表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三枝高校十二支部 -Project Z-  作者: 水無月 龍那
2:十二支部の活動
11/32

猫をみつけて

「……」

 目を覚ました。

 いつの間にか泣き疲れて寝てたらしい。

 そこから動く気力がなくて、ぼんやりと時間が過ぎる音を聞く。

 本の内容が受け止めきれないし、頭が理解を拒否する。なのに、あれはなんだったのかと考えてしまう。

 しばらくぐるぐると考えてると、「ああ、明日がくる」ってなんとなく思った。

 それなら制服を整えておこう、と。ふらふらした頭のまま、身体を起こした。

 

 時計を見ると日付が変わっていた。テレビをつけようとしたけどリモコンがない。探さなきゃと思うけど、やる気が出ない。

 シャワーでも浴びたら少しはすっきりするかな。いや。とりあえずは制服をハンガーにかけよう。明日シワになった制服で先輩に会うのはちょっと嫌だ。どうでもいい心配だけど、そんなことでも考えてないと気が滅入る。

 ベッドの端に放り投げてたジャケットを引き寄せると、ポケットから、白い何かがはみ出ていた。

「?」

 それは、丁寧に畳まれたメモ用紙だった。こんな紙を持ってた覚えはない。

 なんだろうこれ。と、力の入らない指で広げてみる。


 「猫をみつけて」


 手のひらサイズの小さな紙には、パソコンで出力されたらしい無機質な文字で、それだけ書いてあった。

「猫……」

 巳山先輩が話していた猫だ。

 運営を乗っ取り、この学校を隔離し、私達を殺そうとしてるという猫。

「でも、みつけて、って?」

 それは、どういう意味だろう?

 意図も何もわからない。今の私には、なんの判断もできない。

 だって、私は何も知らない。話を聞いて、ファイルを読んだ。それだけだ。この学校の。私たちを取り巻く状況を知らない。見ていない。

 なのに。みつけて、だなんて。


 この差出人が猫だとしたら。

 この状況を作ったのは自分のはずだ。なんでそんなことを言うんだろう。

 そもそも、どうしてこんなことになってるんだろう。

 なんで。

「なんで、私達なんだろう……」

 くしゃ、と手の中の紙が音を立てた。


 私に分かることは、とても少ない。

 私ができることも、きっと今はない。

 ただ寝て、明日を待つだけだ。


 だから。明日。

 先輩に相談してみよう。


 □ ■ □


 朝。

 もそりと布団から這い出す。


 正直寝た気はしなかった。目を閉じるとファイルの内容が浮かんできて目が覚める。眠ったとしても夢に出てきそうだったし、暗闇を見つめているとそれはそれで思い出しそうで、灯りを消すこともできなかった。

 メッセージを送るにも夜はもう深くて。アプリのチェックをしながら気を紛らわして。ようやくの朝。


 身体は重く、頭は変に冴えている。

 これ以上眠れる気もしなくて、のろのろと身支度を整える。

 時計はまだ早朝だぞと主張してるけど、私は部室へと向かうことにした。

 昨日ような獣がでたらどうしようという心配もある。それ以上に、誰かがいると分かってる場所に行きたかった。

 今の私には、そこだけが安心できる場所のように思えたから。


 □ ■ □


「おはよう、ございます……」

 朝の部室はとても静かで暖かかった。

 たまたま朝早く到着した教室のように、誰も居なくて、明るくて、でも、静かなのが不思議な部屋。

 私はそのまま昨日座っていた椅子に腰掛ける。鞄を床に置いて、ぼんやりと部屋を見回す。


 暖房が動いている。先に誰か来たんだろうか?

