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 もう昼を過ぎているはずだったが、翁たちは出かけたままだった。もとよりそれは珍しくもないことで、行き当たりばったりの採集はその収穫次第で予定を変じながら行うものであった。媼も出かけていておらず、家には一人、桃太郎だけが残っていた。どこへも出かけずに、ただ一人家の前の開けたところで桃太郎は、懸命に、何か赤い、茶色っぽい色をした棒のようなものを振り回していた。振り回す動作の始まりと終わりに桃太郎の体は、手にしている物体の重量に引っ張られ、引っ張られまいと踏ん張るその足が動作のたびに土の中に食い込んだ。これは、最近の桃太郎の習慣であり、よってこの家の、新たな日常の風景であった。


 桃太郎の仲間入りが決まった後、キジは桃太郎に肉体的な訓練、つまり剣術のそれを言いつけていた。そして同志の一人を連れてきて、指導者として当てがった。この指導者とはキジや桃太郎よりももっと大柄な、見るからに強壮な大男であったが、その姿が見るものに与える印象とは裏腹に、妙に丁寧な言葉で話すのだった。「私はイヌと申すものです。あなたが桃太郎ですね。キジから聞いていますよ。」不気味ですらある口調で、イヌと名乗るこの男は自己を紹介した。なぜ皆、動物の名前を名乗っているのか、桃太郎がキジに尋ねると、「おれたちはあちこちの町や村を行き来しては情報を得たり交換している。そのところどころに仲間を潜伏させてもいる。おれたちの仲間が大事な話をしているときに、もしも誰かが聞き耳を立てていたとしても、出てくるのがイヌやらキジではとても真面目な話には聞こえないだろう。鬼首のことは鬼と呼ぶようにしている。これなら誰が聞いても、下らない馬鹿話だ。」そう冗談のようなことを、至って真剣な顔で答えるのだった。

 イヌの役割とは一つには剣術の指南にあったが、もう一つ、桃太郎が訓練に取り組む間に不足する労働力の担保という意味もあった。老夫婦はもちろん、自らを養うに自力以外の何かを必要とはしなかったが、桃太郎の食いぶちについては、桃太郎がそれを得るために費やすべき時間をほかのことに振り向けている今、別の手段が必要だった。これをイヌが担った。イヌは翁と一緒に山中を歩き回り、桃太郎の分の食べ物を持ち帰って来る。自分は日が傾く前に山を下りてしまい、本人の語るところによると「キジが手配をしてくれているので、食事も含め不自由はしませんよ。」という、ふもとの村のどこかへ寝泊まりしているのだった。そして翁と行動する合間に桃太郎への直接の指導を行った。したがって、割いている時間の長さから言えば、桃太郎の訓練とは本人が一人で行うものがほとんどであった。


 そして今も、桃太郎は一人練習に取り組んでいた。イヌが練習用に手渡した鉄剣は、ひどく錆びついていてもはや剣と言うより棒状の鉄塊に過ぎなかったが、とにかく形状と質量について実物のそれを具えているため、これを自由に取り回せるようにすることが目下の課題なのだった。

 決まった型もなく、数を数えることもせず、桃太郎は鉄剣を振り回し続けた。ずっとそうしていると、目の前のことから意識が遠のいていく感じがあった。頭がひとりでに、肉体の動作とは無関係のことを考え始めるのだ。そして記憶の扉が無造作に次々と開いては、その中にある出来事の断片が、桃太郎の意識に浮かんでは消え絶え間がなかった。

 イヌが、直接の手ほどきをしている時のことだった。錆びた鉄剣を構える桃太郎に、イヌは剣の代わりに同じくらいの長さの棒切れを持って打ち込んでくる。それは木剣ですらなく本当にただの木切れであったが、軽いだけにとにかく速さがあった。それを鉄剣で受けることの困難は、打ち込む側にその気があればむしろ不可能と呼ぶべきものがあった。しかし桃太郎は真剣に取り組んだ。イヌはそれを当然のことと考えているようだった。

「もっと速く出来るはずです。もっとです。肉体によって剣を扱おうとしてはいけません。剣を伴った肉体を扱うのです。刃の表面までが自分の皮膚であるかのように。剣を持って初めて一揃いの五体であるかのように。」

