遺された挑戦状
日課を終えて、狗神と二人でパソコン室にきた。
パソコン室は、昨日と変わらず誰もいない。
静かに並ぶ液晶ディスプレイは俺達に馴染みのある形をしている。
職員室の設備を思い出す。きっとそっちの方今のデフォルトなのだろう。明らかに差がある。
この学校は、生徒に何を隠そうとしていたんだろう。そんなことを考える。
調べるのは一カ所だ。真っ直ぐ準備室に入って、突き当たりの本棚に向き合う。
メタルラックに詰まった本を取り出し、その後ろにあったドアをなんとか開けると、その先は生徒会室の倉庫に繋がってるようだった。
念のため狗神に生徒会室から入ってもらう。間違いない。
結論としては、収穫なし。
どかした物を元に戻していると、狗神が戻ってきた。
「放っといても良いんじゃねえの?」
「そうかもだけどね」
なんとなくさ、と片付ける。
狗神はその間、手持ち無沙汰だったのか、周りのロッカーを開けて回って。
いくつか開けたロッカーで、狗神の動きが止まった。
「ん? 何かあった?」
「いや」
そう言いながら少し分厚い本を取り出す。他の本棚に残っていた技術書と変わらない。
ぱらぱらと見て。戻して。その下にあったノートを引っ張り出すと。
きん、と小さな音を立てて何かが落ちてきた。
足元に落ちたそれを2人で見下ろす。
「鍵だな」
「鍵だね」
拾い上げる。小さな鍵だ。このロッカーの鍵だろうか。いや、ロッカーの鍵をその中に入れてしまっては意味がない。
じゃあ、この鍵はどうしてこんなところに入っているのだろう?
首を傾げている間に、狗神は取り出したノートを捲って、挟まれていた紙切れを取り出した。
ノートに挟まれていたから、汚れはない。色褪せたりもしてない。ただ、インクは多少滲んでいるらしい、紙の裏に紫色の染みが見えた。
中に何かが書かれているのだろう。狗神が片手で器用に開いて、眉間にシワを寄せた。
「……百瀬」
「うん?」
ぴら、と俺の目の前にそのメモをかざす。
「お前宛だ」
「は?」
読め、と言わんばかりにメモが揺れる。
部長へ
君もこの情報に触れる覚悟をするべきだと思うので、遺しておく
そんな宛て書きと寮の部屋番号が、さらさらと流れるようで、止めだけがハッキリとした字で書かれていた。
「――」
この字には、見覚えがある。
メモを狗神の手から抜き取って、ロッカーと見比べる。
ロッカーに記名はないから比較はできないけど、間違いない。
「楠木の字だ」
寮の部屋番号も彼のものだ。間違いないだろう。
「楠木か、なんでこんなとこに残してんだ」
「分かんないけど。これ、寮の部屋に何か残してある、ってこと?」
「だろうな」
意識をメモに戻す。文面はもう少し続いていた。
全ては、蛇が水を得たから。
それが、間違いの始まりだ。
「…………」
ぐしゃ、と音がした。
「百瀬」
「……あ。ああ。ごめんごめん」
あははと笑って、思わず握り潰したメモを広げる。
「蛇だからか」
「まあ、そんなとこ」
「水ってなんだ?」
「さあ。何かの例えかな」
狗神の質問は直球だったけど、それがあまり気負わなくていい距離感で、返事も同じくらいの軽さでできた。
そうか、という呟きと同時に、ひょいと俺の手からシワになったメモが取り上げられた。代わりに鍵がねじ込まれる。メモは狗神の手でそれは畳まれ、胸ポケットにしまわれた。
「こっちは預かっとく。あんま気に病むな」
次行くぞ、と狗神はさっさと歩いていく。
うん、となんとか頷いた声は、自分でも分かるくらい小さかった。
□ ■ □
俺と狗神はそのまま他の部屋の鍵を見て回る。
校長室は、物理タイプの鍵。
図書室は、マスターキーと図書委員の学生証。
そんな感じだ。これなら二手に分かれても大丈夫だろう。
なんて話しながら、部室へと戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
戻ると子津ちゃんが、ぱっと顔を上げて返事をしてくれた。
峰君もちょっと眠そうな目だけど、パソコンから顔を上げて「おかえりー」と声を重ねる。
「叶ちゃんは?」
「休憩にしようかって、お茶を入れてくれてます」
「そうか。じゃあ、戻ってきたら軽く報告しようか」
そう言う後ろから狗神が入ってきて、給湯室に歩いて行った。
「あ。狗神。俺のお茶頼んでいい?」
「ん」
適当な返事と共に狗神は奥へ姿を消す――と思いきや、少し手前で足を止めた。
「叶夜」
「はいっ」
奥から小さな返事。狗神はそれ以上近づかずに声を投げる。
「ポットの中、残ってるか?」
「は、はい……っ。あの、お茶、淹れますか?」
「いや、あるならいい」
そんなやりとりを終え、こっちに戻る――と思いきや、狗神は給湯室の入り口に顔を突っ込んだ。
そこで何か一言二言交わし、今度こそ戻ってきて、ぼすん、と雑にソファへと沈む。目を閉じてため息。眉間にシワが寄っている。
「百瀬」
「何?」
「やっぱりお前が淹れろ」
「はいはい」
□ ■ □
お茶が揃ったところで、軽く情報共有をした。
残った部屋の鍵も開いたこと。午後は手分けして部屋を調査できそうだと言うこと。
誰がどこに行くかも朝決めた通りだけど。
俺は若くんの私物回収や仮眠も兼ねて、部室に残ることにした。
パソコン室は特に何も見つからなかった、と話した。
あのメモが俺宛だったと言うのもあるけど。
なんか、言う気になれなかった。
その後は、後輩達が見つけた情報の詳細を聞き。昼食を食べ。ささやかな昼休みを過ごす。
子津ちゃんは叶ちゃんと話をしていて。
峰くんはそんな二人に相槌をうって。
狗神はソファで携帯をいじって。
俺は温かい飲み物を片手に、ため息を飲み込む。
あのメモは一体何なのか。
どうして楠木はあんなところに言葉を遺したのか。
その答えはきっと、示された場所にあるのだろう。
嫌な予感しかしない。
昼休みもそうやってぼんやりしているうちに終わった。
女子二人は図書室へ。
男子二人は校長室へ。
いってらしゃいと見送って、一人きりになった部室。
向き合うのは、一台のノートパソコン。
蓋を撫でる。滑らかな感触が指先に冷たい。
「――ん」
これは、持っていった方がいいような気がした。
だってパソコン部部長からの挑戦状だ。きっとこいつは役に立つ。
端まで指を滑らせて、持ち上げる。
「覚悟を決めろ、か」
一体何があるんだよ、とパソコンを抱えてぼやく。
俺はこの箱庭の真実と終わりを求めている。
どうして俺達は集められたのか。
どうして何度も死んで。今こうして生き残ってるのか。
猫の目的はなんなのか。
きっと、部員達もそうだ。
そして俺は部長なんだから。
その理由が、理由につながる一手が、手に入るなら。
「少しは頑張らないとなあ……」
よしいくか。と気合とパソコンを持ち直し。部室を後にした。
なんとなく、筆跡は全員分設定があります。




