彼はどうして死んだのか?
「なんでって……猫にやられただろ」
狗神の答えは簡潔だった。そう。ある日突然、建物の影で死んでいた。
誰かに。猫にやられたんだというのは間違いなかった。
「そうだけど。うん、そっか」
そうだよな、と頷く。でも、何かが引っかかっていて、もやもやする。
他の部員の死因を思い出す。
体調不良や因子の影響が強まった結果、猫に殺されたのが竜くん、猿ヶ谷さん、亥端さん。持病悪化からの昏睡もあったが、結果的に楠木もここだ。
暴走したのが三宅ちゃんと若くん。トドメはセキュリティシステムによる制圧だった。
そして残る一人。トリくん。
彼だけが、死んだ理由が見つからない。
いや、状況だけ見れば猫に殺された。けど。他のメンバーに比べて、心当たりが薄い。体調悪化や能力の顕在化といった傾向に覚えがない。
「なんか気になるなら言えよ」
「ああうん……楠木の記録さ。トリくんに引き継がれてたんだ」
「はあ」
「彼も同じくらいのペースで記録をつけてたんだけど、終わってるんだよね」
狗神の返事は「そりゃそうだろうな」だった。彼は死んだ。だから記録もそれ以上つけられるはずがない。そうなんだけど。
「うん。でも、なんていうかさ。楠木は引き継ぎしてたんだ。あいつは元々病弱だったし、具合が悪そうなのが記録してあった。でも、トリくんには前触れみたいなものがないっていうか……ああいや、確証とか、そういうのはない。ただの直感みたいなものなんだけどさ」
どう尋ねたものか考える。このふわっとした違和感をどう話せばいいのだろう。
「ええとな……」
少し悩んで、質問を変えた。
「じゃあ、俺達はどうして生き残ってる? っていう話なんだけど」
「は?」
「こっちの方が質問としては正しい気がするな。例えば、今残ってるメンバー。正直、狗神以外は戦闘に向いてない。峰くんは運動神経いいけど、死んでしまった部員と比べて実戦の成績がいいとは言えない。叶ちゃんなんて真っ先に狙われてもおかしくないだろ?」
「そうだな」
「子津ちゃんもだ。彼女は目覚めて日が浅いのに、猫は何もしてこない。いや、メモは入ってたけどそれだけだ。近くに居るのに何もしなかったし、目を覚ます前に殺すこともしなかった。それに、彼女が起きた事でこれまで開かなかった部屋が開いて、情報が手に入るのは不都合……いや、許容できることなのか? それとも何か他に……」
「百瀬」
「――あ。ああ」
止められて我に返る。狗神は手のひらで俺を軽く制して、分かったと言いたげに頷いた。
「要は優先順位がおかしいって事だろ」
「そう」
そうだな、と狗神は頷く。
「そもそも全滅させる気なら、宣言すら必要ねえからな。一気にやって終わらせるのが手っ取り早い」
「そうなんだよなあ」
猫は、何を思ってそんなことをしているのだろう。
学校を封鎖し。教員を追い出し。生徒を不定期に殺していく。
でも、最低限の生活はできるようになっている。衣食住に困ることはないし、俺達が真実に近付こうとするのを止めようともしない。まるで、俺達を生かそうとしている。そんな考えも起きそうになる。
ならばなぜ。部員は死んだのだろう。
俺達は、いつ死ぬのだろう。
例えば、楠木は持病が悪化して、昏睡に陥った。
若くんは、最近力の制御がうまくいかないと話していた矢先だった。
体調や調子が悪そうだった人もいた。
けれども。トリくんはどうだっただろう。
ブログの日付を見る。楠木から受け継がれて一月も経たずに終わっている。
活動記録だったとはいえ、彼の書く記事に体調などに関する記録は一切なかった。まだ続きがあるような錯覚すら覚えるほど、唐突に終わっている。
もちろん、彼はいつも通りだった。楠木が死んで少し落ち込んではいたけど、そこまで危ういものはなかったはずだ。
「猫にも動くための条件があんのかもしんねえな」
「うん。そんな気がする。そこは聞いてみないと分からないけど」
「だな」
聞く機会があるのだろうか。
それ以上この話に進展はなく、他の情報についての整理をある程度進めることにした。
明日話すこと。やるべきこと。
分かりきってることもあるけど、再確認を込めて話をしよう。
そんな風にまとめた。
□ ■ □
気づけば時計は日付を超えていた。
「なあ狗神」
「ん」
狗神は静かに返事をした。
視線はスマホの画面に注がれていて、指先がさらさらと画面を滑っている。
いつもの落ちものパズルだろう。返事も生返事の可能性が高いなこれは。と思うけど構わず声をかける。
「そろそろさ。終わりだと思うんだ」
「そうだろうな」
彼の返事はそっけない。まあ、今に始まったことじゃない。
言葉で返ってきたから、話は聞いているようだ。それだけでも良しとした。
子津ちゃんが目を覚ましたことで、部員全員の学生証が揃った。
それによって、これまで入れなかった部屋に行けるようになって。重要な情報を手に入れることができた。もう行けないところはない。調査し尽くすのみだ。
これで新たな真実が分かるかもしれない。何か事態が好転する手がかりを得るかもしれない。あるいは――全滅するかもしれない。
それは避けたいけど、終わりに近いのは確かだろう。
「じゃあ、聞きたいんだけど。お前はさ、――誰が猫だと思う?」
「……」
狗神の指が止まった。視線はスマホに向けられたままだ。