 鞭打つように打ち込むそのさなかにイヌが投げかけた、このような言葉が思い出された。それで桃太郎は現在、自分が虚空をめがけて振り回している鉄剣に意識を戻した。その重量と、重量からくる強い慣性とを絶えずこれを扱う桃太郎に訴えてくる鉄剣は、どう考えても自分の肉体とは別の外部的な存在としか思えなかった。それでもこの訓練が始まって以来、一日のほとんどの時間をこの鉄塊と戯れることに充てている桃太郎には、この物体の質量が、自分がこれを動かそうとする際にどんな抵抗を示すのかを、実際に動かしてみる前から予想が付くような、そんな感覚を得つつあった。今までに何度も描いたことのある軌道や加速度や、また停止することについて、そこから体が受け取る手応えはすでに知ったものとなっていた。そうして意識は手元の動作を離れていこうとする。桃太郎はそれを何とかして注意しようと努めるのだが、そうこうするうちにまた、今とは別の時間の出来事が頭の中によみがえってくるのだった。

 昨日、イヌが帰って行った後、日が暮れるまでの間桃太郎は一人で稽古を続けていた。さすがに暗くなってきたので終いにしようと思い手を止めたところに、いつから見ていたのか、翁が声をかけた。「精が出るな。疲れはしないか。」そう問われて桃太郎は「大丈夫です。」と答えたが、言ってみて自分の息が上がっていることに気付いた。翁もそれに気が付いたらしく、苦笑した。そして、「それをするようになってから、お前は、なんだか楽しそうだ。」と言った。

 桃太郎はまた、自分の意識の逸れているのに気が付いた。もう無造作に鉄剣を振り回すだけでは、練習は自分にとって単調な体験となってしまっていることを確認して、桃太郎は工夫を加えることにした。イヌの攻撃を受ける時のことを思い出す。受ける動作。上から、左から、右から。たまに下から、そして、突き。一つ受けて戻る。二つ続けて受ける。あるいは三つ、四つ。相手の軌道が描く線を断つようにする。もっと速く出来るような気がして、桃太郎は自分の動作が描いている弧の半径を狭めた。すると鉄剣の慣性に働きかける自分の力が弱まり、かえって動きが遅くなってしまった。元に戻す。そしてもう一度、さっきよりも少なく、ほんのわずかの程度で動作を小さくした。体に感じる抵抗がぐっと大きくなるのが分かった。しかしまた鉄剣が空中を移動する速度も上がったように思われた。ただし速度が上がったのと抵抗が大きくなったために、動作の終わりを制御しきれず、桃太郎の体は鉄剣の慣性に引きずられた。同じやり方をもう一度繰り返す。もう一度。もう一度。作ろうとしている形が崩れた。もう一度やり直す。もう一度。もう一度。乱れる。もう一度。


 息が、出来なかった。目を開けたはずが、何もはっきりと見ることが出来なかった。桃太郎はしばしむせ返った。そして呼吸が出来るようになってくると今度は冷たさを感じた。体が、濡れていた。

 一人、夢中になって練習しているうちに、桃太郎は気を失って倒れてしまっていた。それを戻って来た翁とイヌが見つけ、イヌが水を汲んできて浴びせかけたのだった。

「やりすぎです。練習の段階でこれを経験出来て幸運だと言うべきかもしれませんが。それでもこれが危険なことだというのは、覚えておいて下さい。人間の体というのは無理を通すことが出来るようになっています。ですがそれは何かを失わなければ使うことの出来ない特別の力です。一体どこから先が無理になるのか、それを知っておくことです。もしも奇跡のような力を振るうことが出来、しかも命と引き換えにしなければいけないのだとしたら、用もない時にそんなものを持ち出したくはないでしょう。」

