プロローグ:猫のなき声
その部屋はむせ返りそうなほど、生臭い鉄の匂いに満ちていた。
「もう、嫌だな……」
終わりにしないと、と声が落ちた。
泣きそうな、消えそうな。小さな小さな声。
けれども、その声を聞く者は居なかった。
たったひとり。自分だけを除いて。
涙が零れる。頬にこびりついた返り血を流していく。
薄くなった赤い涙は、服にぽたりと落ちてじわりと滲んだ。
「これで、最後。最後だから」
そしてふらりと、影は部屋を後にする。
廊下には誰もいない。
ひとり。
たったひとり。
白い廊下に黒い影を落とし、ふらふらと歩いていく。
しばらく進んで立ち止まったのは、重い鉄扉の前。
持っていたカードをリーダーに読み込ませると、赤いランプが緑に変わる。
ぷしゅ、と音を立てて開いたドアの向こうは薄暗い部屋。
部屋を照らす巨大なモニターと冷却用ファンの音が出迎える。
空調は整っているはずなのに、冷蔵庫のように冷たい部屋だった。
モニターには、様々な風景が映し出されていた。
学校の廊下。
校庭。
食堂、売店。
寮。図書室。
ちょっと人は少ないけど。
どこにだって人が居て、笑って、話をして、本を読んで、居眠りをしている。
胸がぎゅっと締め付けられるように苦しい。
涙が止まらない。
けれども。やらなくてはいけなかった。
ああ、嫌だけど。
嫌なんだけど。
こんな想いをするのはもうたくさんだから。
こんなこと、絶対に許されないのだから。
ぱちん。とスイッチを入れる。
全てのスピーカーを対象にして、マイクのスイッチをオンにする。
小さく息を吸って。震える声を誤魔化して。
低く。低く。
告げた。
「諸君。聞こえているだろうか――」
新たな一回りなんてない。
これで、最期だ。