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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
5:真相への一歩
36/48

そのまま疑っていて

 図書室から戻ると、先輩は部室にいなかった。

 仮眠中なのかなとロッカールームを覗くけど、ドアは開けっぱなし。誰もいない。


「売店に行っているのかも、しれないですね」

「そうかもね」


 でも、15分経っても戻ってこない。

 寮にも行くと言ってたけど、その後に仮眠する予定だったはずだ。


「叶夜ちゃん」


 声をかけると、同じ考えだったらしい。


「はい。探しに、行きましょう」

 

 そして売店で倒れてた巳山先輩を見つけて、叶夜ちゃんが狗神先輩を呼んできてくれて。

 とりあえず運んだ救護室で先輩が目を覚すのを待った。


 □ ■ □


 先輩が目を覚ましたのは、放課後も結構遅い時間になった頃だった。


「あ、れ……」

「あ」


 一番最初に振り返った叶夜ちゃんに続いて、全員がベッドに注目する。

 頭を抑えて起き上がる先輩のもとに狗神先輩が寄っていき、ぺしん、と頭を叩いた。


「あいた」

「これで済んだだけありがたいと思え」

「……うん」

「体調は?」

「頭痛と……ちょっと目眩がする、かな」

「寝不足か? 保健委員がぶっ倒れるとかお前な」

「はは……ごめん」


 そう笑う巳山先輩だけど、声は少し元気がない。


「まあ、寝てろ。メシは?」

「食欲はあんまり……」


 そう答えた先輩に、狗神先輩はため息をつく。


「食え。適当に食えそうなもん持ってくる。――叶夜。雪兎。買いにいくぞ」


 先輩の言葉に元気な返事をする雪兎と、その後ろを追う叶夜ちゃん。二人を連れて出ていこうとしたところで。


「ああ、狗神」


 巳山先輩の、いつもより困ったような声が狗神先輩の足を止める。振り返るより先に、先輩は要件を口にする。


「できれば、温かいのがいい」


 狗神先輩は無言だったけど。ひら、っと大きな手を振って、保健室を出て行った。

 

 そして。

 私と先輩、2人きり。


「…………」


 いや、初めてじゃないけど。

 改めて意識すると……ちょっと、落ち着かない。

 先輩はポケットを探り、目薬を取り出す。


「あの、体調は。大丈夫ですか?」


 沈黙に耐えきれず先に声をかけると、先輩はハンカチで目を押さえながら「うん、ごめんな」と困ったように笑った。


「俺、売店で倒れてたんだっけ」

「はい。戻ってきたら部室に誰も居なくて」

「そっか。あとでお礼言っとかないと。子津ちゃんもありがとな」

「いえ、私は……」


 特に何もしていない。何もできていない。

 今日だって、叶夜ちゃんが先輩達を探してきますと行ってしまったから、そばに居ただけだ。


「なにも、できなくて」

「うん。それでいいんだよ」


 それでいい。と、先輩は笑いながら携帯を取り出した。

 気付いた私はすぐさま近くに行って、携帯を指から抜き取る。


「あ」


 指から離れた携帯を追って、先輩の視線が上がる。

 寝起きのちょっとぼさっとした髪と、ちょっと開いた口。目の下にうっすらクマがあるように見えた。胸がちょっとギュッとした。そうじゃないと言い聞かせる。これが少女マンガだったら絶対ドキドキする展開が待ってそうなのに、と残念な気持ちもぎゅっと丸めて投げ捨てた。

 私は目を閉じて、ため息のように言う。


「携帯はダメです。寝ててください」

「ダメ?」

「ダメです」

「……なんか、母さんみたいだ」

「か!?」


 困ったように笑った先輩の反応にどきっとした。先輩にお母さんと呼ばれる日が来るとは。いや、呼ばれてない。呼ばれてないよ落ち着いて私。


「いえ。これ本当は私の役割じゃないと思うんですけど……」


 先輩が起きるより前に、狗神先輩が言っていた。


「巳山はすぐ資料チェックとか始めるだろうから、携帯取り上げて寝かせろ」


 えっ、と声をあげたら「保健委員だろ」と一蹴された。

 その時はなんか流されて「わかりました」と答えたけど。

 だから、こんなこともしたけど。

 別に保健委員じゃなくても良いですよね狗神先輩!