 イヌの言葉に厳しさはなかった。それでも、座り込んだままの桃太郎は、自分は咎められているのだと感じていた。イヌはさらに続けた。

「キジから聞きました。あなたの母親は夫亡き後の労働によって命を落とした。ですがそれは直ちにではなく、少なくとも二、三日の間、あなたの母親は生きて労働に身を投じていた。そうですね。私には疑問なのですが、二、三日の労働が命に障るのなら、なぜそれを二、三日もの間続けることが出来たのでしょう。桃太郎、私はあなたの母親の病弱がどの程度だったのかを知らない。一緒に暮らしていた自分の母親のことです、あなたにはもっとよく分かるでしょう。あなたの母親が最後に振るった力は彼女にとって、果たして通常のものだったのでしょうか。」

 イヌの言葉は問いかけているような形をしてはいたが、答を求めている様子はなかった。そのため桃太郎はなぜイヌが自分の母のことに言及したのか、その意図を量り兼ねた。後になって、ある日イヌではなく久しぶりに顔を見せたキジが桃太郎の相手をしたことがあった。その際に桃太郎は、この時のイヌの言葉をキジに話し聞かせたのだった。それを聞いたキジは言った。

「あれは少々物質的に物事を捉え過ぎる。生けるもの、こと人間について語るのであれば、見ることも触れることも出来ない部分を考えに含めない限り、その正体に近付くことは出来ないはずだ。」

 キジの、呆れたような様子が桃太郎には印象的だった。そしてその理由をキジの言葉の中に探したが、続く言葉を聞き終えた後も、桃太郎にはなぜキジが呆れていたのかは分からなかった。

「人間だけではない。獣や、鳥でさえもそのような力を持っているのだと気付かされることがある。しかしそれを持っているということは、それを使うべき場合があり得るということではないか。生けるものは皆自分が生きることを第一に考える。当然だな。では第一であるはずの自らの命を代償にして得られる力を、一体何の目的に用いる。お前は見たことがないか、桃太郎。鳥や獣がその力を使うのは、大抵母親が子を守る時だ。」


 気を失って倒れた日、桃太郎はイヌが帰って行った後もしばらく、座ったままで呆けていた。体の熱が治まると、濡れた着物が冷えて寒かった。すぐそこに、鉄剣が落ちているのが見えた。倒れた時に落としてそのままになっているそれを、桃太郎は拾い上げようとした。しかし鉄剣はさっきまでの何倍も重いものに感じられ、掴む指には全然力が入らないのだった。桃太郎は拾い上げるつもりでそれを放ってしまった。鉄剣は足元の地面に落下した。どす、という音を喉の辺りに感じ、好んでそうしているかのように土の上に横たわっている鉄剣を見て、桃太郎は仕方なく笑った。そして、今日はもう何も出来ないのだと理解をすると、同じ瞬間から、明日この続きをして今日より上手くやれるだろうか、あるいはイヌを相手に試してみることが出来るだろうか、もうそんなことを考えているのであった。


 結局、こんな毎日が冬の間ずっと続いた。訓練の日々は単調ではあったが、不変ではなかった。毎日、桃太郎は剣を振った。剣を振り続けたために、同じでいることが出来なかった。成長せずにはいられなかったからだ。最初、桃太郎は、訓練を続ければその先で自分は、剣に言うことを聞かせることが出来るようになるのだと思っていた。ある時、自分の意図と剣の動きとの間に介在していたはずの、自分の肉体、すなわち腕や手や指のことを、自分はすっかり忘れたまま剣を振っていることに桃太郎は気付いた。そして最初の自分の考えの間違いを訂正した。出来るようになったのは、言わば、剣に言うことを聞かせるのではなく、剣でものを言うことであった。技術という目に見えない力が、初めは全く無であったそれが、今ではこんなにも大きく膨れ上がっている。繰り返す訓練の中で感触は常に変化した。その変化の積み重なったものが、振り返ってみれば進歩なのだった。この進歩が、成長が、桃太郎にとっては単調な日々を数え時を刻むものとなっていた。その生活に変化がもたらされたのは、もう気候が季節の交代をほのめかし始めた頃だった。

