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三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
2:十二支部の活動
12/32

先輩たちの内緒話

「君は、部員が――俺が猫かもしれない。そんな可能性だって考えた」

「……はい」

「でも、こうしてメモを見せてくれた。それはどうして?」

 先輩は穏やかに問いかける。

「それは……誰に相談したらいいか、分からなくて」

「ふむ」

「それに私、この中に猫が居るなんて……思いたく、なくて……」

「そうだね。それは俺も嫌」

 でもさ。と小さく言葉を繋ぐ。吐息でメモ用紙が揺れた。

「きっとそれは正解なんだ。猫本人か手先かは分からないけど、この部に。部員の中にそいつは居る」

「――」

 静かな声だったけど、先輩はきっぱりと言い切った。


 部員の中に、敵がいる。


 急に部屋が静かになったような気がした。

「そう。猫はこの部員の中に居る。でも、生き残った俺達がここで仲間割れをする訳にはいかない。バラバラになったら何もできないまま全滅する

「……」

「疑いながら、協力しないといけない。すごく難しいよね」

「そう、ですね」

「俺は、この部室に来る限りは、誰であっても部員として接すると決めてる。心の底では疑ってると思うけど、協力的な行動なら、それはそのまま受け取るつもりだ」

「でも、それが嘘だったりしたら?」

「それはまあ……。悪意を見抜けなかった俺の責任かな」

 そのための部長だよ、と先輩は言い切った。

 口元は笑ってるけど、その目は少し遠くを見ている。

 何も返せなかった。なんだか指先が冷たく感じて、マグカップに手を伸ばす。

 じんわりと暖かさが染みてきたけど、それ以上動く気にはなれない。

「子津ちゃん」

「……はい」

 先輩の声で、いつの間にかカップに落ちていた視線を上げる。

 メモに落とされた視線は、いつもより静かで冷たい気がしたけど、それも一瞬。瞬きでこっちを向いた目は、いつもと同じように細められていた。

「君の力が必要だ。手伝ってくれる?」


 どきっとした。

 細められた目から、目が離せない。

 今言われたことが、耳の奥で溶けていく。

 あの。その言葉どう言う意味ですか先輩……!


 なんて、聞ける雰囲気ではなく。


「それは……もちろんです」

 私は全てをぐっと飲み込んで素直に頷くことしかできない。

 まあ、聞いてみてもきっと、ちょっと困った顔で「言葉通りの意味だよ」って言われる気がしている。委員会でもそうだったし、先輩多分そんな人。

「手伝いって、どんなことをするんですか?」

「そうだなあ。……助手、みたいな?」

「助手?」

 繰り返す。首が傾く。なんというか、具体的なようでよく分からない。

 先輩もそれを分かっているようで「別に大変なことじゃないよ」と笑った。

「違和感とか気付いたことを教えてもらうとか、情報の整理とか」

 まあ、他の部員にも頼んでることではあるんだけど、と付け足される。

「でも、子津ちゃんじゃないと気付けないこともある。どんなに些細なことでもいい。このメモみたいなことでも疑問点でもなんでも。気になったことがあったら言って」

「はい。――じゃあ、早速なんですけど」

「うん?」

「猫が誰かは、分からないんですか?」

「直球だね」

 苦笑いされた。

「この部に居るって話でしたし……ある程度予想してたりするのかな。と」

「さあ、どうだろう」

 実は俺、頭脳労働専門じゃないんだ。と先輩は目を細めた。口の端も少し上がって、なんだか試されてるような気持ちになる。

 先輩の怪しさが急上昇して疑いの目を向けると、肩の力が抜けたようにくすくすと笑われた。

「まあ、分かってたらこの話はとっくに終わってるんだよね」

「そう、ですね」


 それもそうだ。

 猫がもう見つかっているなら、分かっているのなら。

 私が目を覚ましたところで何か起きる訳がないんだ。


「でも、片を付けなきゃいけないのも確かだ。足音くらい聞かせてくれてもいいのにな」

 猫って足音あんまりないけどさ、とぼやくように呟いたのが聞こえた。

「この連鎖は、猫の行動は。他の生徒を離脱させて。俺達を敢えて残してる節がある」

「……」

「ここが最後の砦になっちゃったのはきっと、そう言う理由もあるんだと思ってる」

 だけど、と先輩はメモを天井にかざす。ぎっ、と背もたれが音を立てた。

「なのに、猫に殺されることもある。よく分からないんだ。だから俺達は猫を探してる。話ができるかどうかは分からない。もしかしたら傷つけ合うことになるかもしれないけど。早く出会えるなら。この紙で見つかるのなら――それがいい」