 ホワイトボードには、昨日の説明の跡が残っている。

 学校の説明図の跡。時間割が映し出されていた場所。

 消されずに並んだ名前。6人分。

「みんな……死んじゃった……」

 ぽつり。と口にしてみる。実感はない。

 だって、私は目を覚ましてから、線で消されてしまった人達に会ってない。

 昨日とか一昨日とかは生きていたはずだ。教室で、部室で、学校のどこかで。話して、挨拶して、すれ違っていたはずだ。なのに、もう居ないだなんて信じられる訳がなかった。

 巳山先輩はそんな冗談を言う人じゃない。それは分かってるんだけど。

 校内を。寮を。敷地内を。どこかを歩いてたら、見かけたり会えたりするに違いない。なんて。根拠もなにもない希望を、私はまだ捨てきれずにいる。


 ホワイトボードをぼんやりと眺めていると、ドアが開いた。

「あれ、子津ちゃん。早いね。ひとり?」

「巳山、先輩」

 おはようございます、と頭を下げると先輩はすぐ近くまで寄ってきて、じいっと私の顔を覗き込んできた。

 その視線があまりに真っ直ぐで、動いてはいけないような気がする。呼吸まで止まりそうなのに、顔ちゃんと洗ってきたよね……なんて、正直どうでもいい不安も湧いてくる。

「あ、あの」

「目が赤い」

「えっ」

 思わず指先で目頭を押さえる。でも、先輩はそれを笑ったりせず、ただ一言「眠れなかった?」とだけ聞いてきた。

「はい……実は、あんまり」

「それは。あれを読んだからかな」

「…………はい」

 こくりと頷く。あのファイルの中身は、思い出したくないのに鮮やかに蘇ってくる。

「ん。ちゃんと読んできたんだね。えらいぞ。――それで、どうだった?」

「どう……」

 どう、と言われてもすぐに答えられなかった。

 先輩もそれは分かってるんだろう。

「無理に答えなくて良いよ。その感情は覚えといて。とりあえず、あったかいもの飲みな」

 緑茶でいい? という先輩の言葉に頷く。

 私が淹れます、と言おうとしたけど、先輩は「そこで待ってな」と手を振って、給湯室へ入って行ってしまった。


「先輩」

 給湯室でお湯を注ぐ先輩に声をかける。

「うん?」

「いくつか、質問があるんですけど」

「うん。何?」

 先輩の返事は昨日と何も変わらない。私にとって変化が大きかった昨日でも、先輩にとっては変わらない一日なんだろう。

「あれは、本当……なんですか?」

「あれ、って。ファイルの内容?」

「はい」

「んー。どうだろうな」

「えっ」

 思った以上にふわっとした回答に戸惑っていると、先輩はマグカップを私の前にそっと置いた。

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 ほこほこと湯気が上がっている薄緑色の水面が、ひどく暖かいものに見えた。

「俺達に、あれが真実かどうかを知る術はないんだけど」

 先輩も昨日と同じ椅子に座る。

「俺達に記憶がないのは確かで、それを補足するようなことがあのファイルには書いてある。子津ちゃんのにもなかった? 自分しか知らないような情報とかさ」


 自分しか知らないような情報。

 その一言で頬がかあっと熱くなる。


「書いて、ありました」

「うん。そんな風に、ちょっとした事だけど、その人には事実だと分かるような情報が書かれてる。だから、俺達はその内容を真実だと……信じたい所だけでも良いけど、真実だと認めてる」

「……はい」

「うんうん。子津ちゃんは聞き分けがよろしい」

 先輩は機嫌良く頷いて、お茶を一口すする。

「それから因子とか特性とかも、なんとなく分かった?」

「いえ……それはちょっと……」


 理解が追いつかなかったというか、分かってしまうのが怖いというか。

 曖昧に首を横に振ると、先輩は「そうだよな」と息をついた。


「簡単に言えばその動物の要素かな。それが俺達には埋め込まれていて、その因子によって引き起こされる能力を”特性”と呼ぶ。うまく使えば強力だけど、危険性もある。んー。意図的に見せられないものもあるけど。例えば――昨日の若くん。見ただろ?」

