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あの世入門

 俺は死んだ。


 死因はわからない。


 何故死んだとわかったのかと言うと、死神が現れたからだ。


 死神というと黒マントに骸骨で大鎌を持っているイメージがある。


 しかし俺の前に現れた死神は、会社の営業マンにしか見えなかった。


「私、天国の新死人担当の死神です。どうぞよろしく」


「ああ」


 愛想良く名刺を差し出されたが、何かシックリ来ない。


 死んだ人間に対してそんな陽気な挨拶はどうなのかと思った。


「新死人て何?」


 俺は名刺を見たままで営業マンにしか見えない死神に尋ねた。


「ああ、死んでから二十四時間以内の方の事です」


「なるほど。ところで俺は何で死んだんだ?」


「世の中知らない方がいい事もございまして」


 妙に嬉しそうに言われたのが癪に障る。


「何だ、そんな悲惨な死に方なのか?」


「はい、ある意味」


「ある意味? どういうことだ?」


 俺は死神を睨んだ。それでも奴はニコニコしながら、


「貴方は会社の飲み会で悪酔いして、トイレで戻している時に足を滑らせて……」


「ああ、もういい!」

 

 俺はそれ以上詳細を聞くつもりはなかった。確かに「ある意味悲惨」だ。


「それでですね、今後のことをご検討していただきたいと思いまして」


「今後の事? 天国か地獄かっていう事か?」


 俺が真顔で尋ねると、死神は大笑いして、


「いえいえ。貴方は天国に行きます。私は天国所属ですから。そういうことではありません」


「そうか。なるほど」


「ご希望なら、地獄所属の死神を呼んで、体験ツアーもできますが」


 俺は目を丸くした。


「体験ツアー? そんな気軽に行けるのか、地獄って?」


「はい。でも内容はハードでして、大概の体験者の方のご感想が『死ぬかと思った』でして」


 俺は頭が痛くなりそうだった。こいつは本当に死神なのかと疑いたくなった。


「これからどうすればいいんだ?」


「まずはコースを選択していただきます。上級、中級、初級とございまして」


「試験でも受けるのか?」


 俺は死んでまで勉強はしたくなかった。すると死神は、


「違います。試験ではございません」


とイラつく愛想笑いで答えた。


「上級は神になるコース、中級は天国の高級官僚になるコース、初級は死神になるコースです」


「随分と開きがあるな。それにしても、天国も官僚支配なのか?」


「はい。但し官僚がいるのは日本管轄の天国だけで、他国管轄の天国にはおりません。その代わり独裁体制の天国もあります」


 死神は申し訳なさそうに、でも嬉しそうに話した。


「どのコースにお進みになりますか?」


「その前に内容を説明してくれ」


「それもそうですね」


 死神は「しまった」という仕草をしたが、まるで昭和の芸人だった。


「こんな感じになりますね」


 大きな黒いバッグの中からパンフレットのようなものを取り出し、俺に手渡した。


「神のコースは……。毎日難行苦行か。神になれば年棒が……。凄いゼロの数だな」


「はい。でも選択された方で実際神になれた方は全体の0.001%ですね」


「そうだろうな。俺はこんな難行苦行はいくら積まれてもしたくない」


 そう言いながら次に「高級官僚コース」を見る。


「神に比べれば年棒は安いが、結構な収入だな。でも何だこの、ハイリスクハイリターンていうのは?」


 死神は揉み手をしながら愛想笑いをし、


「誘惑が多いという事です。神コースの難行苦行は官僚が監視・判定するのですが、贈収賄が後を絶ちません」


「死んでもそれか。で、収賄がわかるとどうなるんだ?」


「地獄行きです」


「それでも収賄する奴の神経がわからないな」


「しかし、それを逃れるために地獄でも収賄が後を絶ちません」


「生きている人間の社会より酷いな」


「所詮天国も地獄もその大半は人間ですから」


 俺は溜息を吐いて「死神コース」を見た。


「これには特にコメントがないが……。どういうコースなんだ?」


「今私がしているような事が主な仕事です。要するに営業ですね」


 俺はうんざり顔で、


「死んでも営業かよ。仕方ないな。死神コースにするか」


「ありがとうございます。では早速研修に行ってもらいます」


 俺は驚いた。


「おいおい、いきなり研修かよ。事前説明会とかないのか?」


「ありません。事前説明会の代わりが今の私の話ですから」


「そうか。で、どこに研修に行くんだ?」


「たった今死んだ人がいるんです。その人のところに行って私と同じ事をして下さい」


 死神は突然大きなバッグを俺に差し出した。


「無理だよ。そんな急に言われてもさ。間違ったらまずいだろ?」


 俺の不安を他所に死神はニコニコ顔でこう言った。


「大丈夫です。相手も初めてですから何もわかりゃしません。二度三度来る人はいませんからやっつけ仕事でいいんですよ」


 それもそうだと妙に納得してしまった自分が情けなかった。

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