彼が俺に遺したもの
彼の部屋は、入口から無機質だった。
空気清浄機だろうか。僅かに空気の流れを感じる。
「……それじゃあ、お邪魔しますよ」
誰にともなく声をかけて、玄関にあったスリッパを拝借した。
家具が少ない部屋だった。
ベッドと、机と、金属のラック。ラックにはいくつかの機械と本。机にはディスプレイが2つ。薄いワイヤレスキーボードとマウス。教科書に混ざって技術的な本が何冊か積んである。
ベッドの枕元には充電ケーブルが散らばっていて、どっちがメインの生活スペースだったのかをなんとなく知る。
「さて……この部屋に何があるんだろうな」
何度か来た事がある、程度の部屋。どこに何があるか……うーん。分かるかもしれない。それくらい物が少ないと言うか、まとまってる。彼のことだから、目に見えないところに多くのものを持っている気はするけど。
持ってきたノートパソコンを机の上に置いて、部屋にある方のパソコンの電源を入れてみる。
ユーザー名は自動で入力されていた。
「パスワードは……ええと?」
ヒントを見て、ノートパソコンを起動する。
開きっぱなしのウインドウを最小化して、必要な情報を確認。入力する。
起動を待ちながら、小さく収まったアイコンに視線を落とす。
□ ■ □
昨夜、俺が見つけたのはブログだった。
ネットには繋がってないのに表示されてるそれは、楠木が作ったものらしい。暖色系でまとめられているのに飾り気は少なく、シンプルでよくあるデザイン。
淡々と文句ありげに綴られたゴシック体には、楠木の少々気難しそうな横顔が見えるようだった。
と、微笑ましく言ってみたが、内容は微笑ましくもなんともない。
表向きはパソコン部の活動記録。更新は週に二度くらい。
内容は作ったアプリの概要や、その管理、アイディアなどの記録と、所感が言葉少なに綴られている。
その中に、仕掛けが施されていた。
以前、楠木がそんな話をしていたのを思い出したので解いてみる。要求される情報を入力して辿り着いたのは、少しだけ異なった色合いのブログ。
それもやはり活動記録だった。
ただ。
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05/20
新学期が始まって2ヶ月。
体育祭も終わり、文化部としての活動も本腰を入れられる。
まったく、部活動対抗リレーなんて誰が考えたんだ。
文化部が走る理由もないし、運動部の独壇場になるのが見えてるじゃないか。
5組の狗神が助っ人に入った部が上位に食い込んだが、文化部の活躍とは言い難い。
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体育祭。その単語に目が止まった。
狗神が5組だったのは2年の時。つまり去年だ。体育祭はあった。
けれども。
狗神が文化部の助っ人をしたのは去年ではなかった。
そんなこともあったなと思うけど、去年の記憶じゃない。
つまりこれは。この日記は。
俺達が記憶している過去――目覚める前の日々の記録だ。
なんだかとても懐かしい。けれども遠い日々に、胸が苦しくなる。
こんなに当たり前の学生生活があったんだよな、と記録に目を通す。
6月。体調不良の生徒が増えてきた。
8月。水道工事があった。水道水は飲み水にしないようにと言われた。
俺の記憶と変わらない状況が、部の活動記録と合わせて順番に綴られていく。
10月。体調不良の原因についての噂があった。
この地域の水を賄っている水源地に何かあったのではないかという話だ。
楠木はそれを「オカルティックで根も葉もない噂」と切り捨てつつも、いつかは陰謀論に成長するかもしれない、なんて楽しみにしている節もある。
そういう話が好きだったのだろうか。
冬。水源を含む裏山の立ち入り禁止。新しい施設の建設。学校運営側の対応。
そして学年が上がって春、夏、秋……。
12月。
大学と連携した教育の強化を図るらしい。参加してみないかという打診があった。
分野については問わないらしい。面白そうなのでエントリーすることにした。
「……なんだっけこれ」
この辺りになると俺も記憶はない。少し嫌な予感がして、他の情報がないか読み進める。
残念ながらそれ以上の記録はなく、卒業を待たずに途切れ。
また、綴られる。
他愛ない日常、変わりない活動内容。
