5時まで男
私はある企業の営業課長である。
今年入った新人の中に非常に優秀な男がいたので、即戦力として我が課に引き入れた。
そして私が直接指導し、営業のいろはを教えた。
彼はそれを思った以上に理解してくれた。
10年に1人の逸材だと思った。
しかし、彼には致命的な問題があった。
残業を拒否するのだ。
様々な理由をつけて、定時に退社する。
仕事には支障がないのだが、他の社員の手前、あまり好ましい事ではないので、私は彼に話をする事にした。
使っていない会議室で待っていると、彼は正確に指定した時間に来た。
「何でしょうか?」
彼は真っ直ぐな目で私を見て尋ねた。私は咳払いをしてから、
「君はいつも定時に退社するね。どうしてなのかな?」
「仕事は全て滞りなく終わらせています。何も問題はないと思いますが?」
予想通りの返答だ。確かにその通りだ。しかし私は、
「君は同僚との夜の付き合いを一切していないそうだね?」
「はい。それも仕事には支障ありません。普段は問題なくやり取りしております」
「……」
要するに仕事さえキチンとこなしていれば、後は関係ないという主義か。
最近そういう人間が増えているらしいが、私はそうは思わない。
「人付き合いが苦手なのかね?」
「いえ、そのような事はありません。休日の集まりには参加しています」
確かに彼は日曜のレクリエーションやスポーツには参加している。
「残業が嫌なのかね? 遅くなるのが困るのか?」
私は何故この男がそこまで早く帰りたがるのか不思議だった。
私はむしろ、居場所がない我が家には寝に帰るだけで十分だと思っているくらいだ。
彼は両親と同居でまだ独身。
家に早く帰りたい理由は何か、興味が湧いた。
「はい。遅くなるのが困るのです。夏は多少の残業はできますが、秋から冬にかけては、定時前に退社させていただきたいのです」
「え?」
私は呆気に取られた。
何を言っているんだ、この男は?
逸材と思った私が愚かだったようだ。
こいつは自己中心的な人間なのだ。
説得は無理だ。
惜しい気がするが、そこまで甘い考えだと、この先何か問題を起こしかねない。
「そのような考えでは、この先難しいな」
「そうかも知れません。しかし、私が残業すると、皆さんに多大なご迷惑をおかけすることになります」
「どういう意味かね?」
こいつ、実は頭がおかしいのか? そう思い始めた時だった。
彼はおもむろに両手で頭髪をつかむと、それを引き剥がした。
「何だ?」
私はその行為に唖然とした。
「む?」
私は彼の頭部にあるべき頭皮の代わりに、黒いパネルのようなものがあるのに気づいた。
「私は実は太陽光で動く人間なのです。ですから夕方や夜は活動できないのです」
私はその「言い訳」に激怒した。
「ふざけるな! 言うに事かいて、何だ、その言い草は!? 今日は何が何でも残業してもらうからな!」
私は彼を強制的に残らせる事にした。
そして、午後6時。
本当に動かなくなった彼を見て、呆然としている私がいた。