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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
2:十二支部の活動
14/32

二人の部室

 部室に戻った私と叶夜ちゃん。二人並んで椅子に座る。

「えっと。手入れの方法を教えてもらわなきゃいけないんだっけ」

「はい」

「初心者すぎて覚えられるか心配なんだけど……」

「大丈夫です。わたしも、最初はそうでしたから」

 頷いた叶夜ちゃんは、部室のロッカーから小さな箱を持ってきた。

「それなに?」

「お手入れのセットです。使ったら、これで手入れをします」

 そう言って彼女は自分の銃を分解しながら、掃除の手順とかを教えてくれる。それをノートにメモしていくにつれ、彼女の銃はいくつかの部品に分けられて、元の形に戻っていった。

「こんな感じです。紬先輩のも、今日は、わたしがやってみますね」

「うん」

 お願いしますと渡して、作業を見せてもらう。手順そのものは変わらないらしく、あっという間に終わってしまった。

 口調はいつもと変わらないのに、いつもより真剣な横顔は、彼女がここで過ごしてきた時間を感じさせる。きっと色々あったんだろうな、なんて思っていると「これで終わり、です」と銃が戻ってきた。

「分からないこともあると思いますが、たくさん触っていれば、慣れると思います」

「うん。ありがとう」


 道具の片付けまで終えて時計を見ると、お昼までまだ時間があった。

 まだ誰も戻ってこない。

「みんな遅いね」

「多分、そのまま見回りに行ってるんだと、思います」

 ロッカールームから戻ってきた叶夜ちゃんはそう答えた。

「見回り。午前もやってるんだね」

 午後だけだと思っていたけどそうじゃないらしい。

「はい。校内は、この人数だとちょっと広い、ですから」

 叶夜ちゃんは頷きながら、ノートと教科書を机の上に広げる。

「猫がいつ動くかも分からないですし。今日みたいに、部室に戻ってくることもありますけど」

「そっか。そういう時は何してるの?」

「お手入れとか、掃除とか。仮眠をとる人もいます、けど。わたしは、勉強することが多いです」

「勉強」

 繰り返すと彼女はこくりと頷いた。

「道具のお手入れも、大事ですが……わたし、戦いでは役に立ちませんし」

 それに、と教科書の文字を指で撫でる。

「もし、全部終わったあとに、何も残らないのは嫌、ですから。先輩達に教えてもらったりしています」

「そっか……」

 ふと言葉が途切れた。

 叶夜ちゃんの勉強を邪魔しちゃ悪いかな、なんて思ってしまったんだけど。彼女はそのノートを置いたまま、私の方をじっと見ている。

「? どうしたの?」

「紬先輩。目が赤いです」

「うっ。それ、巳山先輩にも言われたんだよね。……目立つ?」

 肩を落として目を軽く揉むと、彼女はこくりと頷いた。

「よく見れば、ですけど。眠ません、でしたか?」

「うん。眠れなくって」

「ファイル読んだから。ですか?」

「……ああ、うん」

 そうかも。と頷く。

 叶夜ちゃんに心配はかけたくないけど、ここで嘘をついてもどうしようもなかった。

 彼女はそうですか、と悲しげな顔で頷きながら席を立って、毛布を持ってきてくれた。

「あれ、読んだ時。わたしも眠れなかったんですけど……多分、先輩の方が辛いですね」

「え。そんなこと」

