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髪の毛
おや?
朝、顔を洗っていて、ふと洗面台を見ると、大量の髪の毛が。
「う」
何だ? こんな長い髪の毛、女房のものじゃない。
俺は怖くなった。
何故なら以前、付き合って捨てた女が自殺した事を知ったからだ。
長い髪が自慢の、細面の美人だった。
確かそいつは、三日前に死んだと聞いた。
「まさかな」
それでも信じなかった。
その夜。
今度は風呂で頭を洗っていた時だ。
「げっ!」
排水口にまた長い髪の毛。
そんな! 俺はあの女を捨てたが、殺した訳じゃない!
自殺だって、病気を苦にしてのはずだ!
俺は懸命に自分に言い訳しているのに気づいた。
それほど怖かった。
「う」
更に次の日の朝だ。味噌汁にも長い髪の毛。
「どうしたの?」
怪訝そうな顔で女房が俺を見ている。
「いや、味噌汁の中に髪の毛がさ」
俺はそれを引き出して女房に見せた。
長さは四十センチくらいあった。
女房は気味悪がるかと思ったが、何故か呆れた顔になった。
そして冷たい口調で言った。
「いい加減、床屋に行きなさいよ、貴方。まるで落ち武者よ」