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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
2:十二支部の活動
15/32

彼女の怖いもの

「すみません……」

 落ち着いた叶夜ちゃんは、目をこすりながらそう言った。

「本当は、学生証も渡すことになると思うんです。それが、大事な鍵だって、分かってます。きっと。良いことにも繋がると、思うんです」

 でも、と小さな声をこくりと飲み込んで、ふるふると首を横に振った。

「怖がっていいと思うよ。不安なのはみんな一緒だろうし」

 いいんだよ、と笑うと彼女も少しだけ口の端を緩めてくれた。

「それに、先輩達もその辺りは考えてると思うんだ」

「?」

 叶夜ちゃんの首がこてん、と傾く。

「確かに、いつかはその部屋を開けなきゃいけないかもしれない。急がなくちゃいけない話なのも確かだと思うんだけど……でも、叶夜ちゃんを危険な目にあわせたりしないと思う」

「そう、ですか?」

 不思議そうな彼女に、私は頷く。

「うん。むしろ結構心配されてるって言うか、危ない目にあわないよう、気にしてくれてると思うよ」

 今朝、一人でやってきた私に狗神先輩がかけた言葉も、考えようによってはそうかもしれない。

「だってほら、狗神先輩とかさ――」

 と、先輩の名前を出した瞬間、彼女の表情が固まった。

 その目はさっきのような深い不安とは違う色をしている。

「あ。えっと……?」

 なんかダメな話だった? 叶夜ちゃんの顔色を伺う。

「狗神先輩は、こわい、です」

「怖い」

 思わず繰り返す。

 こくりと頷かれた。

「先輩は。力が強くて。目も、怖くて」

「うん」

「わたし、こんなだから。多分、嫌われていて」

「えっ」

 思わず出た声に、叶夜ちゃんはぱちりと瞬きをした。どうして私が声を上げたのか分からない。そんな顔だ。

「えっと。ええとね……。嫌ってるってことは、ないと。思うんだ?」

「……先輩達も、そう言ってくれますが」

「でしょう? 特に巳山先輩なんかはさ、狗神先輩の事よく知ってるから。間違いないと思うよ」

 そうでしょうか。と叶夜ちゃんは表情を陰らせている。

「ええと……」

 これはきっちりフォローしておかなくてはならない。そんな気がした。


 ここ2日で見た狗神先輩は、叶夜ちゃんをよく見ていた。彼女を怖がらせた自分にイライラしていたと牛若君も言ってたし、私もそんな気はする。

 私の知ってる狗神先輩を思い出す。

 正直、私と先輩の面識はほとんどない。ほぼゼロと言ってもいい。けど、知ってる限りだと。目つきが怖くて。口調や仕草がちょっと乱暴で。ちょっと……うん、ちょっと近寄りがたい雰囲気で。

 あれ。やばい、こうして並べるとフォローが難しいぞ……?

 いやいや。一見怖がられがちだけど、面倒見はいいらしいと聞いている。特に、叶夜ちゃんの事になると分かりやすいと、巳山先輩は。私の記憶にある巳山先輩は言っていた。今はちょっと違うと言われたけど、さすがに性格とかに大きな変化は出ないんじゃないかな?

 叶夜ちゃんだって、人見知りをしがちだけど先輩を怖がってる様子はなかった。というか、むしろ懐いてる方だったと思う。

 二人が出会ったのは、体育祭だったと聞いてる。怪我をした叶夜ちゃんを保健室まで連れて行ってくれたらしい。もしやそのイベントがなかったから? いや、それでも機会はたくさんあったはずだ。ということは。この状況が長引いているのは、意図的か不幸な事故。そんな気がする。

 けど。そうだと仮定した場合。叶夜ちゃんの誤解を解かない理由ってなんだろう? そこは先輩に聞かないと分からない。聞く勇気はない。


 どうしたもんか、と考える。

 そもそもこういうのって、下手に口を出しちゃいけないだろうし、私の知ってるむかしのことを話して今の人間関係を崩してしまってもいけないような気がする。

 けど、二人をこのままにしておくのもどうか、とも思う。

 せっかくの仲間なのに、それで距離を取るのも良くないし。


「あの。狗神先輩はね。……えっと。私の知ってる、って前置きがついちゃうんだけど」

 まとまらないまま始めた話に、叶夜ちゃんはこくりと素直に頷た。

「不器用な人なんだって」

「不器用……」

 ぱちりと瞬いて、私の言葉を受け止めようとする。

「狗神先輩は、何でもできる、と思ってました」

「そうだね。多分、運動とか得意だったと思う」

 時々部活の助っ人を頼まれていると聞いた事があるし、あいつ頭はいいんだよなと巳山先輩がぼやいていたのも見たことがある。

 思ったより色々できる人なのでは? って感想がよぎったのは置いといて。

「でもね。人に対してはすごく不器用らしいんだ」

「……」

「狗神先輩は、人のことをよく見てて、手助けするのが好きなんだって」

「手助け……」

 ぽつりと繰り返した叶夜ちゃんの言葉に頷く。

「運動部の助っ人よくやってるし、困ってたらすぐに気付いてくれる。面倒見もいい。けど、先輩無愛想だし、咄嗟に出る言葉も少なめで、感情を上手く伝えられない。だから、怖がられたり、避けられたりすることも多いみたい」