「ありますよ」

 毛布を差し出しながら、少しだけ強い言葉で私の疲れを肯定した。

「中身、怖かった……ですから」

「そうだね……」

 はい、と小さな声が返ってきた。

「でも。わたしが読んだ時はもっと人が居て。少しは気が紛れたところがありますから。良い方だと、思います」

「そっか、叶夜ちゃんは、目を覚ますの早かったんだ」

「はい。でも、先輩は悪化してるところに突然放り出されて、あれを読んで……それはとても、大変な事です」

「そう、なのかな……」

 叶夜ちゃんは頷いてくれたけど、素直に受け止めきれない。


 だって私は、状況が悪くなっていく日々を知らない。

 人から聞いて、本を読んで。知った気になってるだけだ。


 周りが変わっていくのだって怖いに決まってるのに、これだけで怖がって眠れなくなって、後輩に心配かけてしまうなんて。

「……」

「紬先輩」

「うん」

「突然、こんなことになってて、ファイルの内容が怖かった。それだけで、眠れない理由は。十分だと、思います」

「うん……」

「多分、巳山先輩も。同じことを考えてると思います。わたし達だけ先に部室に戻したのも、きっと。先輩が少しでも休めるように、じゃないかな。って」

「ああ……そっか」

 部室で寝るなら叶夜ちゃんか雪兎が居る時に、って先輩は言ってた。早速それが実行されたという訳だ。

 練習を早めに切り上げたのも、叶夜ちゃんと二人で部室に戻したのも、私が眠れずにやってくることまで読んでたからかもしれない。

「それなので、先輩。残りの時間は少ないですけど、寝ててください」

「うん。ありがとう」

 叶夜ちゃんの言葉を素直に受け取り、毛布を羽織って机に突っ伏してみる。あんまり眠くはないけれど、毛布はふわふわしてて気持ちがいい。このままつらつらと話をしていたら少しは休めそうな気がした。

「そうだ。叶夜ちゃん」

 声を掛けると、ノートを広げていた彼女の手が止まった。

「ああ。勉強しながらでいいから、聞いても良いかな」

「はい」

「朝にね、先輩達が話してたんだけど。どこか入れない場所があるって」

「ああ。はい」

 いくつかあります。と叶夜ちゃんは頷いた。

「いくつか?」

「はい。危なかったり、鍵が壊れてて入れない所も、ありますけど。それ以外で重要そうな部屋だろうって考えられてるのは、図書室、パソコン室、生徒会室。あとは、職員室と、校長室、です」

「図書室とか入れても良さそうなのに。どうして入れないの?」

 私のぽつりと零れた疑問に答えるように、かし、とシャーペンのノック音がした。

「そうですね。えっと……特別教室とか、職員室とか。教室以外の部屋は、学生証でロックを解除する仕組みになってますよね」

「うん」


 学生証やカードキーを入り口のタッチパネルにかざせば鍵が開く。寮や重要な薬品が置いてある準備室、特別教室などがそうだ。

 教師や委員じゃないと開かないようにすることで、余計な人が立ち入らないようにとか、入退室の記録をきちんとするためにとか、そんな理由だったはずだ。


「部室とか準備室とか、そこに所属してる人が居ない、みたいな?」

 叶夜ちゃんは「それもあります」と頷いた。

「でも、図書室みたいに、本当は誰でも入れるはずなのに入れなくなってる部屋も、あるんです。セキュリティレベルが変更されてるみたいで。だからきっと、そこには大事な……触れさせちゃいけないような情報があるんじゃないかって、先輩達は言ってました」

