黄泉返り
私は最愛の妻を失ってしまった。
しかも、私の不注意で。
脇見運転をしていて、道路脇から飛び出した少女に気づくのが遅れ、私はハンドル操作を誤った。
車はそのまま電柱に激突し、妻は潰れた車体に挟まれ、圧死した。
私は気が狂いそうだった。
妻が死んでしまった事だけでも衝撃的なのに、その原因が自分にあるのだ。
何度も後を追おうと思った。
その度に友人や親戚の人達が、私を止めた。
私は、
「死なせてくれっ!」
と絶叫したらしい。
そんな状態が何日も続き、私は痩せ衰えた。
そして不意に妙な事を思い出した。
我が家に伝わる秘伝。
私の一族は、古くから続く呪術師の一族であったらしい。
その力は、祖父の時代に捨ててしまったようだ。
しかし父はこっそりとその秘術書を保管し、死ぬ直前に私にその在処を教えてくれた。
私はその秘術書を読んでみる事にした。
確か、「死人を黄泉返らせる術」が載っていたはずなのだ。
屋敷の奥、まさに開かずの間の中にその書はあり、私は遂に封印を解くことにした。
秘術書は父に教えられた所に確かにあった。
埃まみれだった。
私は埃をフーッと吹いて飛ばした。
辺り一面にカビ臭いニオイが充満した。
ハードカバーを開き、ページを捲る。
「黄泉返り」
その術は確かに載っていた。
私は貪るように読んだ。
必要な物、呪文、手順、全て事細かに記されていた。
これで妻は黄泉返る。
私は恐ろしい事をしようとしているという罪悪感より、妻が生き返るという喜びの方を強く感じていた。
そして満月の夜、私はその秘術を決行した。
大きな壷に必要なものを全て投げ込み、呪文を唱えた。
「はっ!」
私は壷の中から叫び声がするのに気づいた。
「まさか?」
それはやがて人の声とわかるくらい大きくなった。
「この声は?」
私は歓喜の涙を流した。
妻だ。妻の声だ。
壷に駆け寄った。
ああ、愛する妻よ。
早くその姿を見せてくれ。
ボンと大きな音がした。
その音と同時に、壷から妻が飛び出して来た。
間違いない。
あの妻だ。あの美しい妻だ。
私は一抹の不安を感じていた。
死人は黄泉返っても過去の記憶を失っていると聞いた事があったのだ。
しかし妻ははっきりと言ってくれた。
「貴方」
私は更に涙を流した。
良かった。思い過ごしだった。
彼女は私を覚えている。
妻は私に歩み寄り、
「何で私を死なせた! あの時の苦しみ、味わわせてやる!」
私は妻に首を絞められた。
遠のく意識の中で、それでも私は妻が黄泉返った事を喜んでいた。