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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
5:真相への一歩
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夜更け過ぎに話すこと

 息が苦しい。

 霞む視界の中でも、狗神の呼吸がよく分かる。いつもより少し荒く湿っぽい。

 意識が遠のきそうで。ああ、このまま目が覚めなかったら。と思った瞬間、色んなことが頭をよぎった。


 家のこと。学校生活。知らない部屋。話す誰か。記憶の断絶。俺のことをあまり覚えていなかった狗神。記憶と違う日々。猫の宣言。弱り、暴走し、死んでいく部員。壊れた教室。封鎖された部屋。見つけた日記。スクラップ記事で微笑む男性。諸悪の根源。薄暗い。誰もいない。断片的な景色。


 ――ああ。

 やり残したことがたくさんある。

 全て放り投げて逝けたら楽なのに。

 それは。それはとても無責任な気がして。

 それ以上に。


「……いや、だ」


 死にたくない。死にたくない。そんなこと、したくない。

 ぐ、と狗神の腕を掴む。指が彼の袖に食い込む。

 俺は、やらなきゃいけないことがある。

 死ぬなら全てを終わらせてからじゃないと。

 狗神を睨み返すと、暖かい何かが耳に流れた。


「死んで。たまる、か……俺は、まだ……」

「――そうか」


 ふと、首を絞める力が緩んで。離れた。

 腕が指からするりと抜けて。

 突然入ってきた空気に咽せた。


 見逃された……? どうして?


 呼吸を整えながら狗神の方を見る。

 彼はまだそこに立っていた。手はポケットに突っ込まれている。


「気は済んだか?」


 狗神は俺を見下ろして、そんな言葉を投げてきた。

 それはさっきみたいな鋭い目じゃなくて、いつも通りの。ちょっと呆れてため息をつく時の目だ。


「え。狗神……。お前、猫……じゃ」

「違えよ馬鹿」


 シンプルに罵られた。


「違うの……?」

「何度も言わせんな」


 彼は面倒な作業を終えたようなため息を深々とついて、ベッドに戻っていく。

 どかっと座ると、スプリングがぎしりと音を立てた。


「いや、うん。違うとは、思う。けど、さ。ええ……なんでこんなことしたの……」

「こうでもしねえと、そのまま自滅するだろ」

「わあ、荒療治……」


 首にそっと触れる。苦しかったけど、痛みはない。意識が眩んだのも、多分押さえるところを分かってやったのだろう。

 喉につっかえていたものも、少し取れたような気がした。


「で。気は済んだか死にたがり」

「うん……ありがとうな」

「いや、礼を言うようなことじゃねえだろ」

「……そうかも」

 

 まったく彼は、そう言うところが実に不器用だ。

 確かに手っ取り早くはあった。時間にして数分もなかった。

 もっと言い方とかやり方があっただろうに、と思ってしまうけど、まあ、狗神らしいといえばらしい行動のようにも思えて、なんだか笑えてきた。


「なんだよ」


 くすくす笑ってると、狗神の不満そうな声がした。


「いや、……お前ホント不器用だなって」

「うるせえ」


 その反応すらなんだかおかしく感じたけど、声に出すのはやめといた。

 布団の上に放り出されていたノートパソコンをもう一度引き寄せる。

 開いて、スリープを解除して。

 ブログを人差し指一本で勢いよくスクロールして。


「なあ、狗神」


 さっきよりは話せるような気がして、もう一度彼を呼んだ。


「楠木の残した情報は後でお前にも渡すつもりだけどさ。その前にいくつか」


 聞いておいてほしいんだ。と、前置きした。


「この学校を運営する企業。いくつ知ってる?」

「あ?」


 なんだっけな、と言いつつ、狗神はぽつぽつと関わる企業を挙げていく。そして半分ほど挙げたところで「全部言う必要あるか?」と、気付いたようにやめた。


「いや、十分。っていうか、そこまできちんと知ってる生徒は少ないだろ」


 優秀優秀、と口先で褒めてみた。話を進めろと怒られた。


 この学校は、どこかの企業や団体が出資し、運営に携わっている。

 その、各団体の代表が運営の12人だ。

 だが、今はそうじゃないと楠木のメモにあった。

 ある企業が街全体を買収し、実験都市として運営している。

 理事会が12人居たとしても、それはただの役員会議と変わらないだろう。


「うん。その運営企業なんだけど……」


 口が重い。いつもなら軽く回る口が、簡単な言葉一つ出すのを躊躇っている。

 恐怖、責任。罪悪感。そんなものだろうか。俺にはもう関係ないと思ってたのに。


「そのうちのひとつ、俺の実家、でさ」

「へえ……いや、待て」


 狗神のストップが入った。なんだろうと言葉を止めると、狗神は怪訝そうに俺を見た。


「お前の実家なかっただろ」


 嘘をつくなよ、と言われた。

 本当なんだよ、と答える。


「ってか狗神、実家のこと知ってたんだ」

「……」


 視線を逸らして目を伏せた。答える気はないのだろう。俺もそこは求めていないから、構わず続ける。


「それでな。いつからかは分からないけど、俺の実家……アトル製薬が理事会に入ってきてる」

「へえ」

「俺も知らなかった。まあ、時期が重なってたとしても、知らせるつもりなかったろうな。それで、あの会社なんだけど。……って名前知ってるなら説明はいらないか。ちょっと変わってるけど。医療系というか、薬の開発とかする会社。で、今は……そこが。アトル製薬が、ここの全てを握ってるらしい」