「なるほど……?」

 特定のカードを使っても入れない部屋。一体何があるんだろう。

「鍵なしで入る手段とかもなかったんだ」

 叶夜ちゃんはこくりと頷いて教科書をめくった。

「窓を割ろうとしたこともありましたが。とても丈夫で。傷はついてもヒビまでは入りませんでした」

「そっか……って、窓、割ろうとしたことあるんだね」

 思わず狗神先輩で想像してしまう。金属バットで窓ガラスを破る先輩。……ちょっと似合うかもしれない。

 叶夜ちゃんはそんな私の想像なんて知らないまま「はい」と素直に答えた。

「試したのは図書室だけでしたけど」

「他の部屋は入れそうになかった?」

「はい。でも、一番可能性がありそうなのは、職員室でした」

「職員室」

 職員室とはなんか意外だ。

 学生に関係があるパソコン室や図書室の方が早く突破できそうなのに。

 その疑問は口に出さなくても分かっているのだろう。「他の部屋は、リーダーが受け付けなかったんです」と答えてくれた。

「唯一エラーを返さなかったのが、職員室です」

「なるほど」

 納得しかけた私の声に「でも」という声が重なった。

「誰かひとりの学生証だけじゃ、開かなくて」

「うーん……? つまり、複数人の学生証が必要だってこと?」

「そうじゃないか、って。先輩達は話してました。わたしも見に行った事、あるんですけど。一枚認識したら次のカードを読み込ませる、みたいな感じで」

「何か特殊なカードが必要、って訳でもないんだ」

 その疑問に、叶夜ちゃんの髪が少し揺れた。

「本当は、そうなのかもしれません。職員室なら、マスターキーも期待できそうだと、話してて」

「そっか」

 だから狗神先輩は学生証の話をしてたんだ。

 朝の会話を思い出して――視線に気づく。叶夜ちゃんの手はすっかり止まってて、私の方をじっと見ていた。

「つむぎ先輩は」

「うん?」

 叶夜ちゃんは不安げな目でこっちを見ている。

「学生証、渡しちゃいましたか?」

「ううん、渡してないよ。そんな話は出てたけど」

 もそりと毛布を引き寄せて答えると、彼女の目がふと和らいだ。

「そう、ですか」

 よかった、とほっとした様子だったけれども、声はまだ不安そうだった。

「叶夜ちゃんは、学生証渡されると何か嫌なことでもあるの?」

 その質問に、彼女は一瞬戸惑ったようだった。視線を少しだけ彷徨わせ、少し下に落としたまま小さく首を横に振った。

「いえ。その。ちょっと説明はしにくいんですけど……特性の話は、聞きましたか?」

「うん。因子で引き起こされる能力、ってことだけは」

 ファイルに書いてあったし、先輩もそう言っていた。

 叶夜ちゃんもそれに頷く。

「はい。それで、わたしの特性が、その。人より危険を察知する能力が高いらしくて。物音とか、雰囲気とか。ここ危ないな、嫌だな、っていうのが分かる、みたいなんです。だから、こんなに弱いのに、今まで生き残ってきました」

 その声は小さかった。申し訳なさがあるような、そんな声だ。

「開けるのを嫌だと思った扉の向こうに罠があったり、閉じ込められてしまったり。ちいさな作動音を感じたり……それで誰かを助けられたこともありましたけど。びっくりして言い出せなくて、怪我をさせてしまうことも、いっぱいあって」

「うん」

「それで。残ってる部屋も、嫌と言うか。誰も、入ってほしくない。みたいな」

 入り混じるもやっとした感情をどう説明したら良いか分からないのだろう。叶夜ちゃんは言葉をゆっくり拾い並べていく。

 その行き着いた先は。

「怖いん、だと思います」

 恐怖だった。

「職員室とか。図書室とか……本当は、行って欲しくない、です。ずっと、このままで。何も起きないで。いて欲しいです」

「……叶夜ちゃん」

「今をどうにかするなら、このままじゃ良くないことも、分かってます。でも。鍵を開けてしまったら。また、何か起きるような気がするんです。猫が、動く理由をあげちゃう、ような。そうしたら」

 そうしたら。という声に、ぱたりと小さな音が重なった。

 滲んだ声がする。

 叶夜ちゃんの頬を、大きな雫がぽろぽろと転がり落ちていく。

「また。誰か、居なくなってしまうんじゃないかって。傷つけてしまうんじゃないかって。それ、それが……怖く、て……っ」

「……叶夜ちゃん」

 私は身を起こして椅子を寄せる。叶夜ちゃんを毛布で包むように抱きしめる。

 震える彼女の肩を、ぎゅっと抱き寄せて、サラサラの髪に頬を寄せて。

「大丈夫だよ」

 声を、かける。


 私の言葉には、悔しいくらいなんの根拠もない。

 現状も現実も、この中で一番知らない。

 薄っぺらくて、吹けば飛んでいきそうなほど軽くて、たった一言でひっくり返されてしまう。

 でも。

 私が言えるのは、それだけしか思いつかなくて。

 私ができるのは、これだけしかなかった。

叶夜未来:1年生。人見知りでちょっと怖がり。今はその怖がりがちょっと強い。

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