 キジが前よりも頻繁に顔を見せるようになった。どうやらイヌに話があるらしかったが、キジはいつも桃太郎が一緒にいる時に話をした。話というのは主に、鬼首が制圧した里とか、鬼首自身のいる町とか、各所に配置されている鬼首の手下とか、その兵力とかそういったことについてであった。外の世界の地理が分からない桃太郎にとってすべての地名は不可解な呪文に過ぎず、武装した人間の集団を見たこともないので、兵力というものを言葉によって知ることも出来るはずはなかった。ただ、直接に語られてはいないこと、キジの一派による決起、自分自身がそれに加わるべく目下訓練を積んでいるところの決起の、その時が近付いているということを桃太郎は感じ取っていた。


 この頃、翁の様子にも変化があった。食が細くなり、床に入るのも早くなった。元気のあるようにはとても見えなかったが調子を崩しているわけでもないようで、朝はいつも通りに起きてはイヌと一緒に山へ入って行った。初めは心配した桃太郎と媼だったが、不調というほどの様子もなく本人もそれを訴えないので、食の細いのも早くに寝るのも、次第に慣れてしまって気にならなくなった。そして最初の変調から十日ほど経って二人がもう心配を忘れていた時に翁は倒れ、そのまま死んでしまったのだった。

 その日の朝、いつものごとくやって来たイヌと共に、いつものように翁は出かけて行った。桃太郎は例によって家の前で一人、剣術の稽古に励んでいたが、しばらくするとイヌが帰って来た。イヌはその背に翁を負ぶっていたが、翁はぐったりとしていて呼びかけても返事をしないのだった。イヌは翁を家の中へ運び、床へ寝かせた。出かけて行ってしばらくは普段の通りに歩いていたのだが、突然翁が倒れてしまったのでこうして戻って来たのだと言う。桃太郎はすぐに媼を呼びに行こうとしたが、イヌがそれを遮って言った。

「あなたはここにいなさい。お婆さんは私が呼びに行きましょう。それより桃太郎、私がここへ負ぶって来る間、おじいさんはうわ言のようにこんなことを言っていました。「わしは子を育てるということを知らない。だから、こんなことを言ったものかどうか、分からないのだ。ただ、お前を残していくのが、わしは心配でな。」私は、桃太郎、お爺さんはこれをあなたに向けて言っているのだと思いました。それで何も言わずに黙って、ここまで帰って来たのです。お爺さんもその時のほかには何も言わず、何も答えず、今のあの調子です。」

 イヌが行ってしまうと、桃太郎は家の中に入り翁の傍らに座った。仰向けに寝かされた翁は、目をつむり、その目と目の間にしわを寄せた苦しそうな表情で、眠っているのか、わずかに口を開け、音を立てることなく呼吸をしてその胸を上下させていた。ここ最近の翁の様子のせいか、それともイヌから聞かされた言葉によってか、何を理由に自分がそう考えるのか、桃太郎には分からなかった。桃太郎は、翁は間もなくその生命を終えるに違いないという感じがしていた。

桃太郎にとって最初の死別とは、父親とのそれであった。しかし父の死そのものは、遠く離れたところでの知らない間の出来事であり、幼い桃太郎にはその訃報を正しく理解することも出来なかった。父がもう帰って来ないこと、二度と会うことが出来ないのだということを、桃太郎も最後には理解したが、離別や喪失という自らを主体とした感覚を知るに至っても、父の身に起こった死という事象は、未知のものであり続けた。

 次に去ったのは母親だった。一緒に野良仕事をしていた桃太郎は、母が倒れるのを見てすぐ助けを呼びに走った。戻って来た時には母親は死んでいたが、倒れた時すでに絶命していたのか、助けを呼んでいる間に息絶えたのかは分からなかった。その違いを考えることも、その時の桃太郎には思い付かないことであった。

 加えて、彦三郎の父親のことがあった。ここでは桃太郎は、生前を知らぬ人物の亡きがらに触れただけであった。あるいは喪失という点で彦三郎に自分を重ねたに過ぎなかった。

 三度の経験と記憶は桃太郎の内部で連絡し、死という一般化された観念を形作った。眼前に横たわる翁もまたこの観念の複雑な編み目の中に絡まっていた。そして桃太郎はついに、ただ座ってそれを眺めているということが出来なくなってしまった。

