雪の夜の怖い話
冬の夜の怖い話は、身体の芯まで凍えるような恐怖を味わうにはうってつけです。
そろそろ本格的な冬到来の今にピッタリのお話を致しましょう。
ある村に一人暮らしのおばあさんがいました。
おばあさんは決して裕福ではありませんでしたが、亡くなったおじいさんが残してくれた畑を耕し、牛の世話をして、野菜と牛乳を売って生活していました。
そんな冬のある日の事です。
おばあさんの村から遠く離れた町で、銀行強盗事件が起こりました。
ニュースで事件を知ったおばあさんは、
「この村はそんな事が起こらなくて平和で良かった」
と思いました。
ところが、その強盗がおばあさんの村に逃げて来て、あろうことか、おばあさんの家にやって来たのです。
「ババア、騒ぐと殺すぞ」
強盗は若い小男で、目出し帽に革のブルゾン、ジーパンという出立ちで、銀行から奪った札束の入ったバッグを持ち、猟銃でおばあさんを脅かしました。
「私の家には何もあげるものがないよ」
おばあさんは針金のように細い身体を震わせながら言いました。強盗は家の中を見渡して、
「確かにそうだな。なら丁度いい。ここにしばらくいさせてもらうぜ」
と言いました。おばあさんは腰を抜かさんばかりに驚きました。
その日から強盗はおばあさんに食事の支度や洗濯、お風呂の準備までさせました。
そして何日かが過ぎました。
警察は強盗の足取りを掴めず、まだ犯行現場付近の聞き込みをしていました。
おばあさんは強盗が入浴している間に、こっそり手紙を出し、警察に強盗がいる事を伝えました。
警察はおばあさんの家に強盗がいる事を知り、いろいろと作戦を考えました。
おばあさんが人質に取られているので、迂闊な事はできません。
最初は説得工作で臨む事にしました。
しかし、万が一を考え、狙撃班も配備する事になりました。
そして二日後。
警察は黒塗りの車で交渉人を差し向け、強盗の説得を始めました。
「君は完全に包囲されている。武器を捨てて出て来なさい。今ならまだやり直せる」
「うるせえ!」
強盗は窓ガラスを割り、猟銃を警察の車に向けました。
狙撃班に緊張が走ります。
「その家にいるおばあさんだけでも、解放してくれないか? 何なら、私が代わりに人質になってもいい」
しかし、交渉は難航し、時間ばかりが過ぎて行きました。
やがて日が暮れ、空から雪が降り始めました。
雪は辺り一面を真っ白にし、警察の人達の英気を奪って行きました。
交渉は続きましたが、一向に強盗は警察の条件を呑まず、膠着状態に陥って行きました。
そして夜が明けました。
それでも交渉人達は粘り強く強盗を説得しました。
やがて強盗も精神的に参って来たのか、交渉人が代わりに人質になる事を受け入れました。
交渉人はホッとして、おばあさんの家に歩き出しました。
するといきなり強盗が猟銃を構えて現れました。
雪の降りしきる朝に轟く銃声。
胸から血を流し、交渉人が倒れ伏しました。
強盗はサッと家の中に隠れました。
「助けてー!」
おばあさんの叫び声がしました。
そして静寂。
何が起こったのかと、刑事達は固唾を呑みました。
やがて、遠巻きに待機していた刑事と機動隊が一斉におばあさんの家に駆け寄ります。
強盗は割れた窓ガラスから刑事達を見ようと顔を出しました。
次の瞬間、狙撃班が一斉に強盗を狙撃し、強盗は蜂の巣になって倒れました。
交渉人と強盗の死によって、事件は幕を閉じました。
刑事達がおばあさんの家を捜索しましたが、強盗が奪った現金はどこからも出て来ませんでした。
「おばあさん、強盗は現金を詰めたバッグを持っていませんでしたか?」
刑事が尋ねました。
「いえ、持っていませんでしたね。手ぶらでしたよ」
「そうですか」
刑事達はガッカリしておばあさんの家を去りました。
おばあさんはニッコリして、狸のようにふっくらしたお腹をさすりました。
「そうそう。手ぶらでしたよ」
おばあさんは嬉しそうに呟きました。