幽霊トンネル
幽霊出没スポットで、五本の指に入る「トンネル」。
今日は、そんなトンネルの中でも、1、2を争う恐怖のトンネルのお話をしましょう。
関東で有名なのが、G県M市のトンネルです。
白い服を着た女性の霊が目撃されています。
赤い車で通ると、出現率が高いという噂があるそうです。
この話は、偶然現地に行ってしまった気の毒な者の体験談です。
丸山鉄也。23歳。
大学を卒業し、地元の企業に就職して早3ヶ月。
業務にも慣れ、職場の人達との交流もうまくいくようになり、充実した日々を過ごしていました。
そんな鉄也君が、上司に言われて隣県のT県に出張しました。
出張と言っても配達を兼ねた挨拶のようなもので、仕事そのものは何事もなく完了しました。
運転免許は大学入学前に取得していたものの、実際遠距離を走行したのは初めてだったので、鉄也君は帰り道で曲がるところを間違え、会社のあるI市ではなく、逆の方向へと進んでしまいました。
それに気づいたのは、随分と帰路から外れてしまってからでした。
「どこだ、ここ?」
地図も持っていない上、乗っているのはナビがついていない社用車。
鉄也君は完全に自分がいる場所がどこなのかわからなくなっていました。
携帯は圏外、いくら走っても人家はなく、公衆電話も見当たりません。
しかもさらに悪い事に、雨が降り出し、太陽で方角を割り出す事も出来なくなりました。
「参ったな、ホントに」
鉄也君は普段からあまり焦ったりしない性格なのですが、さすがに狼狽えていました。
時刻は午後6時。
まだそれほど遅い時間ではありませんが、会社にはもう誰もいません。
「直帰していいから」
上司にはそう言われていたのですが、それでも連絡を入れられなかったのは悔やまれました。
あいつ、どこかでサボってるんじゃないの?
そんな風に思われるのでは、などと考えたりもしました。
「何とか、国道に出ないと」
鉄也君は勘を頼りに道を曲がり、広い道路に出られないかと試行錯誤しました。
でも、周囲の風景はますます山深い様相を呈して来ており、これ以上動き回るのは得策ではないと思うようになりました。
「何で地図を忘れたんだろう」
今更そんな事を悔やんでみても仕方ないのですが、そんな事を考えてしまう程、鉄也君は追いつめられていました。
「あっ」
ようやく国道に出られました。
「確か、こっちでいいはず」
鉄也君は迷わず右折しました。その国道は、T県に行く時、走った記憶があったからです。
しかし、鉄也君は思い違いをしていました。
彼が走ったのは、その国道のバイパス。
今彼が走っているのは、旧道。今はほとんど通行がない道です。
彼はその時、その先に例のトンネルがあるとは夢にも思っていませんでした。
その上、鉄也君の乗る社用車は、会社のロゴが入ってはいましたが、赤でした。
サーッと降り続ける雨の中を、鉄也君の乗る赤い車が走っています。
車はやがて緩やかなカーブを曲がり、コケだらけのトンネルに差し掛かりました。
「!」
鉄也君はトンネルの入口に気づき、ギョッとしました。
G県の者なら、大抵の人が知っている話なのです。
彼はその話を思い出しました。
「やば、ここあのトンネルじゃないか。戻ろう。しかもこの車、赤だし…」
鉄也君は慌ててブレーキを踏み、切り返しを数回して、方向転換しました。
「危なかったな」
入る前に気づいて良かったとホッとしていると、何故かまた前方にトンネルが見えて来ました。
「バカな…。そんなはずない!」
鉄也君はもう一度切り返しをし、車を方向転換させました。
「畜生、ビビり過ぎだぞ。方向変えたつもりで、そのまま進んでたんだな」
恐怖のあまり、独り言が多くなって来ています。
霊の力で惑わされているのでは、と思いそうになるのを必死にやめ、鉄也君は車を走らせました。
「嘘だ…」
何故かまたトンネルが見えて来ました。
急ブレーキをかけ、車を停めます。
彼は外に出て、周囲を見渡しました。
「おかしい。どっちを見ても、同じに見えるぞ…」
彼はおかしくなりそうでした。
その時です。
後ろからライトに照らされ、ギョッとして振り返ると、そこには畑から帰る途中の風体のおじいさんが乗る軽トラックが停まっていました。
「どうしたい、あんちゃん?」
おじいさんは窓から顔を出して尋ねました。
「道に迷ったみたいで。I市に行くには、どちらに行けばいいのですか?」
「何だ、Iに行くのなら、このままトンネル越えればいい」
「そ、そうですか」
鉄也君はおじいさんの言葉に顔色を変えました。おじいさんは、
「そうか、幽霊が怖いんか。そんなら、俺のあとついて来い。そうすれば、怖くねえだんべ」
と笑って言いました。鉄也君はおじいさんに臆病者と思われたのが悔しかったのか、
「いや、その、道がわからなくてですね…」
と言い訳めいた事を口にしました。
「ま、どうでもいいや。とにかくついて来いや。間違いねえから」
「は、はい」
とっとと走り出す軽トラに驚き、鉄也君は車に戻ると、おじいさんを追いかけました。
おじいさんは躊躇う事なくトンネルに入り、そのままのスピードで走って行きました。
「凄いな、あのおじいさん。全然ビビってない」
これが年の功と言う奴か。鉄也君はそう思いました。
「いっ!」
入ってすぐに、彼は固まりそうになりました。
トンネルの先に、白い服を着た女性が立っていたのです。
しかも女性には足がありません。
間違いなくこの世の者ではないのです。
しかし、おじいさんの軽トラは全く気づいていない様子で、その女性の脇を通り過ぎました。
「見えない、見えない」
鉄也君もおじいさんに倣い、女性を見ないようにして進みました。
「待ってェェェッ!」
女性の叫び声が聞こえます。まるでこの世の終わりを思わせるような声です。
「空耳、空耳…」
鉄也君は女性の叫び声を無視して進みました。
女性は更に叫びました。
「そのおじいさんについて行ってはダメ! その人は悪霊なのよ!」