始まりも1年から3年まで幅広いし、大体卒業を待たずに終わるけど。
楠木は変わらぬ言葉で淡々と綴っていき、時折、過去の記録に気付く。
その度に、彼なりに整理してきたらしい。誰かに相談したり。しなかったり。時にはこの記録が、自分の記憶が本物なのかすら疑いながら、考察を重ねていた。
誰かが転入してきた、退学した。
時にはストレートに、死んだという記述も増えていく。
その内容は、同学年や彼の身近にいる人物に限られていたけど、俺達に与えられた情報とは少し異なっていた。というか、あれよりも人数が多い。やはり、本の記録はただの抜粋で、全てが書かれている訳じゃないらしい。
現実はもっと凄惨だったのかもしれない。なんて思いながら読み進めると、自分の名前があったりする。
ああ、過去の俺はこの季節に死んだんだ、と本とはまた違った形で突きつけられた。不思議というか、複雑というか。思わず自分の鼓動を確かめた。
――この記録が残っていたのは奇跡に近いのだろう。
彼はそう綴っていた。
――もし、記録をPCだけに残してたなら、きっと跡形も残らなかっただろう。
組み立てた小さなバックアップマシンは机の奥で誰にも気付かれないまま眠り、時折僕自身の手で発見される。
その都度、保存媒体を新しくして整理、保存しているが――
何度も繰り返されている高校生活。
身体の弱い僕には到底合わないカリキュラム。
記憶の混濁、欠落。
不自然なほどの退学者と転入生。
所属していることに疑問すら抱かないこともある、部活動。
それらの記録を。
――一体、誰が信じるっていうんだ。
俺が読んだのは、そこまでだった。
手が冷えて。胸が痛くて。息が詰まって。読めなかった。
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あれの続きも読まなきゃな、と考えている間にパソコンはしっかり起動を終えていた。デスクトップは割と整理されているけど、フォルダやファイルをひとつひとつ見ていく暇はない。
全部コピーしていくかな、と、ディスプレイを眺めると、離れたところにひとつだけぽつんとメモが置いてあるのを見つけた。
なんだか意味ありげに感じて、開いてみる。どこかへのリンクだけがあった。
クリックする。学籍番号を求められた。
入力をすると、テキストがひとつ開いた。
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巳山部長
ここまで来たということは、ある程度状況が進んだんだろう。
僕が居ないということは、そういうことだろう。うん。想定内だ。
残念ではあるけどね。
鳳が居るなら、彼にも話を聞くといい。
僕の記録も見つけただろうか。ノートPCのブラウザを起動したら読めるから、是非目を通しといて欲しい。君なら隠しているページも見つけられるはずだ。
このPCに大した情報は残ってないから安心していい。
僕の開発メモや雑記だけだ。必要な情報はまとめてある。
パソコン室で鍵を見つけたのなら。引き出しにある物を持っていってくれ。
ロックはかけてあるけど、君にあげた鍵で開くはずだ。
紙でも用意してあるし、USBと携帯にも同じデータが入ってる。好きなのを選んで読んで欲しい。
君には結構辛い内容だと思う。覚悟を決めて開けるといい。
まあ。頑張れ。
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「最後の一言が軽いなあ……」
楠木なりの気遣いだろうか。溜息をついてメモ帳を閉じる。
彼が残した情報。あのノートパソコン以外に何があると言うのか。
とりあえず引き出しを見てみる。一番下に鍵付きのものがある。
小さな鍵穴。サイズ的に丁度良さそうな、パソコン室で見つけた鍵を入れてみると、難なく開いた。
その中には小さな鞄。これも鍵がかかっているけど、鍵穴はない。
「俺にあげた鍵……これか?」
カードキーを取り出す。楠木が以前改造し、「部長の権限だ」とくれたものだ。
普段使うことはないんだけど、学生証より少しだけ使える範囲が広い。これがあるから、こうして本来なら入れない他の寮にも入ることができる、ありがたい代物だ。
これがまさか使える? と、半信半疑で鍵の近くへかざす。小さな電子音と、かちん、という音がした。
「……マジかよ」
どんだけ仕込んでるんだ。と思わず声が漏れた。




