新しく拓けた道
ご飯を買って部室に戻ると、先輩達が話をしていた。
「ただいまでーす」
「戻りました」
元気に入っていく雪兎とのんびりペースな牛若君に続いて部屋に入る。
先輩達はとっくに食べ終わったらしく、狗神先輩の前にはパンの空袋が結んでまとめてあって。巳山先輩は紙パックのお茶を飲んでいた。
おかえり、という先輩の言葉にぺこりと頭を下げて席に着く。
「で。百瀬」
「ん?」
狗神先輩の方に顔を向けた巳山先輩は、言いたいことを汲み取ったらしく「まあ落ち着こうよ」と笑った。
「言いたいことは分かるし、落ち着いてられないんだろうってのも分かるけどさ。後輩達の昼飯くらい待ってやってもいいんじゃない?」
「……」
狗神先輩がむっと口を結んで、はいはいと言いたげに溜息をついた。
「食い終わったら話すからな」
「おぉ。珍しく釘刺してくるじゃん?」
「お前はよく「これが終わるまで」を繰り返して結局後回しにするからな」
「あはは……そんなこともあるある」
軽く笑って紙パックを潰す先輩に鋭い視線が刺さる。先輩はそれを穏やかに受け止めて、「わかってるって」と目を細めた。
「別にな。俺だってなんでもかんでも先延ばしにするわけじゃないよ」
本当かよ、という狗神先輩の疑わしげな声に、ほんとほんと、と巳山先輩は軽く返す。
「準備ができたらちゃんとするさ」
ね。と笑う巳山先輩に狗神先輩は何も言わず、ただ息を深くついて椅子に背中を預けた。巳山先輩もそれを見て小さく息をつく。
と、言うわけで。と巳山先輩の視線がこっちを向いた。
「狗神がごめんな。急かす訳じゃないけど、食後に話をしよう」
「はーい」
雪兎がストロー片手に返事をして。叶夜ちゃんもはい、と小さく頷く。
牛若君と私もはい、と答えて箸を割った。
話とは。多分、朝から話題に上がっていたことだろう。
職員室に行くかどうか。行くなら誰が行くのか。学生証をどうするか。
全員で行くのかもしれないし、誰かが代表になって行くのかもしれない。
さっき話していたことを思い出して、叶夜ちゃんをちらりと見る。
彼女は表情を少しだけ硬くして、サンドイッチの角をかじっていた。
□ ■ □
部室の時計が1時を過ぎる頃。
みんな席について話が始まるのを待っていた。
「揃ったね。っていう程でもないんだけど。じゃあ早速話をしよう」
巳山先輩がホワイトボード前の席について話し始めた。
「現状。俺達は手詰まりに近かった」
そう言いながら両手を組む。
「けど、子津ちゃんが目を覚ましたことで、部員全員が揃った。だから、次の段階へ進めるんじゃないかって考えてる」
つまり職員室や図書室の解放だ。と先輩は続けた。
「4人は知ってるよな。準備室や倉庫みたいな教師がメインで使う部屋って、大体セキュリティが強化されてる。それもキーだけじゃなくて物理的にもだ」
物理的に?
私が首を傾げたのに気付いた雪兎が「そうなんだよ」と答えてくれた。
「シャッター閉まってたり、監視カメラとかセンサーと連動して、警報装置が作動したりするの」
「へえ……」
警報装置だけならいいんじゃないかなと思ったけど、そうではないらしく。
「それで怪我しちゃったりすることもあるから、気をつけてね」
と、付け足された。
相当厳重になっているらしい。実感はないけど、雪兎の声にいつもの跳ねる感じがなくて、警戒心の強さを感じる。
うん、と頷いて先輩の話に戻る。
「まあ、新しい部屋に行けたとして、そこで実際どうなるかは分からない。とりあえず、午後は俺と叶ちゃんで様子を見てこようと思う」
先輩の声に、叶夜ちゃんの背中がぴっと伸びたように見えた。
名指しされたことに驚いた、という感じはない。どっちかというと呼ばれるのが分かっていた故の緊張に見えた。
ああ、彼女もこの学校で過ごしてきたんだ。と私との差をなんとなく感じる。
危険を察知する能力が高いと言っていたから、こうして一緒に調査に行くことだってよくあるんだろう。
新しいものを見つけて、今まであったものを失って。
それでも前に進まなきゃいけなくて。
「……」
そこには、さっき不安に泣いていた叶夜ちゃんはいなかった。
じっと見られていることに気付いたのか、視線がこっちを向く。
私はよっぽど心配そうな顔をしていたのだろう。大丈夫ですよ、と言うように彼女は笑った。
「今日はとりあえず解錠と室内の配置確認だけ。本格的な調査はその後――明日くらいかな。全員でやるつもり。あとは普通に見回りして戻ってくるよ。夕方には報告できると思う」
「それじゃあ、他の人は?」
雪兎がはーいと手を上げて質問を投げる。
「いつものように見回り?」
「そうだね。学生証は預かるつもりだから、あちこちは行けないだろうけど。あ。狗神と若君は寝てろよ?」
「ああ」
短く答える狗神先輩と、こくんと頷く牛若君。
どうしてだろうと思っていると、「2人は、夜当番だったんです」と叶夜ちゃんが教えてくれた。
「夜……」
言葉から察することしかできないけど、夜通し起きてたのかもしれない。
2人の様子を伺ってみる。狗神先輩は変わりなさそうだけど、牛若君は眠そうと言うか疲れてるように見えた。
よくよく考えたら。昨日、牛若君は私達と一緒に寮に戻らなかったし、巳山先輩は狗神先輩に「おはよう」とは言ってなかった気がする。
それはつまり。寮に戻らず部室にずっと居たってことだ。
あれ。もしかして私以上に寝た方がいい人だったのでは? という疑問が湧く、きっと、午前中は私が寝てたから寝られなかったんだ。そう考えると、ちょっと申し訳ない気持ちが……なんて考えていると。
「子津。余計なこと考えんな」
「……はい」
狗神先輩に突っ込まれてしまった。
いや、寝不足の心配は別に余計ではないような……とも思うんだけど、先輩からするといらない物なのかもしれない。ううん。そうなのかなあ。
「先輩素直じゃないなあ」
雪兎がぽそっとつぶやき、「じゃあ、僕はつぅちゃんと見回りだね」と話題を戻した。
「そうだね。お願いしたよ」
頷く巳山先輩に「はあい」と元気よく返事をした雪兎は、私の方をひょこりと覗き込むように身体を傾け、にこりと笑った。
「大丈夫。見回りって学校内ぐるっと回るだけだから」
「うん」
「学校案内だと思って。早めに戻ってきて2人の寝顔見よう」
「う、うん?」
思わず頷いちゃったけど、それは少し怖い気もする。特に狗神先輩。
先輩の方をちらっと見てみると、前髪と眼鏡の隙間から何か言いたげな視線がこっちを向いていた。
うん、ばっちりバレてる。後で雪兎は止めとこう、とこっそり決意した。
雪兎は怖いもの知らずなところがある。