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いつものような朝

 朝。重たい身体を起こして、身支度を整える。

 雪兎から聞いた、巳山先輩のことがちょっと胃のあたりに残ってる。朝ごはんはお腹が空いたら食べることにした。

 寮のエントランスに行くと、雪兎と叶夜ちゃんが揃って私を待っていた。


「おはよう、ございます」

「おはよう、つぅちゃん」

「うん、おはよう」


 待たせてごめんねと駆け寄ると、2人はにこにこして「大丈夫だよ」と言ってくれた。



「巳山先輩、大丈夫かなあ」


 少し先を行く雪兎の言葉が、白く溶ける。

 そうですね、と叶夜ちゃんが頷く。


「でも、狗神先輩がついてるので、きっと。大丈夫だと思います」

「だといいなあ。先輩すぐ無理しちゃう気がするから。なんか元気が出そうなご飯持ってこう」


 集合は救護室でいいのかなあ、とさくさく歩いていく雪兎を、2人で追うように向かう。


 救護室を覗くと、狗神先輩が先生の椅子に座っていた。

 電気のついてない救護室は、光は差し込むけど微妙に薄暗くて。こっちに気付いた先輩の顔は逆光でよく見えなかった。


「先輩、おはようー」

「ああ。おはよう。……っと、そろそろ百瀬起こすか」


 電気点けてくれ、と狗神先輩はベッドの方に歩いていく。雪兎がはーいと返事をして電気をつける。

 私は狗神先輩を追う。


「巳山先輩、体調どうですか?」

「大丈夫だと本人は言い張ってたな」

「言い張って……」

「ま、今はよく寝てるから大丈夫だろ起きろ百瀬」


 言うが早いか、窓とベッドのカーテンを勢いよく開け、布団を引き剥がす。手際がいいというか容赦がないというか。制服のままの先輩が丸くなるのが見えた。


「うう……朝……寒」

「もう全員来てんぞ。だから早く寝ろって言ったんだ。ここまで寝かしてやったのも慈悲だと思え」


 その言葉に応えるように先輩が起き上がった。目がいつもの半分くらいしか開いてない気がする。雪兎が言ってた鱗は、ここからじゃ見えなかった。

 先輩が私達を見て、いつものように笑った。


「あー……おはよう。ちょっと待っててね……先、ご飯食べてて……」


 渡されたジャケットを受け取った先輩は、欠伸を噛み殺しながら衝立の向こうに消える。

 身支度はあっというまで、席に着いた狗神先輩が並べたおにぎりに手を合わせる頃には、いつも通りの姿で出てきた。


「ごめんね。俺の分もありがとう」


 先輩もベッドに腰掛け、渡されたパンに目を細める。まだ少し眠そうな顔。残ってる寝癖。なかなか拝める物じゃない。うん。朝からちょっと元気が――。


「……つぅちゃん。ストロー挿しなよ」

「え。あ……っ」


 思わず手が止まっていたことを雪兎にさらっと指摘される。空中で止まっていたストローを慌てて刺したものの、力加減を微妙に間違えてジュースが少し逆流しかけた。


「せ、セーフ……」


 ちらりと雪兎の方を見ると、「良かったねえ」と言いたげな顔をしていた。

 何がと聞く訳にもいかないし、聞いたらなんか墓穴掘りそうだし。

 何か言うのは諦めて、そのままストローを吸った。


 □ ■ □


 朝食を食べながら、すぐに朝のミーティングが始まった。


「もうほとんどの部屋を見てしまって、残るは図書室だけだと思う。……だよね?」

「うん。校長室も見ちゃったし」

「はい。図書室も、わたしの学生証で入れました。入口と電気を確認して……」


 言葉を切った叶夜ちゃんの視線が、ちら、と違う方へ向いた。

 視線の先は狗神先輩らしい。それに気付いた巳山先輩も、狗神先輩の方を見て。おにぎりを口に入れようとしていた狗神先輩はぴたりと動きを止めた。


「なんだ」

「その、図書室に行く前、先輩が言っていたこと、なんですが」

「ああ。アレか」

「うん? なんか言ったの狗神」

「ああ。叶夜に聞け」


 巳山先輩はその言葉に苦笑いだけして、叶夜ちゃんへ視線を戻した。


「それで、図書室で何か?」


 叶夜ちゃんは「はい」と頷いた。


「狗神先輩が、図書室で本以外の匂いがした気がする、と言っていて」

「うん」

「わたしも、そこに気を付けてみたのですが。確かに、図書室に誰か居たような、気がしました」


 でも、と叶夜ちゃんは言葉を繋ぐ。


「そんな気がする、というだけなので。確証は。ちょっとないです。誰かがずっと居たというより、時々出入りしていたかも。とかそのくらいの印象、です」

「なるほど。子津ちゃんはそこら辺なんか感じた?」


 巳山先輩の言葉に、首を横に振る。


「いえ。私は何も。ホコリは多少積もってるけど普段と変わらないな、って位ですが……。あれ、あそこ結構長いこと閉まってたんですよね」

