真夜中のプール
蒸し暑い。
もう午後十一時を過ぎているというのに、部屋の温度計は三十度を超えている。
エアコンは故障し、熱風しか吐き出さない。
私はガマンできなくなり、アシスタント達に声をかけた。
「こんな状態じゃ、仕事が捗らない。ちょっと息抜きに出ようか」
「ええーッ!? 大丈夫なんすか、先生?」
チーフの木下が言った。私は木下を見て、
「君が一番限界来てる顔だよ。とにかく、今のまま続けても皆参ってしまう。ここから出よう」
「はあ。先生がそうおっしゃるのなら……」
木下は他のアシスタント達に目配せして答えた。
「なに、そんな長時間抜けようと言ってるんじゃないよ。小一時間で戻るのさ」
私はさっさと席を立ち、ペンを置いた。
「明かりはつけたままでいいよ。すぐ戻るんだから」
私はアシスタント五人を引き連れ、蒸し風呂のような通称「アトリエ」を出た。
最初はただブラブラしてコンビニで冷たいものでも買うつもりだったのだが、予定が変わった。
コンビニに行く途中に小学校があり、校庭の一角にプールがあるのが見えたのだ。
「おい、涼まないか、あそこで?」
私は悪戯心を起こして提案した。木下は、
「まずいっすよ。警備員がいますって。見つかったら大変ですよ」
「大丈夫だよ」
私は全く気にも留めずにサッとフェンスを乗り越え、プールサイドに侵入した。
木下達も顔を見合わせていたが、次々にフェンスを乗り越えた。
「そーれっ!」
私はトランクス一枚になり、プールに飛び込んだ。
「やっほーっ!」
アシスタント達も飛び込んだ。私はすぐに水から上がり、スタート台に上った。
その時、誰かがドンと私の背中を突いた。
私はバランスを崩して、ドボンとプールに落ちた。
「こら、誰だ、背中を押したのは!?」
私の言葉に木下達は蒼ざめ、
「自分らは全員、プールに入ってましたよ、先生」
「えっ?」
次の瞬間、私達は何者かに足を引っ張られて、水没した。
もがいた。しかし、水中に引き込む力は壮絶なほど強く、抵抗虚しく全員水底に沈んだ。
どれほど時が経過したのだろう。
「そんなところで何をしている!」
という怒鳴り声で、私は目を覚ました。
慌てて周囲を見回す。木下達も起き上がっていた。
「ここは……?」
私達は水のないプールに寝ていたのだ。
「誰なんだ、あんた達は?」
懐中電灯で私達を順番に照らしながら、警備員らしき男が尋ねた。
「す、すみません。あまり暑かったので、プールで涼もうと思って、つい……」
私がそう言い訳すると、警備員は首を傾げて、
「水のないプールに入っても涼めないだろう? 何を考えているんだ、あんた達は?」
「ええ?」
私は木下達と顔を見合わせた。プールの水は抜かれたわけではなかった。
私達の誰も水に濡れていないし、プールの底も湿ってもいない。
「このプールはもう取り壊すんだよ。この小学校も今年で廃校なんでね」
「……」
私達は身震いした。
水は確かにあった。
しかし私達には全く濡れた痕跡がない。
そして私を突き落とした何者かの存在……。
私は警備員に平謝りし、小学校から出た。
「何だったんすかね?」
木下がぼそりと言った。しかし誰も答えなかった。
私はアトリエの鍵を取り出し、ドアを開いた。
そして腰を抜かした。
中は洪水でもあったかのように水浸しだったのだ。
終わっていない……。
ここにいるんだ、あいつが……。