箱庭の管理者
鍵の開いた鞄と向き合う。
一体何が入ってるんだろうか。いや、彼のメモからすると、紙の資料とUSBとタブレット端末。そのあたりだろう。開けてみる。うん、その通りだった。
タブレットは充電が切れていた。時計を確認する。まだ時間はあるから、ここで少し充電をすることにした。
タブレットを充電器に繋いで、USBはポケットにしまう。
今読むだけならこれで十分。と、紙束を手にとる。
プリントアウトしてクリップで留めただけ。そんな感じの紙束。枚数は割とある。表紙はただの白紙だけど、うっすら透けて見える文字は結構詰まっているようだった。
「楠木、ひとりで情報集めて溜め込んでたのか……」
思わずそんな言葉がこぼれた。
少しくらい話してくれても良かったんじゃないか。とも思う。
でも、これが彼の選んだ最善だったのだろう。
ブログには「相談した」という言葉があった。信じてもらえたかは分からない。
過去の自分が何人かいて、それらが日記を残していたなんて話、まともに取り合ってくれる人は居ただろうか。俺なら信じられなかったと思う。
オカルトやSFじみた話は、本やゲームで十分だ、お腹一杯だとか言うだろう。
今だって、そう受け止めざるを得ないまま過ごしてきただけで、信じているかと言われると……。だって非科学的だ。そうだろ?
そんな気持ちを抱いて、紙束に視線を落とす。
覚悟を決めろ、と楠木は遺していた。
「覚悟、なあ……」
なんの覚悟かは分からない。部長としての責務とかそんなのだろうか。
いや、部長なんて柄じゃない。人をまとめる力なんて俺にはない。
でも。楠木は覚悟を決めろと名指しで言ってきた。きっと、部長とか関係ない。俺自身に関係する話なのだろう。
それは尚のこと。
「……嫌な予感しかしないから勘弁して欲しいなあ」
ぼやいたところで止まってもいられない。深呼吸をひとつして、紙をめくった。
□ ■ □
「信憑性が高いと感じた物をまとめているけど、真偽は各自で判断してくれ」
そんな端書きで始まっていた。
そうさせてもらうよ、と頷いて目を通す。
自分たちが生きている「今」について。
俺達に与えられている端末の時間は定期的に弄ってあるらしく、今がいつかは正確には分からないとあった。
ブログの日付も、ある程度の修正は加えてあるが自信がない、とあった。特に年号は並び順だけを重視して適当に付けているらしい。俺達が普通の学生生活を送っていた時点を0週目としてカウントするとあった。
ただ「巳山ならある程度分かるかもしれない」と隅に書き込まれていた。
「どういうことだ……」
確かに、日付に関しては曖昧だ。月日は分かるけど、今が何年かという情報はほとんどない。職員室で手に入れたデータですらタイムスタンプが壊れていた。なのに、俺なら分かるとは。
首を傾げつつ、次を読む。
学校について。
三枝高校は廃校になっている。
俺達のような「生徒」が存在する以上、学校という形だけを残して運用されている。
元々そういう仮説を立てて調査をしていたらしい。だが、「ネットワークは外部に繋がらない。なんとか接続できても、辿り着けない情報が多い。トリくんにも協力をしてもらったが、情報収集は困難を極めた」とあった。
そんな中、一度だけ外部にコンタクトを取ることができたらしい。
その相手は、これ以上の介入はしないと明言しながらも、この学校の現状を記した少しの資料とカードキーを提供してくれた。
「なるほど。これ、どっから手に入れたんだと思ってたけど。……それにしても」
この相手とは誰だろう。これまでの記録にも一切なく、唐突に現れて消えた。
俺達の味方なんだろうか? それとも施設側の人間。はたまた……。
いや。可能性は色々あるけど、ここで考えても仕方ない。読み進めることにする。
生徒達の体調不良のこと。
楠木のカウントに従うなら0週目の出来事。これも関係がある話らしい。
裏山の水源。噂通り、あそこがそもそもの原因のようだ。
夏の水道工事以降、ある程度落ち着いたが、学校の運営は原因を探るために研究施設を新設したという。
運営は、水が体調不良を引き起こしたと考えたらしい。