 それは。その声は、昨日からよく聞く、少し困ったような優しい声。

「とはいえ、だよ」

 先輩は溜息をつくようにメモへ視線を落とした。

「これじゃあ見つかる訳もないな。筆跡も何もあったもんじゃない。きっと校内で適当に作って打ち出したものだろうし――」

 先輩の言葉を遮るように、ドアが開いた。

「話し声がすると思ったら子津か」

「お。狗神」

 おかえり、と手を振る巳山先輩を一瞥した狗神先輩は、小さな手提袋を机に置いて、昨日と同じ椅子にどっかりと座った。

「あれ、若君は?」

「寮に一旦帰った。雪兎と叶夜は?」

「今朝はまだ見てないね」

 その返事で、狗神先輩が私を見た。

 視線は相変わらず鋭いけど、睨むというより呆れた顔をされている気がする。

「昨日の今日で、1人できたのか」

「……はい……」

 気をつけます、と肩を落とす。怒られるのかと思ったけど、その矛先は巳山先輩へと向けられた。

「百瀬お前、子津に言わなかったのか?」

「あー……さっき言った」

「遅え」

「はは、まあまあ――」

 と、巳山先輩はメモを手にしたまま床を蹴って、椅子ごと狗神先輩の隣に移動する。

「ところで、耳寄り情報」

「あ?」

 足を組んだ巳山先輩は狗神先輩の肩に肘を乗せて、そのメモを見せる。

 狗神先輩はそれにちらっと視線を下ろし――険しい顔になった。

「子津ちゃんのポケットに入ってたんだって」

「いい度胸してるな」

「だよねえ」

 巳山先輩は相槌を打って、メモを胸ポケットにしまった。

「と、いうわけで今日から猫を探していこうと思うんだ」

「いつも探してんだろ」

「そりゃそうなんだけどさ。子津ちゃんも起きてきたし、他の部屋に行けるかもしれないだろ」

「……」

 狗神先輩の視線がこっちを見る。叶夜ちゃんに向けるそれとは雰囲気が違って、思わず背筋をピンと伸ばす。

 何か言われるのかなと思ったけど、先輩は小さいため息をついて目を伏せただけだった。

「まあ、行けねえ場所はいくつか残ってるしな」

 と、巳山先輩へ何かを求めるように手を差し出す。

「確認はオレが行く。学生証寄越せ」

「え。狗神、こんな時に友情感じさせちゃうわけ?」

 巳山先輩の軽い言葉に、狗神先輩の鋭い視線が刺さる。

「馬鹿言え。丁度いいってだけだ。どうせお前ひとりで行くつもりだっただろ」

「あはは、そんなわけ」

 巳山先輩の乾いた笑いを、狗神先輩が「ある」とため息で叩き切った。

「そんなつもりねえなら、この話は昨日の内にしておくべきだろ。どうしてしなかった?」

 返事を待たず、ほら、と狗神先輩が催促する。大きな手が巳山先輩の前でひらひらと動く。

「じゃあ全員で、って考えはハナからねえだろ? それで全員返り討ちにあってたまるかって話だからな。まずは偵察だ。残った奴らの保護者はお前が適任だ」

「保護者て。そう言う狗神はどうなんだよ」

「4人も面倒見きれねえよ」

「4人も。つまり少人数ならいける? 1年生とか」

「……なんの話だよ」

 先輩の声が低くなった。

 巳山先輩はそれに気付かない。いや、これはわざとだ。わざと無視して話を続けている。だって1年生は叶夜ちゃんしかいない。分かってやってる。

「そりゃあ、偵察に行くんなら彼女が適任だろ」

「それは解錠を確認してからだ」

「全く狗神は強情だなあ」

 巳山先輩の声が楽しそうになる一方で、狗神先輩の声がどんどん低温になっていくのがひしひしと伝わって来る。


 あの、先輩。その辺にしといてあげてください。からかいすぎると後が色々怖いんで。止めに入っていいものか。いや、私が踏み込んでいい話か分かんない。やぶ蛇とかちょっと困る……と、おろおろと見守っていると。

「おはよーございまーす」

「おはよう、ございます」

「戻りましたー」

 ドアが開いてみんなが入ってきた。途端に張り詰めた空気が緩む。

 ナイス、3人組! 思わず心の中でいいねと親指を立てた。

「うん、みんなおはよう」

 巳山先輩はくるりと狗神先輩の視線から逃れ、振り向いて手を振る。

 狗神先輩はと言うと、舌打ちをして椅子に深く背を預けた。


 一瞬、ちらっと叶夜ちゃんの方へ視線を向けたのは、見なかったことにした。

狗神頼香:3年生。外見で怖がられるタイプ。犬と言うより一匹狼系。

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