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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
1:13回目の箱庭
4/32

十二支部の現状

 室内は思ったより広かった。

 ビニルの床。ホワイトボード。長机と椅子。窓際にはソファと棚が並べてある。

 奥のドアはロッカールーム兼仮眠室、それから給湯室だと教えてもらった。

 なるほど、運動の部室はこうなってるんだと思いながら、勧められた椅子に座る。


「ちょっと着替えてくるから待ってて」

「はい」

 先輩はそのままロッカールームの方に入っていく。

 しばらくすると、シャツの上にジャージを羽織った姿で出てきた。手には黒く汚れたズボンとジャケットがある。ズボンは着替えたのだろう。

「お茶淹れるけど、緑茶で良い?」

「あ、はい」

 おっけーと頷き、そのまま隣の給湯室へ。

 戻ってきた先輩の手には、湯気の立つカップが乗ったお盆があった。

「お待たせ。どうぞ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 にこやかに答えて移動する先輩を。いや、先輩の腰にあるものを目で追う。

 小さな刀に見える。ベルトで留められたそれは、上着がないとよく目立つ。

 制服に刀。漫画とかではよく見るけど、実際見るととても不思議だ。

「ん? これ、気になる?」

 ホワイトボードの前にある椅子に手を掛けながら、先輩は鞘を撫でる。

 ポケットの携帯とか財布と同じように、あるのが当たり前、みたいな触れ方だ。

「そうですね……。それ、何ですか?」

「短刀だよ」

「短刀」

「うん。護身用だから、使う機会はあんまないはずなんだけど」

 さっきのアレはびっくりした、と先輩は軽く笑う。

 獣に襲われたというより、道ばたで野良犬に会ったような反応。そんなに軽くていいのかな。

「まあ、その辺も含めて色々説明するから」

 と、先輩はマーカーを拾い上げ、キャップをぽんと外した。


「ええと」

 先輩はこほん、と喉を整えるように咳をひとつ。

「俺はここからの説明について嘘は言わない。知ってる限りの事を話す」

「はい」

「それじゃあ――この部のことから話そう」

 どこから話そうか、なんて前置きもなく、悩む事もせず、先輩は話を始める。

 説明に慣れている。何度も話してきた事なんだと分かる程、するすると言葉が出てくる。


「まず、ここが十二支部の部室。基本的にここに集まると思ってて。メンバーは――」

 きゅ、とホワイトボードが音を立てる。



 子津(ねづ) (つむぎ)

 牛若(うしわか) (あゆむ)

 三宅(みやけ) テトラ

 峰越(みねこし) 雪兎(ゆきと)

 九頭龍(くずりゅう) 大和(やまと)

 巳山(みやま) 百瀬(ももせ)

 楠木(くすき) 彰午(しょうご)

 叶夜(かなや) 未来(みく)

 猿ヶ谷(さるがや) 葉月(はづき)

 (おおとり) シュウ

 狗神(いぬがみ) 頼香(らいか)

 亥端(いのはた) くるり



「以上、12人。子津ちゃんも名簿に入ってるから部員にカウントしてるけど。みんな分かる?」

「えっと。あんまり話した事ない人も居ますけど、大体は」



 子津紬。

 私だ。国語が好きで、生物と世界史、あと体育がちょっと苦手。

 保健委員で吹奏楽部。現在フルート練習中。

 

 牛若くんは同級生。

 放課後によくピアノを弾きにくる。小さい頃はコンクールに出たりしてたらしく、とても上手。

 話をしてるとこっちまでのんびりできる、穏やかな人。

 

 テトラちゃんは隣のクラス。

 接点はあまりないけど、かわいくてオシャレで、アイドルみたいにキラキラしてる。

 男女どっちにも優しくて明るい、人気者。


 雪兎は私の幼馴染み。

 かわいい系男子というか、みんなの弟というか。

 ほわっとした雰囲気で周りまで和ませるのが得意だと思ってる。


 九頭龍くんは同じ部活の後輩。

 小柄だけど、中に元気が詰まってる。あんまり騒がしいと、あの牛若くんが怒る事もあって。

 私がそれを止めるのが、部室で暗黙の了解になっている気がする。


 巳山先輩は同じ委員会の先輩。というか、今目の前に居る。

 黙ってると冷たい印象があるけど、笑顔はふわっとしているし、優しくて面倒見が良い。

 そんなところが、すごく素敵だと思ってて……いや。うん。これ以上は語るまい。


 楠木先輩も同じ委員会。

 パソコン部の部長もしてるらしい。身体が弱くて、当番じゃなくても保健室に居たりする。

 巳山先輩に「最近先生がベッドじゃなくてソファを勧めてくるんだけど」って愚痴っているのを見たのは、つい最近のこと。


 叶夜ちゃんはかわいい後輩。

 礼儀正しくて、小さくて、お人形みたいな子。

 入学式の案内で知り合って以来、仲良くしている。恐がりで人見知りしがちな彼女だけど、狗神先輩と仲が良くて、一緒に居る事が多い。


 猿ヶ谷さんは私のクラスの委員長。

 テキパキしてて、みんなをよく見てる。クラスのお母さんみたい、なんて言うと「そんな事ないって」と笑うけど。クラスのみんなはそう思ってるし、実際あだ名は「お母さん」だ。