「……」

「でも、ちゃんと向き合えば優しいし、言葉も怖いだけじゃない。少なくても、色んな事を考えて接してくれる人だって。そう、聞いた事があるよ」

 この話のほとんどは、叶夜ちゃんから聞いたことだった。

 それはそれは嬉しそうな顔で話してくれて、狗神先輩に嫉妬するところだった。泣かせたら巳山先輩に言いつけてやろう。そう心に誓ったのは先月くらいの話だったと思う。

 叶夜ちゃんは神妙な顔で聞いている。

「確かに目つきとか雰囲気は怖いけどね。大丈夫、怖い人じゃないよ。ほら、巳山先輩と一緒に居る時とか見てると分かるかも。仲良さそうだし?」

「……うぅ。そう、ですね……?」

 叶夜ちゃんがむむむと考え込んでいる。心当たりはありそうだ。それならもう一押しすれば、少し前進するかもしれない。

「きっと叶夜ちゃんが先輩を怖がってるのは、今話してくれた特性のせいだと思うんだ」

 そう。特性だ。牛若君も言ってたし、狗神先輩も気付いてるはずだ。

「多分だけど、狗神先輩の雰囲気とか目つきとか。そう言うのを過剰に察知してるのかも」

「はい……」

「意識して改善できるかって言われると、分からないけど。でも、ちょっとだけさ、怖いって目をつぶるんじゃなくて。しっかり見るようにすると、いつも見えなかったものが見えるようになるかもよ」

「……」

「無理にとは言わないけど、私はできるだけみんなが仲良くしてくれる方が嬉しいからさ。叶夜ちゃんも狗神先輩と仲良くなれたらいいなって思ってるよ」

「そう、ですね。……がんばり、ます」

 まだ少し残ってるものはあるようだけど、叶夜ちゃんはこくりと頷いてくれた。

「うふふ、叶夜ちゃんは素直さんだねえ」

 思わず頬を緩めてそう言うと、彼女は「え? そう、ですか?」と、きょとんとした顔で私を見た。

「うん。私、叶夜ちゃんのそういう所好きだよ。そのままで居て欲しいな」

 私の言葉に、彼女の頬がほんのり染まる。さっきまで色んなものに怖がってたけど、それが少しだけ和らいだ顔になった。口の端も僅かに緩んでいる。

 ちょっと照れたその顔が可愛くて、私は思わず頭を撫でる。さらさらの髪の毛が私の指先を流れていく。

「何かあったら力になるよ。……って、私の方が頼りないけどね」

 そう言って笑ってみると、叶夜ちゃんもふわっとした笑顔を見せてくれた。

「いえ。紬先輩。話、聞いてくれて……ありがとう、ございます」


 叶夜ちゃんとこのまま話を続けていたかったけど、話が一旦落ち着いたところで「少し眠ったほうがいいですよ」と言われてしまった。

 大丈夫だと思うんだけど、と言ってみたものの、毛布はいい感じに温まってきて、このまま目を閉じれば少しは眠れる気もする。

 叶夜ちゃんもそれに気付いているんだろう。

「先輩、声が眠そうですから」

「うぅ。隠し事はできないねえ」

 そんな風に言われると強がってはいられない。言葉に甘えて素直に眠らせてもらうことにした。


 うとうとしながら、叶夜ちゃんが勉強している音を聞いていた。

 眠りに落ちると色々思い出しそうになるけど、聞こえてくる音に意識を向ける。誰かが隣に居てくれる、大丈夫、と言い聞かせる。

 かりかりと小さな、でも確かな跡を刻んでいる音。

 きっと先輩達がやっていることもそうなんだろう。

 分からない何かに、分からないなりに立ち向かう。

 私にも、何かできるのかな。そもそも、私は何ができるんだろう。私の特性ってなんだろう。

 本には過去の物しか書いてなかった。覚えてる内容を思い出す限り、名前に関わりのある動物の何か。それならネズミか。ネズミの特性ってなんだろう。


 時々ページをめくる音がする。意識が少しずつ遠くなる。

 私達って、なんなんだろう。

 猫は、全てを終わらせて何をしたいんだろう。

 分からないな、って思っているうちに、私の意識はふわふわと落ちていった。

叶夜ちゃんは、色んな物が怖い。今は特に狗神先輩が怖い。

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