記憶と猫と隠し事
夕食を終え。保健室に先輩二人を残して私達は部屋に戻ることになった。
雪兎や叶夜ちゃんとも寮の前で別れて、私は自分の部屋にひとり。
「はああぁぁあーー……」
ベッドに倒れ込んで盛大なため息をついた。
私はまだ目を覚まして数日だけど、もう嫌だ、と思った。
まだ、夢だったらいいのにって思っている。
もう何年も経っていて。
何度も死んでいて。記憶もなくなってて。
動物の因子というものが埋め込まれていて。
知らない部活に所属していて。もう半分以上が死んでいて。
さらに裏切り者がいる。
信じられる訳がない。
私はただの女子高生だ。魔法が使える訳でも、推理力がある訳でもない。
なんの力もない。あっても分からないし、使いたくない。
壁まで転がって、埋まるように身を寄せる。
なんだか落ち着く気がして息をつくと、肩の力が抜けたような気がした。
天井を見上げる。蛍光灯に手のひらをかざしてみる。普通の手だ。うっすら透ける皮膚が赤い。
普通だ。これまでと何も変わらない。
「全員を……疑ってて……」
先輩のあの言葉がずっと残っている。
巳山先輩はさらっと言ったけど。すごく難しい。だって、みんな普通に見えた。この中に、人を殺して平然としてるような人が居るなんて思いたくない。
違うなと思うところはいくつかある。でもこれは、記憶がないからそうなっただけかもしれないし、動物の因子による変化かもしれない。そのどれが猫に繋がるかなんて分からない。
先輩にも答えたけど、この人が猫だと思う、なんて言い切ることはできなかった。
もしかしたら、猫としての影響が表に出ている人がいるかもしれない。雪兎も「違和感を大事にすると良い」って言ってた。
ううん、わかりたくないなあ。とため息。
「でも。こうやって泣き言いっても……変わらないんだよね」
私はまだ数日だけど、他のみんなはもっと長い期間この状況に居るんだ。
考えなきゃいけない。きちんと見ないと。
「でも……うぅ……」
気が滅入ってきた。
普段なら誰かにメールとかするんだけど、いつもの友達は居ない。連絡帳も最近登録しなおした人しか居ない。
叶夜ちゃんか雪兎なら送ってもいいだろうか。
「……」
叶夜ちゃんは昨日たくさん話を聞いてもらったし、雪兎かな、と。メッセージアプリを開く。
これまで交わしたはずの会話も残っていない。新しく連絡先から作成して、ぽちぽちと入力。送信する。
[起きてる?>
しゅ、っとよく聞いた音と共にメッセージが送られた。
<どうしたの?]
ぽこ、と返信がすぐにきた。首を傾げたかわいいスタンプもついてくる。
[なんとなく、今暇かなって>
送ってみたものの、特に話題がないなと気付く。
[ごめん。特に用事はないんだけど>
バンザイした、かわいいウサギのスタンプが返ってきた。
<こんな状況だもんね]
<不安なのしかたないよ]
文字だけ見ていると、いつも通りの会話のようで少し安心する。安心するけど、話題が続かない。昨日見たテレビとかもないし。今日あったことといえば、図書室の話とか先輩が倒れたことくら――。
<そうだ。つぅちゃん、先輩と楽しいお話しできた?]