「はい」

 ノートのページを破るように背もたれを引きちぎったのを思い出す。

「あんな能力は分かりやすいね。それから、俺の目もそう」

 そう言って先輩は自分の方を見るように促す。

 昨日のような冷たい目の緊張と、目を合わせるという状況にドキドキしながら、そっと見てみる。

 少し切長な赤茶色の瞳。冷たくない。少しほっとする。

 前と同じに見えるけど。

「瞳孔の形がな。ちょっと違うんだ」

「ああ……そう、ですね」

 確かに瞳孔は縦長だ。あんなに先輩の視線で固まってたのにそこに気付かないなんて、どれだけ直視できてなかったんだろう私。ちょっと反省をする。

「見て分かるものだとこんな感じ」

「見えないものもあるんですか?」

「うん。身体の一部を自分の意思で変化させたり、直感とか感覚的なものだったり、味覚だったり。見た目からじゃ分かんない物の方が多いかもな」

「……私にも、そんなのが?」

「うん。多分ある」

 そっかあ。と考える。

 特にこれと言って変わったものはないように思えるけど。どうなんだろうと、ファイルの最後にあった一覧を思い出す。

「あ」

「うん?」

「あの、特性の一覧ってあるじゃないですか」

「あるね。諺みたいなのがあった?」

「それもあったんですけど、最後が黒く塗りつぶされてて」

「塗りつぶされてる……?」

 先輩の声が少し変わった。視線の温度が少し下がったような気がする。

「ファイル、持ってきてる?」

「はい」

 鞄から取り出し、そのページを開いて見せる。

「読めないな」

「そうなんです。塗った後にコピーしてあるみたいで」

「そうか……」

 ふむ。と先輩は少し考えてるようだったけど、小さく首を横に降った。

「そんな例は聞いたことないな。猫にとって都合が悪い物なのかもしれないけど

 今は情報がない、と先輩はファイルを閉じ、カップに口をつけた。

「調査対象に入れとこう」

「はい」

 やっぱり分からないよね。と、カップを持つ手をじっと見ていると、先輩が何かを思い出したような声をあげた。

「ああそうだ」

「?」

「昨日は3人で帰したから言い忘れてたんだけど。明日からは誰かと来るようにしてね」

「ああ……はい」

「夜も基本的には出歩かないように。最近はだいぶ良くなったし、寮とか売店くらいならある程度安全なんだけど、他は分かんないから。慣れないうちは、ひとりは極力避けたほうがいい」

「はい」

「もし、夜眠れなかったら、誰かの部屋に泊まってもいいと思う。昼間なら部室で寝ててもいいよ。一応仮眠室もあるけど」

 誰か傍に居た方が安心かな、と先輩は切れ長の目を柔らかく細めて笑い――はたと何かに気付いたような顔になった。

「でもアレか。あまり知らない人が居ると逆に眠れない?」

「あ。ああ……」

 確かに先輩達の前だと緊張して眠れないような気がした。

 というか、巳山先輩に寝姿を晒すとか、ちょっと勇気がないどころか無理だよ無理。寝不足を見つけられたのだって不可抗力とはいえ不本意なのだ。

「そうだな。叶ちゃんとか峰くんなら安心?」

「そうですね。その二人なら、たぶん」

「じゃ、眠いかもしれないけど、二人が来るまでもう少し我慢してな」

「はい」

「それまで眠気覚まし代わりに少し話をするか。何でも良いけど……えーっと」

 先輩は背もたれに体重を預け、腕を組んで天井を見上げる。話題を考えているらしく、とん、とん、と指先が腕を叩いている。


 昔。実感はちっともないけど、昔に。先輩は委員会で一緒だった時も、こんな風に話題を考えてくれたことがあったのを思い出す。

 記憶にある自分は今の自分と違うんだって言ってたけど、やっぱり先輩は変わらないんだな。と、少し安心する。


 皆がくるまで雑談に花を咲かせたくはあったけど、先輩と話すべきことは他にもある。

「――あんまり」

「うん?」

「あんまり、楽しい話題じゃないですけど、いいですか?」

「うん。いいよ」

 何? と腕を解いて頷いてくれる。

 私はポケットから取り出した紙を先輩に差し出した。

「これ、私のポケットに入ってたんです」

「メモ?」

「多分。いつから入ってたのかは、分からないんですけど」

 先輩は紙を受け取って、ぺらりと開く。

 さっきまで穏やかに笑ってた切れ長の目が、すうっと鋭さを増した。

「――猫を、みつけて?」

「はい」

 他の人も持ってるのかと思ったけど、この反応を見るにそうじゃないらしい。

「これまた直球な……、なんだろうな。挑戦状?」

 うーん、と先輩は天井を仰ぐ。

「見つからない自信があるのか、それともそうせざるを得ない理由があるのか……どれにせよ、これだけじゃ真意がわからないな」

「そうなんですよね」

 先輩はそのままの姿勢で考え込んでいるようだった。受け取った紙がぴこぴこと揺れている。

 しばらくして。ふと、その視線が降りてきた。

「ねえ子津ちゃん。これ、皆に見せてみても?」

「あ。はい。いいです、けど」

 私は少しだけ言い淀む。

「その。それは――大丈夫、なんですか?」

 先輩はうん? と少し不思議そうな顔をして、すぐに「ああ」と気付いたように頷き、笑った。

「子津ちゃんは優しいね」


 私が気にしているのは、ひとつの可能性だった。

 みんなが持ってる物じゃないのならば、これは私に宛てて意図的に渡された物だ。

 昨日、起きてからこの紙を見つけるまで。会った人は少ない。


 ポケットに最初から入っていたのでなければ。

 そんなことができるのは、この部の人達しかいない。


 つまり。

 この中に。部員の中に「猫」が居るという可能性があるってことで。

 そしてそれは、先輩も気付いている。

猫か関係者か分からないけど、この中にいる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