「そうだね。最後に開いてたのがいつかは分からないけど、少なくとも俺達は入ってない。なるほど、誰かが出入りしている可能性がゼロじゃない。と」

「そうですね。それならもっと埃っぽくても良かったかもしれません」


 なるほどな、と巳山先輩は頷いてお茶を一口。


「それじゃあ、あとは全員で図書室探索……と行きたいところだけど、午前中はちょっと待ってほしい」


 その言葉に狗神先輩以外の首が傾いた。


「巳山先輩、具合まだ悪い?」


 雪兎の心配そうな問いに、先輩は軽く笑って首を横に振った。


「ちょっとね。話をしようと思って」

「話?」


 そう、と頷いて、指を組む。

 それにきゅっと力が入ると同時に、目の穏やかさが少し消えた。


「昨日俺が倒れて情報共有できなかったのもあるし。……俺達とこの学校について、いくつか分かったことがあるから。その共有をしたいと思う」


 だからまずはご飯食べてしまってね、と笑った先輩の表情は、いつも通りのものだったけど。叶夜ちゃんは口をきゅっと結んで先輩を見ていた。


「叶夜ちゃん?」


 何か心配? とこそっと聞いてみると、彼女は「ええと」と少し困ったような顔をした。


「心配といいますか……巳山先輩が、いつもより緊張している感じがして。何か、大事な話をするのかなと思って」


 なるほど。と頷く。その表情がいつも通りだと思った自分は、本当に何も見えていないらしい。

 ああ、私も少しでいいからそういう力があればよかったな。なんて。

 初めて、自分の能力がなんの役に立つのか分からないことにモヤモヤした。


 □ ■ □


 朝食を片付けて、全員が改めて席に着く。

 部室に移動しようかと巳山先輩は言ったけど、また倒れたらいけない、という声で救護室にとどまることになった。


「それじゃあ、分かったことについて話をしたいと思う」


 先輩はいつものように話を始めた。


 まずは全員知っていること。

 この学校は学校の体裁を取った実験施設になっている。

 私たちは13回目を生きている。

 誰も気付かなかった繰り返しを、猫を名乗る誰かが公表し、外との繋がりを遮断した。

 生徒と猫は戦って、自分たちだけが残っている。


 それから、ここ数日の調査で分かったこと。

 この学校は廃校になっていること。

 私達十二支部は「特殊実験対象者」であり、「プロジェクト・Z」というものに合格したということ。


「詳細は分かんねえけど、オレ達に動物の因子を埋め込んでの人体実験だろう」

「そうだね。俺達は動物の因子を埋め込まれている。それはなんとなく把握していたと思う。例えば――」


 そう言って先輩は顔を縁取る髪を掻き上げるように耳にかけた。


「――っ」


 叶夜ちゃんが息を飲んだのが分かった。私も知らなかったら同じ反応をしてたと思う。

 目尻から少し離れたところ。親指の先くらいの広さが鱗になっていた。


「俺は蛇だ」


 そう言いながら、髪から離した手をぱっと振る。


「本から推測できるから、新しい話じゃないけどな。子津ちゃんはネズミ。峰くんはウサギ。叶ちゃんはヒツジ。狗神はイヌ――明言はどこにもないけど」


 どうしてそうなってしまったのかについても、先輩は少しずつ話していく。


 裏山の水が原因と思われること。どんな作用かは分からないけど、その水に何かあって、研究や実験をしやすい環境を整えたのではないかということ。


「あの……実験、って具体的にどんなことなんでしょう?」


 手を上げて聞いてみる。


「さあ、それは分からないけど。……覚えてるかな。梅雨頃に体調不良の生徒が増えたの」

「ああ、はい」


 覚えている。1年生の頃、風邪の季節でもないのに何人も休んでいて、なんだろうねとざわついた空気だったことがあった。


「あと、水を飲むなって話があったのは?」


 こくりと頷く。叶夜ちゃんと雪兎は首を傾げた。


「僕あんまり覚えてないな」

「わたしは、多分、入学前の話、だと思うので……」

「うん。時期的にそうだね。そういう話があったんだ。裏山の水源から引いてた水に問題があったから飲まないように、ってね。それで、裏山に浄水施設ができた」


 それが研究に関ってるのかはよく分からないけど、と先輩は一言おいて。


「どこかで研究していたのは確かだと思う。水質汚染の研究はいつしか、それを有効利用する方向になったらしい。そうして俺達……うん、こんな言い方するのはちょっと気が引けるけど、俺達のような実験体が生まれた」


 持っていた紙の資料をペラっとめくって、先輩は小さくため息をつく。


「研究所、人体実験。これらの主導が誰かって話もしなきゃいけない。ここで大事なのが……」


 先輩は少しだけ言いにくそうにひと呼吸おいて、その名前を口にした。


「この学校――三枝高校の運営だ」

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