「!?」
突然振られた話題に喉がグッと詰まった。
話はできた。うん。した。
でも、それは楽しい話だったかと言われると……そうでもなかった。
[まあ、ちょっとはね……>
[思い出話を少ししたくらいだけど>
<思い出話]
<そっか。つぅちゃんは記憶結構あるもんね]
うん、と返事をして。考える。
[雪兎はどのくらいあるの?>
<目が覚めて、1ヶ月遡ってる、って思ったから]
<1年の体育祭は覚えてるけど、その辺くらいかな]
そっか。と考える。
私と同じくらい記憶があれば、違和感とかも気付けるのだろうか。
[うーん。私くらい記憶ある人とか居ないのかな?>
そんなぼやきには「いないねえ」と言いたげな苦笑いのスタンプが返ってきた。
<多分、つぅちゃんの次に記憶があるのって未来ちゃんだし]
それより前だとみんな猫の宣言より前かなあ、と言われた。
[そっかぁ……>
叶夜ちゃんは、狗神先輩との出会いを覚えていなかった。
危険察知はできる方だと言ってたけど、そういう話は聞いたことがなかった。
というか、叶夜ちゃんにとって部員はみんな知らない人だった。探りたくても分からないだろう。
だから私なんだろうけど。
[先輩は、私にどうして欲しいのかな……>
思ったことを、そのまま送りつける。返事を待たずに打ち込んでは送る。
[全員を疑ってて、って>
[違和感があったら教えて、って>
[先輩はそう言ったけど。本当に>
先を打ち込む指が止まった。
信じたくない。このままでいたい。
でも、それはきっと、自分達が死んでしまう選択だ。
[本当に、猫は、居るのかな……?>
<いるよ]
返ってきた答えは簡潔だった。
あまりにシンプルで力強い3文字に、私の手が止まった。
その間にも、雪兎からの返信がぽこぽこと届く。
<だって、みんな死んじゃったもん]
<巻き込まれたり、暴走しちゃったり]
<因子のせいで死んじゃった人もいたけど、殺されたんだって分かる人もいた]
<だから、猫は居なくちゃいけない。探さなくちゃいけない]
それから少しだけ入力中の文字がちらついて。
<そうしないと、この箱庭は終わらない。]
それはまるで、雪兎の決意のように見えた。
そっか。
いつもにこにこしてて、優しい雪兎がここまではっきり言い切るような事態なんだ。今更だけど、この状況が切羽詰ってることを再確認する。
それなら私も、考えなくちゃいけないんだ。
考えなくちゃいけないけど、この数日で分かったことなんてほとんどない。
正直なところ、部内で一番役に立ってない自信がある。
[考えてみようと思ったんだけどさ>
[私、何も分からないよ……>
しょんぼりしたスタンプをくっつける。
[資料だって何が何だかだし、みんないつも通りに見えるし>
<そうだね]
これで何か解決できる気がしない。
わかんない、とゴロゴロして、その勢いでメッセージを送る。
[雪兎は、誰だと思う?>
<そうだなあ。分かんないけど]
<巳山先輩は、何か隠してるなって思ってる]
「え」
ドキッとした。頭がひやっとして、唾を飲む音が耳に響いた。
巳山先輩が何かを隠している。それはなんだかショックだった。
先輩は分かったことは全部話してくれるんじゃないかと思ってた。
だって、猫を探してるから。
この状況を終わらせたがってたから。
でも、部長だからこそ、言えないこととかも……あるのかな。
雪兎は一体何に気付いたんだろう。
[隠してるって、何を?>
聞いてみると、具体的にはわからないと返ってきた。
<でも、なんか焦ってるっていうか。急いでるっていうか。そんな感じ]
<倒れちゃったのも、それで無理したんだと思う]
その言葉に、少しほっとした。
先輩は、やっぱりこの状況の解決に動いているんだ。責任感のある立場は向いてないと言うけど、実際その立場になったら蔑ろにできるような人じゃない。
私は同じ委員会として、後輩として。そんな先輩を見てきたんだ。
信じたかった先輩の姿を肯定された気がして。指先の冷えが少し緩んだ瞬間。
でも、と小さな吹き出しが出てきた。
<先輩は、危ないかも]
[どういうこと?>
<見たら分かるやつだから、言う必要がないだけかもしれないけど]
続きには少しだけ間があった。入力中を示すアイコンがぴこぴこと動いている。その割に、文章は短かった。
<こないだ見ちゃったんだ。こめかみの所に鱗があるの]




