収して、実験施設にしたんだ。と先輩は言い切った。


「それって薬の会社ですよね?」

「そう。名前くらいは聞いたことあるでしょ」


 はい、と頷く。テレビCMとかでたまに見かける会社だ。

 そこがね、と言った先輩の言葉が止まった。机の上に視線を落として、言いにくそうに。言葉を探すように、少しだけ間を置いて。短く。


「あれ、俺の実家なんだ」


 机の上に置かれた先輩の指が絡んで、ぎゅっと結ばれた。


「本当は謝らなきゃいこともあるんだけど……先に説明をさせて欲しい」


 そう言って先輩は言葉を続ける。


「アトル製薬がこの街を運営してる、この学校を使って人体実験をしてる。町を研究施設と一体化して実験専用区域にするって記事に写真があったから、今のトップは俺の兄貴だと思う。つまり……この状況を作ったのは、祖父か父か分かんないけど――俺の身内だ」


 誰も何も言わない。先輩の言葉がまだ終わりじゃない気がして、全員がそれを待っている。


「でも、俺がこの学校に入学した時、運営にウチは居なかった」


 だからこの学校を選んだんだけどさ。と繋いで。


「でも、今は違う。その原因は……きっと俺にある」


 先輩は机に視線を落として、訥々と語る。


「新聞にも載らない一地方の水質異変なんて、普通なら知る由もない。でも、この学校に俺が居た。保護者だから、兄弟だから。この学校で何かが起きたことを知れた。体調不良、原因の噂、水質調査とその研究……経緯も時期も分からないけど、食いつかない理由が思いつかないし、事実、施設ごと買収するに至ってる」


 先輩の指が解けて、するりと落とされる。机を見ていた視線が上がる。それは、胸が痛くなるほど苦しそうな表情だった。


「謝るには遅すぎる。これで許してもらえるなんて思ってない」


 でも、と先輩の頭が深く下げられた。


「みんな。ごめん。この状況の原因は、俺だ」


 誰も、何も言わなかった。

 音もなく、空気も重い。


「で。でも、それは。先輩も被害者では……」


 何を言っていいか分からなかったけど、先輩が悪いとは思えなくて。なんとか絞った言葉には「そうかもね」と緊張が解けたような笑みが返ってきた。まだ辛そうだったけど、さっきの思い詰めた顔よりはいい気がした。


「もちろん、手を下した人達が、それにGOを出した人が糾弾されるべきだ。でも……きっかけになってしまったのも、それなりに罪だと思うよ」

「先輩……」


 泣きそうな声の叶夜ちゃんに、大丈夫だと言い聞かせるように「ごめんな」と声をかける。


「君達は、俺が居なければ普通に過ごせた。楽しく高校生活を終えて、大人になってたはずなんだ。だから、恨まれても仕方ない。ここで刺されたって文句は言えない」


 でも、と先輩は首を小さく振った。


「罪滅ぼしって訳じゃないし、それで償えるとも思ってないけど。俺はこの状態を終わらせたい。この実験を潰したい。その責任があると思ってる。……その点では、猫と目的は一緒かもしれない」


 先輩の視線がぐるりと全員を見渡す。さっきとはまた違った緊張があるように見える。


「でも、俺達の幸せに繋がる道も探したい。全滅が唯一の手段だとは思いたくないし、これ以上誰にも死んで欲しくない。猫のやり方には対抗するつもり」


 だから、協力してくれると嬉しい。と先輩は言う。にこりと笑ったようだけど、その表情にはまだ張り詰めたものがある。


「でも先輩。どうやって……?」


 雪兎がぽつりと問いかけた。先輩の返事は「さあ」だった。


「何ができるかは分からない。俺達は思ってる以上に無力だよ。でも、何もしなきゃ、未来に待ってるのは因子の暴走に怯える日々かもしれない」

「それは、いやだな……」


 雪兎が呟いた言葉に、先輩は紙束の入ったクリアファイルをトントンと整えながら「そうだよね」と返した。


「だから、なんとかしたい。それに、俺は猫が打開する何かを持ってるかもしれないと思ってる」

「?」


 みんなの首が傾いた。狗神先輩だけは、続きを待つように頬杖をついている。


「猫が?」


 猫は敵でしょ、と雪兎が言う。叶夜ちゃんも横で頷く。


「うん。敵かもしれない。でも、俺はそこに期待をかけてる」

「どういうこと?」

「これ」


 そう言って先輩が手にしたのは、「十二支部」とラベルが貼られたファイル。


「ファイル……?」

「そう。情報は少ないけど、俺達が校内では知り得ないことが書いてある。誰の判断かは分からないけど、向こうは詳細を――ここにある以上の情報を持ってる可能性がある」


 トントン、と先輩の指が表紙を叩く。


「それが猫なら直接聞けるだろうし、理事会だったとしても、猫はそこに何かしらの繋がりを持ってるんじゃないかな」

「あの。巳山先輩。猫は運営側、なんですか?」

 叶夜ちゃんの問いには首を横に振った。


「違うと思う。運営を乗っ取って宣言をしたからね。彼らがどうなってるかは分からないけど、猫と手を組んだって感じはしないでしょ」

「はい……」


 だからさ、と先輩は言う。誰とも目を合わせない。この中にいる誰かに届けるように。全員に等しく届くように語る。


「猫の正体が分かれば、味方につけて詳細を聞くことができれば。俺達の状況を打破する策があるかもしれない」


 手を組んでくれるかは分からないし、組んで信用できるかは分からないけど。


「もし、その気があるなら――少しくらいは、話をしてみたいね」


 と先輩は話を締めくくった。


 □ ■ □


 話を終えて一息入れても、午前中はまだ2時間目が終わったくらいだった。


「それじゃあ、午前の残り時間は――」

「お前は寝てろよ?」


 狗神先輩がさくっと釘を刺し、巳山先輩が小さく呻いた。


「いや、ほら。俺もう大丈夫だよ?」


 へらりと笑った巳山先輩の言葉に返ってきたのはため息だった。


「昨夜も遅かっただろうが。せめて午前は寝てろ。……雪兎。百瀬見てろ」

「僕?」


 雪兎が「つぅちゃんじゃなくていいの?」と言いたげにこちらを見る。


「子津は叶夜と昨日の続きだ。広さあるからざっと見て回って戻ってこい」


 規模感掴んだら午後は加勢も視野に入れる。と、巳山先輩に喋らせまいとしているのかテキパキと指示を出していく。


「オレは見回り終えたら戻る。以上、解散」


 いうが早いか狗神先輩は率先して席を立ち、出て行った。


「……全く、狗神め」


 巳山先輩が苦笑いでため息をついた。


「しかたない。午前だけ休ませてもらうね。峰くん、見張りよろしく」

「はーい。ちゃんと寝ててね先輩」


 はいはい、と笑って先輩はベッドに入っていった。


「じゃあ、二人もいってらっしゃい」


 雪兎はいつもと変わらない様子で手を振る。


「それじゃあ、いってくるね」

「いって、きます」

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