「お爺さん、お爺さん」

桃太郎は呼びかけた。翁は果たして目が覚めているのか、呼びかけに応えることが出来るのかさえ不明であったが、少し間があってから「うう」とうめくような声を発した。

「お爺さん、桃太郎です。僕、ここにいますよ。」

 翁は最初、うめき声だけを返した。そして、さっきからずっと固くつむったままの両目を開けることもなく「おお、桃太郎。」とだけ言った。


 抜けがらのような翁の状態は媼が戻ってからも変わることはなく夜までずっとその調子で、翌朝にはもうその表情は穏やかなものに変わり、何を言っても応えず、動くこともなくなっていた。桃太郎は先に起きていた媼の口から翁の絶命を知らされたが、それは聞くまでもなく媼の顔を一目見れば知れることだった。

 亡きがらは家の裏手に埋葬された。キジがそれを手伝った。その日イヌは姿を見せず、この男が来たのであった。桃太郎とキジが墓穴を掘り終えるのにさして時間はかからなかった。その中に亡きがらを横たえ、後は土を被せるだけだった。足下の、穴の底に横たわっている翁を見下ろして、見下ろしたまま止まってしまった桃太郎にキジが言葉をかけた。

「辛いか。」

 桃太郎は答えなかった。動くこともなかった。キジは反応を待っていたが、それがないと分かって、一人言葉を続けることにした。

「これはおれの考えだが、死というのは、様々な形があるように見えて、その実それらは同じ一つのものなのではないか。いつ、どんな風に死んだとしても、死は死であって変わらない。その呼び名は、生きているものがその命を失うというただ一つの出来事を指している。様々な死があると言ってその一つ一つを特別なものにしようとする人間は多い。だがそういう人間が死の一つ一つに与えている個性は全て、死そのものではない別の部分のことを言っているに過ぎない。死そのものは同じで、等しい。良いも悪いもなければ、早いも遅いもない。全ての死は同じで、しかもおれは、全ての死が正しいものだと思っている。命の正体が人にははかり知れぬのと同じように、命の終わりについても、おれたちは決して真実を知ることが出来ない。人の知恵の及ばぬところにある以上、人の知恵からすればそれは正しいと言うほかはない。だからおれはな、桃太郎、人の死に出くわした時にはいつも、それがどんなに予期せぬものだったとしても、これできっと、あるべきところへ収まったのだと、そう思うのだ。しかし、なくなるということは、一人の人間の生命であっても、終わってしまうとあっけないものだ。」

 キジは墓穴の底にいる亡きがらを見ながら話していた。今、桃太郎へ視線を向けると、いつの間にかキジの方を見ていた桃太郎と目が合った。キジはにやりと、試すような顔つきをして言った。

「あんまりな言い草だと思うか。」

 桃太郎は何かを言いかけたが、口には出さずばつが悪そうに下を向いた。キジが桃太郎の答を待ったため、そこに沈黙が生まれた。桃太郎は顔を上げ、この沈黙の前に言おうとしたのをやり直すかのように、言った。

「いえ、むしろ腑に落ちました。確かに、あっけない。」

 二人は墓穴を埋め戻し、埋葬は終わった。間もなく冬が終わるはずだった。雨が降り、生温かい空気が注ぎ込み、太陽が高いところから照らす光は地面を温め、この墓穴の埋め戻した跡をあっという間に草が覆って分からなくなる様子を、桃太郎は想像した。そして自分なりの仕方で、あるべきところへ収まった、キジのその言葉を納得したのだった。


 それからしばらくの間、キジもイヌも姿を見せなかった。桃太郎は媼と二人、山での通常の日々を送りながら、その合間に時間を作っては剣術の練習をした。それがキジからの言いつけであった。翁の埋葬の日の帰り際、キジは以下のような指示を、姿を消すに先立って桃太郎に与えていた。それは、一つ、自分とイヌはこれより数日の間ここへは来ないこと。一つ、十日足らずのうちにイヌが再び現れる、その時にはイヌと共に山を下りること。一つ、この時をもって鬼首打倒、その行動の開始であること、そしてそれまでの間、怠らず剣術の練習に努めること。これらであった。

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