 実際携帯を取り上げるだけでドキドキしてしまった。これで寝かせるとか……近すぎてちょっと無理。


 なんて思ってる間に携帯は私の手からあっという間に取り戻されてしまった。


「あっ」


 そりゃあつまみ上げてそのままだったんだから、下から引っ張ればあっという間だ。慌てたって遅いし。もう一度取り上げる勇気。そんなのないですごめんなさい、と心の中で狗神先輩に謝る。


 その姿がちょっと面白かったのだろう。先輩はくすくすと笑って携帯をポケットにしまった。


「狗神の指示だろ。ちゃんと休むよ。代わりに、雑談付き合って?」

「……」


 にこりと笑って言われたら、無理ですとは言えなかった。


「……はい。でも、具合悪くなったらすぐやめてくださいね」

「うん。ありがとう」


 先輩は枕を背もたれに、毛布をお腹の上まで上げる。

 私も近くに椅子を持ってきて腰掛けた。


「今朝、銃持てた?」

「えっ……」


 急に持ち出された話題に、思わず言葉が詰まった。


「俺、峰君の相手してて様子見れなかったから。どうだったかなって」

「あー……その。一応は。ちょっと、時間はかかりましたけど」


 先輩はそっか、と頷いた。


「峰君も心配してたよ。昨日の今日だし、って」

「すみません……なんか、みんなに心配してもらってて」

「いや、謝ることじゃないでしょ。あんなことがあったんだから、それが普通だ」


 でも、持てたんなら良かった。と先輩はほっとしたようだった。


「多分だけどさ。この部で一番記憶が長いのって子津ちゃんなんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。だから……そうだな。楽しかったこととか聞かせて欲しいなって」

「えっ。楽しかったこと、ですか?」


 戸惑って上げた声に、先輩は「だって雑談しようって言ったでしょ」と笑った。


「そう。子津ちゃんが覚えてるフツーの学校生活。イベントとか、他の部員のこととか」


 うーん、とちょっと考える。

 そう言われても、私にとっては今の方がまだ信じられない状態だ。夢だったんじゃないかってまだ思ってる。


「そうですね。んー。誰かの……と言っても、私、そんなにみんなと交流があったわけじゃないんですよね……」


 何を話せばいいのかちょっと困ってると、先輩は「それじゃあ」と少し考えて。


「子津ちゃんが見てきた俺の話とか?」

「え゛っ!?」

「ん?」

「……いえ。その、今のは聞かなかったことに」


 してください、お願いします……と、後半はごにょごにょと小さくなってしまった。だって先輩のことだったら多分一晩くらい余裕で話せるけど、本人相手はさすがに。うん。だめ。

 でも何か。何か……とぐるぐる考える。


「うー……えっと。そうですね。巳山先輩は、委員会で一緒で。保健室で時々話をするくらいだったんですが。保健室に来る人の対応が上手で、困ってるとさりげなく助けてくれて。今の先輩と、あんまり変わらないと思います」

「なんか、高評価だな」


 なによりだ、と先輩は嬉しそうに目を細めた。

 真面目な顔をしてると鋭いのに、笑うと柔らかくなる。その印象は初めて会った時から変わらない。


「あ、でも」

「ん?」

「部長だっていうのは少し、意外でした」

「へえ?」


 先輩の声が興味深そうに跳ねた。


「先輩、そういう立ち位置が苦手なのかなと。委員長決める時も真っ先に辞退してましたし」


 各委員の委員長は、その年度の最後に委員の中から選出される。

 あの時も、1年生からずっとやってる先輩の名前を何人かが挙げたけど、先輩は「俺は人をまとめるのに向いてない」と笑いながら辞退して、他の人を推薦していた。


「だから。部長、引き受けたんだなって思って」

「あはは。確かにそんなこと――……うん。言いそうだな俺」

「?」


 今なんか、妙な間があったような気がした。表情も心なしか、ちょっと陰ったように見えた。顔の角度かもしれないけど、何かを考えるような、思い出すような。そんな風に見えて。


