ホラー作家の憂鬱
皆さんは信じますか?
怖い話をすると霊が集まって来るという話を?
私は信じます。
何しろ、身をもって体験してしまったのですから……。
私はしがないホラー作家、天道よし子。これ、本名。
デビューこそ華々しかったけれど、その後は鳴かず飛ばずで、馴染みだった編集者も月に一度連絡をくれればいい方だ。
そんな状態がしばらく続いたある日の事。
資料の中に妙に目を引く一冊の本があった。
「百物語」だ。
皆で怖い話を百すると、本当に怪異が起こるという話。
私はある出版社から短編の依頼を受けていた事を思い出し、
「書いてみるか」
とパソコンに向かった。
しかし、何も思いつかない。
怪異? 妖怪? 幽霊?
どうしよう? さっき編集部に電話して、
「すぐ書けますから」
と言っちゃったよ。困ったな。
あ。そうだ。この前、友人から心霊体験聞いたな。
それをアレンジして書こう。
すると嘘のように書き進められた。
いっそオムニバス形式で、他の心霊体験も書いちゃえ!
私は古びたネタ帳を机の引き出しから引っ張り出した。
心霊体験はいくつか取材してるから、五話や六話は書けそうだ。
何なら、編集部に売り込みをかけて、連載にしてもらおう。
私は急に調子が出て来たのを不思議とも思わずに、次々に書き進めた。
うん? 何時間パソコンに向かっていたのだろう?
時計に目をやると、深夜二時だ。
十時間くらいパソコンに食らいついていた事になる。
「さすがに疲れたな」
え? 今、窓の外を誰か横切った?
夫は出張でいないし、子供達は修学旅行でいない。
誰? まさか、泥棒?
もしそうだったらどうしよう?
その時私はギョッとした。
私がいるのは二階。窓の外はベランダがない。
つまり、人が横切る訳がない。
そんな……。
冷や汗が噴き出す。
ホラー作家だが、実体験はないし、本当は「超」がつくほどの怖がりなのだ。
怖い話をすると、霊が集まって来るって奴?
嫌だーっ! そんなの絶対に嫌!
私は震えが止まらなくなり、パソコンの電源もそのままに部屋を出た。
そして家中の明かりを点け、鍵という鍵をロックし、外が見えないように全部カーテンを閉じ、家の中央にある居間に陣取った。
ついでにお香を焚き、数珠を持ち、お経を唱えた。
まるで「耳なし芳一」だ。
しかし、それは取越苦労に終わった。
結局何も起こらないまま、夜が明けた。
私はよくあるパターンを知っていたので、本当に朝なのか、テレビをつけて確認した。
あの暑苦しい司会者が気持ち悪い笑顔で映った。
確かに朝だ。何もなかった。
ある訳がない。あんなの、作り話なんだから。
私は自分の大袈裟加減を恥じ、部屋に戻った。
「あら?」
パソコンがメールの受信を知らせている。
「誰から? もう編集部から催促? まさかね」
私は差出人不明のメールを開封した。
まさしく息を呑んだ。
「先生のお力になれて良かったです」
何? 誰? 本当に何か来ていたの?
そのメールは誰が送ったものなのか、未だにわからない。
でも一つだけ考えていることがある。
あの話が見事採用されたら、お礼をしようと。
どうすればいいのかわからないけど、きっとメールで教えてくれるだろう。
これからもよろしくね、どこの誰かわからないけど、親切な方。