「その言い方だと、少なくともオレは候補から外れてるのか?」
「さっき違うって言ったじゃんか」
「嘘だったらどうすんだ」
「ああ、……それはどうしようかな」
思わず笑った。
彼の返事が面白かったわけでも、図星を突かれたからでもない。
自分がまだ疑われているという前提を外さない生真面目さというか。そんなのが実に彼らしかったからだ。
「安心しろ。オレが猫ならまっ先にお前を殺してる」
「さっきやろうとしたくせに」
狗神ははいはいと面倒そうに手を振った。
「お前のことだから、ある程度確信が持てたからそんな話するんだろ」
「うん」
スマホをポケットにしまいながら、それで、と彼はようやく俺の方を見た。
鋭い視線が痛い。眼鏡の度が合ってないんじゃないかとか、コンタクトにしろよとか、それだから叶ちゃんに怖がられてるんだとかいうのは置いといて。
「俺の考えを披露する前に、狗神の考えも聞いとこうかなと思ったんだ」
「回りくどい」
「いやいやこういう地道な手順ってのは大事だぞ。で、お前は誰だと思ってる?」
「……」
狗神は少し考えて、ベッドに背を預けながら天井を見上げる。
「お前と子津」
「俺」
「お前。で、そっちは?」
「叶ちゃんと……峰くんかな」
ふむ。と考えるように、狗神は目を半分ほど伏せた。
「退場者の線は?」
「薄いと思う」
死んでしまった部員は俺も狗神も全て確認している。疑いようがない。
「それで狗神。根拠を聞かせてもらっても?」
「子津が目を覚ました途端に挑発してきたから、ってのはだいぶ弱いが。ヤツが動いたきっかけなのは間違いねえだろ。こんなに間を空けて起きてきたのも気になる」
「なるほどね。部員ももう残り少ない。戦闘能力があるのは狗神だけ。子津ちゃんは何も知らないようだけど……それが逆に怪しいかもしれないって感じか」
狗神は頷く。手がポケットに伸びて、気付いたように止めた。そのまま髪に指を突っ込むようにして頭を掻く。
「だが、退場者の線が薄いなら子津も叶夜もハズレだ」
無意識に動いてる可能性は捨てきれねえけど、と難しい顔で呟く。
叶ちゃんにああ言ったものの、狗神自身まだ判断に迷っているのだろう。軽く握った手に視線を落としている。
「そうだな。ならば最初の死者より……いや、猫の宣言より早く目を覚ましていてなくちゃいけないのかも」
言ってみたものの、もう1年半近くも前のことだ。あまり覚えていない。そもそも俺の記憶だと混ざってる期間だ。アテにならない。
「で、俺の根拠は?」
「子津を近くに置いたから」
「へえ? どうして?」
「子津が違和感に気付きやすいってんなら、何か不都合に気付いたらすぐに殺れる」
お前そういうとこあるだろ。と言われた。
なんとも答えにくくて、あははと笑って濁した。
「じゃあ、今度はお前だ。叶夜と雪兎。その理由はなんだ?」
狗神の言葉に、俺は無言でノートパソコンを差し出した。
なんだ、と受け取って、その記事に目を通し。
「ははあ、なるほど?」
楽しそうに口の端を吊り上げた。
「こいつら、こんなことまでやってんのかよ」
そこに書いてあったのは、楠木が残した猫についての話だった。
「様々な事に触れてきたが、肝心なものがないと思っているかもしれない。
だから、その肝心なもの――猫についても記しておく。」
そこに、僅かだけれども猫につながる情報があった。
そして今、それに限りなく近い話があった。
きっと、ピースは揃っている。
「結論としては――」
「そうだろうね。……さて。これ、明日どこまで話すべきだと思う?」
「さっき決めた分だけでいいんじゃねえか?」
ああ、と狗神の言葉が続く。
「少なくとも、その鱗は隠す必要ねえだろ」
「そう? 俺、狙われない?」
「そん時はそん時だ。囮になるくらいの気持ちで居ろ」
「……なるほど?」
□ ■ □
「よし、いい加減寝ろ。オレは見回り行ってくる」
「え、それは俺も……はい。寝ます……」
睨み付ける狗神から目を逸らして時計を見る。大体そんな時間だ。
「百瀬」
コートを手にした狗神が声をかけてきた。
「何?」
「お前は部長としてよくやってるよ」
「? ……ありがとう……?」
突然どうしたの、というより先に狗神は口を開く。
「きっとこれからも、やることは多い」
「……だろうね」
この一件が解決したら。
猫がいなくなったら。
きっと、やらなくてはならないことがたくさんあるはずだ。
俺達やこの学校のこれからとか。
きっと兄貴との話もしなくてはならないだろう。
考えるだけで胃が痛くなりそうだけど。
「心配するな」
狗神がポツリと呟いた。
「オレが支えてやる」
「……」
狗神の方を見た。コートを着ている。こっちを見ない。でも、その目には強い決意があるように見えた。
「それは……」
知ってんだろ、と狗神は言った。
「家を継ぐとか、んなこたしねえけど」
ため息をつくように、彼は言葉を続ける。
「だから。狗神の名じゃなく、頼香の名にかけて、お前の隣にいてやる。何かあったら言え」
サポートならいくらでもしてやる。
そう言う狗神は、なんだかすごく頼もしく見えた。
それがなんだか嬉しくて、これまでどうにも振り切れなかった孤独感が、初めて薄れたような気がした。
「ありがとう、狗神」
俺の言葉に返事はなく。
ただ、ヘッドホンを首にかけ直した音が返事の代わりに返ってきた。