「何かありましたか?」


 聞いてみる。


「え? ううん。ただ、俺ならそういうこと言いそうだなって」


 先輩は頬をかきながら、苦笑いでそう答えた。


「部長はね。狗神に押し付けられたんだ」

「ああ、そう言ってましたね」

「目覚めた順番でいいだろ、って。そうすると微妙な差で俺なんだよな。記憶だって……いや、それも俺の方が長いから」


 逃げられなかったな、とぼやく。


「でも、先輩はちゃんと部長ですよ」

「そう? それなら良かった」

「むしろ私がお手伝いできてるか分からないですし」

「あはは、子津ちゃんはそれでいいんだよ」

「そういうものでしょうか」


 ちょっと自信がない私に、先輩は頷く。


「俺らの中で一番、現状との違和感を感じ取れるのが君だからね。それはもう、俺達にはない感覚だ。だから、そのままでいいんだ」

「なるほど……」


 そう言われたらそんな気がしてくる。ちょっとした変化や違いはあるけれど、そこまで気になることはあまりない。いいことなのかもしれない。うん。

 心の中で頷いてると、先輩がにこりと微笑んだ。スッと細められた切れ長の目が、私を見上げる。


「そう。――そのまま、全員を疑ってて」

「……っ!」


 心がぎゅっとした。頭がカッとするような感覚に、喉が詰まりかけた。


 全員を疑う。

 いつもにこにこしている雪兎も。

 おとなしくてかわいい叶夜ちゃんも。

 怖いけど不器用な狗神先輩も。

 優しくて面倒見のいい巳山先輩も。

 誰も信じちゃいけない。そう言われた気がした。


 いや、本当は最初からそうなのかもしれない。

 私がこんな状況に置かれても捨てきれてないものを、突きつけられたような気がした。


「……それは」


 しなきゃいけないのかもしれない。でも、それは。

 それは。とても怖くて、悲しい。思わず俯く。


「それで、子津ちゃんは誰が猫だと思う?」


 優しい問いかけだったけど、背筋が冷えるような声だった。


「なんか変わったなって思うところ、あった?」

「――それ、は」


 たくさんあった。

 巳山先輩が部長をやってること。動けなくなるような冷たい目をすること。

 狗神先輩が、叶夜ちゃんを怖がらせていること。

 叶夜ちゃんが、銃を持ってること。しっかりと覚悟を決めるくらい強いこと。

 雪兎が、時々知らない顔をすること。コーヒーに砂糖をたくさん入れること。

 でも、どれも疑うきっかけにできるかすら分からない。


「先輩達は、話す機会少なかったですし。叶夜ちゃんも、いつもより怖がってるくらいしか分からなくて。一番違いが分かるのは雪兎ですけど……それも、この状況のせいかもしれなくて」

「うん。それで?」

「その。まだ。私には判断が……」

「そっか」


 先輩は溜息のように頷いた。その一言が、私の心臓をさっきと違う意味で締め付ける。


「子津ちゃん優しいな」


 ふわりと溶けた声で、我に返った。


「まあ、そんなに重く受け止めないで。違和感あるかな、くらいでいいからさ」

「はい……」

「最初に言った通り、不安なら受け止めたげる。いつも通りで居て」


 ね、と先輩はいつも通りの笑顔で言う。

 さっきの刺すような一言なんてなかったかのように、私の緊張も抜けてしまう。


「君が最後の鍵なんだ。頼りにしてるよ、子津ちゃん」

「は、はい……っ」


 背筋を伸ばした返事は思ったより部屋に響いて。思わず両手で口を押さえる。


「別に気にすることないのに」

「いや、先輩の目の前でこんな大声とか……いや、そうじゃなくてですね」


 首を横に振って話を終わらせる。うう。なんか恥ずかしい。それでええとなんの話してたっけ。そうだ。先輩の話だ。でも、これ以上この話をすると、先輩の好きなとこ暴露大会とかいらない自爆をしてしまいそうだ。本人相手にそれはちょっと。話を変えよう。そうしよう。


「それじゃあ……気になってること、聞いてもいいですか?」

「うん」

「聞いていいのか分からないんですけど……。先輩は、どこまで覚えてましたか?」

「ん? 記憶のこと? 俺はそうだな……」


 先輩は口に手を当てて、天井を見上げる。


「目が覚めたのが2年の4月だけど……覚えてるのは体育祭くらいまでかな」


 覚えてる? と先輩は視線を私までおろす。


「子津ちゃんは1年かな。部活動対抗リレーで、助っ人の狗神が頑張ってたの」

「? ああ、なんか文化部に強いところがあったって。あれ狗神先輩だったんですね」

「そうそう。あれ。大体あの辺。狗神はそのちょっと前でさ。だから、叶ちゃんのことも知らないで」

「二人とも、初対面の状態だったんですね」

「そうそう。素直にすりゃいいのに――」

「なんでオレの話で盛り上がってんだよ」

「!」


 驚いて振り返ると、袋を持った先輩がなんとも言えない顔で入口に立っていた。

 巳山先輩は私と違って、「あ、おかえりー」なんてにこにこと手を振っている。

 雪兎と叶夜ちゃんも戻ってきて、買ってきたものをテーブルに置きに行く。


「ねえ。さっきの体育祭の狗神先輩の話? あれすごかったよ。ね。先輩」

「いや、知らねえよ……それより」


 と、狗神先輩が袋を掲げる。


「冷める前に食え」

「はいはい」

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