特殊実験対象者名簿
校長室は暗くて質のいい部屋だった。狭くはないけど小さい部屋。物が大きくて少ないから、そう見えるのかもしれない。木と埃が混じった、どこの部屋とも違う匂いがする。
木とガラスのテーブル、大きなソファー。ガラスの扉がついた本棚、トロフィーや写真が飾られた棚、広い机。
壁に貼られたプリントは何枚か床に落ちていた。天井の近くには歴代の校長先生の写真。日に焼けて色が変わってる。
「うわ、ホコリすごい」
床の絨毯を軽く蹴って咳き込むと、後ろから狗神先輩が呆れたように溜息をついた。
「跳ねるなよ」
「はぁい。あ、先輩、窓開けていい?」
「ああ」
先輩は棚を眺めている。ガラス越しに触れて、タイトルを確かめていた。
僕も反対側から見て回る。古い写真に、トロフィー。小さな金庫。開かない。特に何も見つからないまま校長先生の机まできた。
まずは窓を開けて、外の空気を吸う。うん、やっぱりしばらく開けてないと空気が違う。
机の上はきれいだった。ライト、メモ帳、電話機。ホコリが同じように積もってて、どれも長く使われてないのが分かる。電話は充電が切れていた。
引き出しを開けてみる。立て付けが悪い。鍵がひとつ出てきた。あとは僕達には関係なさそうな書類だったり、文房具だったり。書類を机の上に広げてみる。よく分からなかった。
「うーん。何もなさそう」
先輩は? と聞こうとして顔を上げると。先輩は本棚を開けて中にあるファイルを戻してるところだった。
次のファイルを取って、パラパラ見て、戻す。
「何かあった?」
隣に近寄っていくと、先輩は首を横に振った。
「沿革はあるけど、だいぶ少ねえな。そっちはどうだ」
「んー。あそこの金庫の鍵かな、って言うのは見つけたんだけど」
あれね、と指差すと先輩もそっちを見る。
小さなダイヤル式の金庫。
鍵はあっても、流石に暗証番号は分からないし、壊したりするのも難しい。
「こう言う時アナログって強いなって僕思う」
「そうだな」
手が出せないものにあれこれ言ってても仕方ないので、先輩は本棚の書類に戻っていった。僕もその隣で一緒に中身を見ていくことにする。
先輩は上の棚、僕は下の棚から少しずつ読んでは戻す、を繰り返していく。
中身は学校のお知らせのような発行物だったり、会議の議事録のようなものだったり……ずっと見ていると眠くなりそうなものが多いし、実際あくびがでた。
「先輩」
「ん?」
「今日の晩ご飯、何にしようか……」
「まだ5限目だぞ」
いいから手を動かせ、と言われた。
ちぇ、とちょっとだけ残念な気持ちでファイルを手に取ってめくる。
「あ……これ」
先輩。と、パーカーの裾を引っ張って、ファイルを差し出した。
「名簿があったよ」
「名簿?」
不思議そうな顔で受け取った先輩は、それにぱらぱらと目を通し……顔がどんどん険しくなっていく。
「先輩先輩。怖い顔になってる」
「これがならずにいられるか」
最後まで見てみろ、と返されたのを受け取って見てみる。
最初はクラスごとの名簿だった。2年生に僕やつぅちゃんの名前をみつけた。
それから、基準の分からない名簿が、第1班から11班まで。ここに名前はなくて。
一番最後。12番目。
「第十二班:特殊実験対象者名簿」
見出しにそう書いてあって。
僕達12人の名前が並んでて。
備考欄にはこうあった。
「上記12名が適性テスト合格。新規プロジェクト・Zの対象とする」
そして、名簿はその後も新しい年度で続いてる。
「――ああ、これは先輩怖い顔になっちゃうね」
ぱたんと名簿を閉じる。古い紙の臭いが顔に飛んできた。
「でも、思ったよりショックは受けてなさそう」