研究が進むことで何か発見があったのだろう、水を有効利用しようという方向に転換したようだった。
主に薬への転用、身体能力の向上に利用できるとして、臨床実験を行なっているらしい。
「あくまで「らしい」が必須の噂だが。僕達の現状と照らし合わせると、信憑性は増すんじゃないかと思う」
そんな言葉で、この項目は締められていた。
「臨床実験、か」
その系統の話は、俺の入学当時から細々と語られていた。
学校の怪談のようなものだ。元々ここは大きな療養所で、入院患者を使って……みたいな。隣の大学に看護や薬学系の学部があったのも手伝ってのことだろう。
当時は冗談だと笑い飛ばして相手にしなかったけど。
今ここでその話は笑えない。
学校の運営について。
今も当時と変わらず12人の理事会で運営されているが、組織の内部は大きく変わっていると、楠木は考えていたらしい。
理由は水の調査にある。
めくると、雑誌か何かの切り抜きのようなものがコピーされていた。
とある製薬会社が、地方の一部地域を丸ごと研究施設にするという記事だった。
「……」
天井を仰いで、大きく息をついた。
覚悟ってこう言うことか。
胸が苦しい。呼吸を忘れていた。小さく吐いて、吸って。大きく吐く。
頭の中で情報が組み合わさっていく。
学校の運営内容の変化。カリキュラムの変更。
施設の改築、セキュリティの強化。
俺達の身体にあるという、動物の因子。
「……」
山の水質変化。その調査と研究。
薬への転用。臨床実験。
小さな学校を研究――いや、実験施設にする。
そのために、運営組織や学校が、丸ごと買収されていたら。
巨大な研究施設、実験施設として機能していたら。
そう言うことができるのか。という疑念はある。
あるが……。
「蛇は、水を得た……」
思わず握り潰したメモを思い出す。
そういうことだろう。この予想は、きっと外れていない。
ああ、頭が痛い。
腹を決めて、資料に戻る。続きに目を通す。
次のページにあったのも雑誌の切り抜きだった。
教育施設を含む町一帯を研究施設と一体化することで、職員に寄り添い、生活に余裕を持たせるとか、そんな内容が見出しから読み取れた。
写真も載っている。オーダーメイドらしいスーツを着こなした、初老にさしかかるくらいの男性。インタビュー中の1枚なのだろう。切れ長の目を柔らかく細め、人当たり良さげな笑みで、何かを語るような仕草をしている。
その写真の下には、彼の名前があった。
アトル製薬社長 巳山千歳
「――」
普段使わないような言葉で思わず毒づいた。
逃げ道がないほどの証拠だった。
ああ。楠木はなんてものを黙っててくれたんだ。
どんな目で、俺を見ていたんだ。
誰もいない部屋なのに、誰かに見られているような気がして。
暖房は効いているはずなのに、ひどく寒い気がした。
□ ■ □
アトル製薬は、業界では名の知れた会社だ。
製薬会社としては大きく、薬の製造や卸しだけじゃなく、研究所などもいくつか所有している。
いわゆる同族経営。要は、巳山家が経営する会社だ。
しかし、学校運営に関わってるという話はなかったと思う。
そもそも俺は、家に関わりたくないからこの学校を選んだはずだ。
なのに、この名前を目にするなんて――。
「……もしかして」
ふと閃いた考えに、心臓が跳ねた。冷や汗が流れる。
視界が眩んで、持っている資料の文字が歪む。
「俺が居たせいで、見つかった……?」
水源の一件が突然変異とか、そんな偶然の出来事だったとしても。
俺が居たから、情報がいち早く察知された。
保護者の――会社の、知るところとなった。
人体に影響を与える未知の水。
毒もうまく使えば薬になる。
飛びつかない理由がない。
「……」
部員達は被害者だ。
俺がすべての元凶だ。
俺が逃げたから、ここが見つかって。
俺は逃げたから、何も告げられずに利用された。
「――くそ、全部……」
紙束を持つ手が濡れた。
呼吸を整えて、頬を拭う。
ああ。俺が悪いのだろう。
死ぬほど運が悪かったのだろう。
だから。
俺は、責任を取らないといけない。
この箱庭を、終わらせないといけないんだ。
ああ。そんなヤツが、部長だなんて。
まったく、笑えない。