「へえ。つまりオレら丸ごと実験体か」


 なるほどな、という言葉は、俺への返事というより、自分で何かを納得したような声だった。


「なるほど、って。何が?」


 尋ねる。狗神は何か知ってるのだろうか?


「大した話じゃねえよ。お前が寝てる間に、そんな名簿を見つけたってだけだ」

「名簿……」


 狗神は頷いて、第1班から12班まで分けられた名簿のことを簡単に話してくれた。


「オレらの事はご丁寧に「特殊実験対象者」って併記されてた」


 手が何かを払うようにひらひらと動いた。ため息の代わりなのだろう。


「特殊実験、対象者。ってことは」


 狗神は俺の言葉を先に拾い上げて頷く。


「他の生徒も全員実験体。ただしオレらは別枠だと。製薬会社ならその理由も合点がいく」

「……」


 息を吐き損ねて、胸がグッと詰まった。

 俺が息をつくのを待って、狗神は「それで?」と話を促してくる。


「いや、その話をしたかったんだ」


 そう。そうだった。

 なのに何でこんなに落ち着かないのか。

 とっくに分かってたことだろ。それを狗神と共有する。それだけだ。


「アトル製薬が人体実験をしている。この学校は丸ごと実験施設。だから、俺はこの箱庭を終わらせなきゃいけない。家は捨てたようなもんだけど、さすがに無関係ですとは言えないなって」


 狗神からの言葉は「責任感強いなお前」という呆れだった。


「捨てた家の尻拭いとか、んなのほっといて自滅待てばいいだろ」

「そうだな。でも――俺にも、責任があるんだ」


 首を傾げる狗神に、推測だけど、と話して聞かせる。


 水の変質が起きて、その解析と研究が行われた。

 そこに何の関係もなかった製薬会社がどうして参入してきたのか。いつ、どうやってそれを知ったのか。


「ここは小さな地方都市だ。そんな場所の噂話。その程度の話なのに気付けたのはきっと、俺がこの学校に居たからだ」


 狗神は静かに聞いている。


「俺の近況でも調べた時に知ったんだろうな。だから。これは。この状況は――」

「お前のせい、と」


 うん、と頷く。枕元の電気だけが照らす薄暗い部屋に、沈黙が落ちた。


 狗神の次の言葉が怖い。

 彼は怒るだろうか。ため息をつくだろうか。それとも……やっぱりさっき殺しておけば良かったと思うのだろうか。

 煩いほど動いているのにただ詰まるような胸の痛みを抱えて、それを待つ。


「なるほどな」


 オレにはできねえ、とぼやくような声だった。


「え。……それ、だけ……?」


 拍子抜けしてしまって、思わず聞いてしまった。

 何がだよ、という視線が返ってきた。


「それだけもなにも、お前はオレに何求めてんだよ」

「え、だって……」

「生徒代表として糾弾でもして欲しかったか?」


 残念だったな。と彼は言う。


「捨てた家が何してるかなんて、もう本人には関係ねえってさっきも言ったろ」

「……」

「それにオレも、似たようなもんだからな」


 あ。


「ああ。そう、だったな」


 狗神も、家を嫌って距離を置いていると聞いたことがある。

 彼の家は、サポートに特化した家系だ。誰かの補助に回ることで力を発揮できるらしい。

 だから、「狗神」の名を持つ誰かが秘書なりなんなり側につけば安泰だ、なんて言われ、重宝されている。

 狗神の実家は本家じゃないし、彼自身は本家を嫌っていたが、その血はきっちり受け継いでいる。部活に所属もせず助っ人ばかりやっているのも、それが理由だ。人の役に立つこと自体は好きらしい。

 そんな家だから、入学前に情報を叩き込まれているのだろう。狗神がこの学校の運営を覚えていることも、俺の実家を知っていることも、特段驚く話じゃなかった。


「……知ってるのか」

「話してくれたことがあるから」

「……」


 狗神が俺を見た。その視線が少し鋭くなったのが分かる。


「百瀬」

「うん」


 俺は彼から視線を外したまま頷いた。

 何を聞かれるかは分かってる。緊張して浅くなりかけた呼吸を、静かに整える。


「オレは、お前にいつ身の上話(そういうはなし)をした?」

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