「ん?」
僕の言葉に一瞬不思議そうな顔をして、「そりゃあな」とため息をついた。
「あのファイル書いてあっただろ。オレ達が実験体でした、なんて別に新しいことじゃねえ」
それよりも。と先輩が僕の前にやってきてファイルをめくる。適当なページで止めて、人差し指で名前を叩く。
「問題はこっちだ」
「こっち?」
首を傾げる。何が問題なんだろう。
「オレらが特殊実験ってことは、通常の実験もあった。違うか?」
「そうだね」
先輩の眉が寄る。
「つまり、他の奴らはまた別の実験体だった。オレらがこうして最後まで残ったのは、百瀬の方針もあるだろうが、それ以上に、オレらが別枠だったってことだ」
「ああ、そっか」
特殊実験と銘打つからには、格別に気を付けて扱わなきゃならない。
運が良かった、立ち回りが上手くいった。それ以上に、運営の手のひらの上だった。
「それに」
先輩が名簿をめくる。
「卒業して行った奴らを、オレらはそうだと信じて見送ったが。実際はどうだったんだろうな」
「……」
知らない名前がたくさん載った名簿をもう一度だけ見て、閉じる。
この学校が実験施設で。生徒が実験体なら。卒業なんてできなかったとしたら。
自分達にその順番が回ってきたら――。
「……やだなあ」
ぽつりと呟いた言葉に返ってきたのは小さなため息だった。
先輩を見上げる。いつも通りの横顔……いや、ちょっとだけ険しい目で、他の資料を探し始めている。
名簿ファイルをギュッと抱く。
先輩は怖くないのかな。僕達がとっくに普通じゃなくて。何をされたのか、どうなるのか。何も分からない。なのに。
「狗神先輩はさ」
不思議に思えて、聞いてみた。
「どうしてそんな風に割り切ってられるの?」
怖くないの? と。
先輩は少しだけ困った顔で僕を見て。それから天井に視線を向けて。
「いや、別に割り切ってる訳じゃねえ」
そう答えてくれた。
どう言うことだろう、と瞬きをする。
「どうしてこうなったとか、一体何なのかとか。気にならないと言えば嘘になる」
だがな、と先輩の言葉は続く。
「オレらは何度も繰り返してることにすら気付かなかった。情報を与えられても、それを覚えてさえない。真実かどうかすら分かんねえのに、とやかく言う筋はないだろって話だ。だから――」
先輩の視線が動く。
つられてそっちを見ると、色褪せた写真があった。
全部色褪せてしまっている、校長先生たち。
これは、一体いつから増えていないのだろう?
「覚えてもない過去を振り返るなんて無駄なことしてる位なら、真実を探す。前に進む方法を探す。できることをやる。それだけだ」
「そっか……」
前に進む。それは簡単そうで、とても難しい。
それをこう言い切る先輩に、なんだか嬉しくなった。
「ふふ、先輩かっこいいね」
くすくす笑ってそう言うと、先輩は呆れたようにため息をついた。
□ ■ □
棚もそんなに大きくないし、見るべきファイルも多くない。
そろそろ見終わるかな、というところで。
足音が聞こえた。
二人ほぼ同時に入り口を見る。
ぱたぱたぱた……と廊下を駆ける、上履きの音。
巳山先輩ならもっと足音が静かだし、つぅちゃんにしては音が軽い。それなら――。
「叶夜か」
「みたい。どうしたんだろ?」
開けっ放しの入口に先輩が向かうと、息を切らせた未来ちゃんが飛び込んできた。長い髪がちょっと絡まっている。人影に未来ちゃんは足を止め、肩で息をしながら目の前の大きな影を見上げる。
「どうした」
「――っ、あ。あの」
狗神先輩にちょっとびっくりした様子だったけど、息を整えながら未来ちゃんはこう言った。
「巳山先輩が……倒れて、いて……!」




