傷心旅行は気をつけて
ある企画に参加する前の練習作です。
魅せられてしまった。
バリ島へ傷心旅行をした時の事だ。
露店で見つけた、まさに真紅の仮面。
そのまま吸い込まれそうな赤。新鮮な血の色にも似た衝撃的な色彩。
私はいくらなのかも確かめずにその仮面を購入した。
それ程の金額ではなかったと思う。
手持ちの現金で買えたのだから。
すっかり興奮していて、記憶が飛んでしまっている。
思えばそれは前兆だったのだ。
私はその仮面を自分の部屋に飾った。
母は気味悪がった。父は趣味が悪いと言った。
しかし私は気にしなかった。
魅せられていたのだ。
いや、魅入られていたのかも知れない。
その夜、私はハイテンションのまま眠りについた。
夢を見た。
どこかの洞窟。周囲には誰もおらず、松明が四つ灯されている。炎が近いため、時々私に火の粉が降りかかる。
しかし、熱さは感じない。
何故こんなところに?
しかも私は何も身に着けていない状態で、平らな石の上に四肢を縛り付けられていた。
全部丸見えだ。
そうでなくても情けない貧乳が、余計平らになっている。
な、何?
恥ずかしいよりも先に、恐怖が心を埋め尽くす。
夢から覚めた。ホッとする。
バリ島で見たファイヤーダンスの事が頭に残っているのかな?
そう思い、夢の事は忘れた。
会社の上司と同僚達にお土産を配った。
私はふと夢の事を思い出し、隣の席の真由美に話した。
「あんた、男に飢えてるんじゃないの?」
真由美はそう言って笑った。
「そ、そうかな?」
そうかも知れない。傷心旅行と言いながら、実は男を探していたのだから。
そう思い、それ以上夢の事を考えるのはやめた。
そしてその夜。
私はまた洞窟の夢を見た。今度は全裸の私を数十人の男達が取り囲んでいる。
男達は皆、真っ赤な仮面を被っていて顔はわからない。着衣は全員腰蓑のみである。
私はさすがに恥ずかしくなり、叫ぼうとしたが声が出ない。
そればかりか、動くのは顔だけで、手も足も動かすどころか、感覚すらない。
いくら男に飢えているとは言え、このシチュエーションは変だ。
そのうちに男達が奇声を発しながら、私の周りをグルグルと歩き出した。
よく見ると彼らは手に大きな斧を持っている。
何するつもりなの!?
そこで目が覚めた。
全身汗塗れだ。
あれ?
しかも、手首と足首には何かの痕が着いている。
「これは……」
縄で締められた痕だ。
私は怖くなった。そしてアッと思い、壁の仮面を見た。
以前より仮面の色が濃くなっている。
血が変色して赤黒くなるように。
私は思わす携帯を手に取り、時間も気にせずに連絡した。
相手は私の家の菩提寺の住職だ。
幸い住職はすでに起床していた。僧侶なら当然なのだが。
理由を話すと、住職はすぐにその仮面を持って来るように言った。
私は会社を休み、住職の待つ寺に出かけた。
「……」
住職は仮面を手にしたまま、しばらく何も言わなかった。
「あの」
私は堪りかねて声をかけた。すると住職は、
「危なかったですな。これは死仮面です。死んだ者の顔に被せて弔いの儀式に使うものです」
「ええ?」
私は住職の説明に仰天した。
「しかもこの仮面、より悪い事に何度か使われていてその死者達の念が取り憑いている」
「そ、そうですか」
私が魅入られたのはそれだったのか。
「この仮面は私が供養します。貴方にはもう何も起こらないはずです」
「ありがとうございます」
私はようやくホッとできた。
「これに懲りて、旅先で妖しげなものは買ってはいけませんよ」
「はい」
最後に住職に痛いところを突かれた。
傷心旅行は国内にしとこう。
そう思った。