愛されたいから殺したい
私は悩んでいた。
私の妻が浮気している。
興信所からの調査報告書を見た。
疑ってはいた。
年の差婚なのでそんなことを考えてしまうのだ、と自分を戒めた事もある。
そして、そんな事はないとずっと信じていた。
私の思い過ごしだと。
しかし、現実は違っていた。妻は紛れもなく「クロ」だった。
私は悲しかった。
何十年も一緒に暮らして来たのに。
私は一度も妻に手を上げた事はなかったし、暴言を吐いた事すらない。
何故浮気をされたのか全く理解できない。
相手の男は若い男なのかと思ったが、私と変わらない老年の冴えない男だ。
ますます浮気の理由が分からなくなった。
私は調査報告書を嘗めるように読み、妻が一体どこでその男と知り合ったのか知った。
ボランティアで参加していた介護施設の中でだった。
妻は以前から福祉に興味を示し、熱心にその類いの講習を受けて資格試験を受けていた。
彼女は若い頃から何事にも一生懸命で、またその試験勉強をしていた頃は、私も妻の事を疑っていなかったので、彼女をサポートした。
その甲斐もあって妻は資格を取得し、ボランティアに関わるようになった。
そして例の男と知り合ったのだ。
私が出張で何日か留守にすると、決まってその男と連絡を取り、会っていた。
酷い時は泊まりがけで出かけたりもした。
報告書を読むのが辛くなったが、それでも私は何とか耐えて読み進めた。
さすがに人目を気にしているのか、ラブホテルのような場所には行かず、決まってシティホテルかビジネスホテルで会っていた。
相手の男も妻子がいる。
両方共に不倫だ。
一時は相手の奥さんにこの事を話し、2人で現場に乗り込もうかと考えもした。
しかし相手の奥さんは病弱で、そんな事はさせられないし、するわけにもいかない。
私は決断した。
私は自分だけで解決しようと思った。奴には奴で、自分の家族と向き合ってもらった方がいいと。
私は妻が帰るのを待った。
その夜遅く、妻は帰宅した。
彼女は私がまだ起きていたのに驚いていた。
「どうしたの、こんな遅くまで起きて。明日も早いんでしょ?」
「構わんさ。明日は休暇を取った。お前とゆっくり話し合おうと思ってな」
「話し合う?」
妻は何の事だという顔で私を見た。私ははらわたが煮えくり返る思いだったが、
「これを見てみろ」
と調査報告書を放った。
「何、これ?」
妻は驚愕していた。報告書を持つ手がブルブルと震えている。
「何よ、これ? 私を調べていたの? 酷いわ!」
「酷いのはどっちだ? お前は私がいない時、いつもその男と会っていた」
「それは……。話そうと思っていたのよ」
「話す? 何を話すつもりだったんだ?」
「でも、なかなか言い出せなくて……。私もどうしたらいいのか悩んでいたから」
「何が悩んでいただ! 私はお前の何倍も悩んでいたんだぞ!」
「何を悩むって言うのよ!? 貴方は仕事ばかりで、私の事何も構ってくれなくて!」
私は妻のその言葉にカチンと来た。
「何を言うか! お前が試験勉強をしていた時は、仕事も早めに切り上げて、協力したじゃないか! それを構ってくれないとはどういう言い草だ!?」
「そうやっていつも恩着せがましいのが貴方の嫌なところなのよ!」
「あいつはそういうところがないから好きなのか?」
「違うわ! それは誤解よ。貴方はとんでもない思い違いをしているわ!」
「どんな思い違いだ! そうだ、お前の事か? 確かに思い違いしていたな! お前はとんでもない女だったよ」
「何ですって!?」
妻はテーブルの上にあった皿を私に投げつけた。
「くっ!」
私はそれをかわそうとして顔を両腕で庇った。
皿は私の右腕に当たって砕けた。
「ギャッ!」
妻の叫び声がした。私は腕を下げて妻の方を見た。
「!」
彼女は皿が砕けた時に飛び散った破片の一つを喉に喰らい、そのまま倒れていた。
「バカな……」
私は妻に駆け寄り、声をかけた。名前を呼んだ。しかし妻はピクリとも動かなかった。
確かに殺してやりたいと思った。しかし、本当に殺そうと思った事はなかった。
いくら浮気をしたとは言え、それがそこまでの罪とは思ってはいなかった。
私は妻の遺体にすがり、泣き続けた。
気がつくと私は妻の遺体を抱いて寝てしまっていた。
悲しみに耐え、彼女の遺体を寝室のベッドまで運んだ。
「何て事だ……」
私は昨夜の事を思い返し、また涙した。
その時、私の感情を全て消し去るかのように玄関の呼び鈴が鳴った。
時計を見ると朝の7時だ。
こんな朝早く誰だろう? 私は誰であろうとすぐに追い返そうと思って玄関に向かった。
「えっ?」
ドアを開くとそこに立っていたのはあの男だった。
何だ、どういう事なんだ?
「朝早くに申し訳ありません。娘はまだ寝ていますか?」