 鳳くん。

 パソコン部で、楠木先輩の後輩だったと思う。

 いつも携帯とかタブレットを持ち歩いてて、楠木先輩がぽつりと「彼、ネットワークの世界に住んでるんじゃないかな」って言ってたのを聞いたことがあった。


 狗神先輩。

 巳山先輩や叶夜ちゃんと仲が良い先輩。話したことはないけど、二人と居たら時々会う。

 言葉遣いがちょっと乱暴だから誤解されることもあるけど、それは単に不器用なだけなんだと、二人は言う。

 あと、運動部の子が人気のある先輩だと言ってた気がする。


 亥端先輩は放送部。

 始業式とかで演奏を担当する吹奏楽部と、放送機材の管理や進行をする放送部。接点がそれくらいだから、見たことあるだけ。だけど、ふわっとしたマシュマロのように、柔らかい空気の人だったことは覚えてる。



「うん。この12人で十二支部。理由は分かるかな?」

 先輩はまるで補習授業の先生のように質問をしてくる。

「ええっと」

 全員の名前を眺める。考えるまでもない。

「十二支の名前が入ってます……?」

「ご名答」

 先輩は満足そうに頷いた。

 なるほど。全員が名前のどこかに関係する文字を持っているから「十二支部」なのかと納得する。でも、どんな部活なのかはさっぱりだ。

「ま、ちょっと違う漢字も居るけど、そこはご愛嬌ってやつな」

 と、先輩はホワイトボードに視線を向ける。

 ふと、その目元が細められたような気がしたけど、よく見えなかった。

 ホワイトボードに並ぶ名前。話したことはあったりなかったりするけど、それなりにみんなの顔は分かる。

 一通り思い出していると、巳山先輩は「うん」と頷いてペンを持ち直し。

「それでな」

 と、きゅーっと名前に線を入れはじめた。


 ひとり。ふたりと、名前が横線で消されていく。

 そして残った名前は。



 子津 紬

 牛若 歩

 峰越 雪兎

 巳山 百瀬

 叶夜 未来

 狗神 頼香



「この部で生き残ってるのは、子津ちゃんと俺を含めてこの6人」

「生き……残る?」

 ホワイトボードに向かったまま、先輩は頷いた。

「うん。みんな死んだんだ」

「――え」


 言葉が喉に貼り付いて、出てこなかった。

 その言葉を繰り返す事すら出来なかった。


 死んだ。


 先輩は今、確かにそう言った。

 けど。先輩が何を言ってるのか分からなかった。


「やだな……先輩、冗談は」

「冗談ならよかったんだけどな」

「……」


 この人は、こんなに軽くそんな言葉を口にする人だったっけ。

 いや、知らない。私は先輩の事を見ていただけだから。委員会と関係ないところで話したことも、あんまりなかったから。

 でも。そんな人だったっけ。そんなに、冷たくて、寂しそうな目をしてたっけ。ううん。そんな目、見たことない。

 言われたこと分からなくて。先輩の表情が分からなくて。分からないことが目の前に積み上がって。くらくらしてきた頭に、先輩の声が響く。


「子津ちゃん。耳慣れないこともあるけど、まずは話を」

「――分かんない、です」

 思わず出た声に、先輩の言葉が止まった。

「生き残ってるとか、十二支部とか。なんですか?」

「子津ちゃん」

「さっきの犬みたいなのも、その刀も……っ!」

「……」

「何が起きてるんですか? 先輩はどうしてそんなに、普通で居られるんですか!?」

「どうして、って。慣れてしまったからだけど……まあ、そうだよなあ」

 先輩が頬を掻く。何かに困った時に出るクセだ。それは、この人は私が知ってる先輩だと言う安心を少しだけくれるけど、なんの役にも立たない。

「でも」

 その手が机の上に置かれる。少し身を乗り出した先輩の目から、笑みが消えた。


「落ち着いて」

「――っ」


 背中に冷たくて鋭い何かを押し当てられたような感じがして、頭の中のぐちゃぐちゃが全部止まった。ここで下手に動いちゃいけない。そんな気がする。

「……はい」

「うん、よし」

 先輩の目元が和らいだ。途端に背中に温かさが戻ってきた。それにホッとしながら、止まってしまった頭を、少しずつ動かす。


 私は今の状況が何も分かってない。ただ、受け止め切れないだけだ。

 変わってしまった部屋も、見たことない生き物も、知らない部活も、いなくなった部員も。

 ただ、死という単語が衝撃的だったから、分からないものが溢れてしまっただけだ。実感もないのに積み上げられていく出来事を、受け入れられないだけ。

 でも、それを先輩にぶつけて突も仕方がない。

 それは、きっと先輩自身も分かっているんだと思う。だから、ちゃんとこうして説明をしてくれている。先輩自身が辛い話だってあるかもしれないのに。


 そうだ。先輩は説明してくれると言った。

 私はそれを信じてついてきた。

 理解できるかどうかは分からないけど、聞こう。

 そうすれば、少しは何か変わるはずだ。

 

「ごめんなさい……言い過ぎました」

 いつの間にか立ち上がっていたらしく、椅子に座り直す。

「いや、いいんだ。変化が大きすぎるし、その反応は当然だ」

 先輩は困った声のまま、頷いてくれた。


「これからする話は、確かに突飛な話かもしれない。俺も、できる事なら冗談だよって言いたい。言いたいけど」

 ホワイトボードに並んだ名前を。いや、その先のどこかを見つめた先輩の言葉は。

「少なくとも彼らの死顔は見てきた。だからさ、できるだけ信じて欲しい」

 とても。寂しそうだったから。ああ、本当なんだ。って思った。

 それを疑うなんてこと、できなかった。

巳山百瀬:3年生。十二支部部長。高校からの途中入学組。

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