アキハバラ君日記
僕は秋葉原光義。
その苗字から会社の同僚達に「オタク」とあだ名されている事を知っている。
酷い話だ。
確かに僕は、スポーツが苦手で、マンガ好きで、美少女アニメに目がなくてガンプラが好きだけど、決してオタクではない。
何故なら、オタクの聖地である秋葉原には一度も行った事がないからだ。
その話を同僚達にすると、
「それはまずいよ。早く参拝しないと、バチが当たるよ」
などと言われ、からかいのネタにされる。
そんな僕だけど、会社の仕事はキッチリこなしている。
どこからもクレームをつけられた事はない。
どちらかと言うと、優良社員に入るはずだ。
しかし、生来の要領の悪さから、同僚の失態を僕の責任にされてしまう。
前にも、同僚の目黒由利子さんが発注ミスした鋼材の件で、目黒さんは、
「秋葉原君に確認してもらって先方にお送りしたんですけど」
などと平気で言い訳した。僕は課長に呼びつけられ、皆の前で叱責を受けた。
横目で目黒さんを見ると、ニヤニヤしていて、全く悪びれた様子がない。
腹が立ったが、目黒さんは部長の愛人という噂があるので、あまり事を荒立てられない。
僕はストレスが溜まる一方だった。
目黒さんに責任転嫁されたのは、一回だけではない。
そんな事を数えるほど執念深くないし、几帳面でもないので、正確には何回かわからないが、片手では足らないくらいのはずだ。
お詫びにデートくらいしてくれてもいいと思う。
そう。
僕は目黒さんが好きなのだ。
彼女に言えないのは、それが最大の理由。
部長の愛人だろうと関係ない。大好きだ。
彼女は性格に問題があるけど、美人で明るいから、そのマイナスを補って余りあるのだ。
バカだと思う。
絶対に実らない恋なのに。
そんなある日。
僕はまた要領の悪さから、一人残業を押し付けられ、会社にいた。
もう十時だ。今日は金曜日なのに、一人でいる。
同僚達は、飲み会だと言っていた。
ああ。何か、涙が出て来た。パソコンの画面が滲んで見えない。
その時だった。
「だあれだ?」
と突然目を覆われた。
「え?」
その声に聞き覚えがあった。何で彼女が?
「目黒さん?」
「せえかあい!」
目黒さんは陽気な声で言った。振り返ると、ほろ酔い顔の目黒さんがいた。
「何よお、アキバ君、何か文句がありそうねェ?」
目黒さんはその可愛らしい唇を尖らせて言った。
「べ、別に文句なんかないよ」
僕は慌てて言った。
「どうしてよ?」
「え?」
突然目黒さんが泣き出した。
ええええ? 「どうしてよ」は君の方だよ、目黒さん。
「どうしていつも私に何も言わないで、自分だけで怒られてるのよ?」
目黒さんが何を言いたいのか、よくわからない。
「カッコつけるな、アキバァ!」
いきなり抱きつかれた。酒乱なのか?
「カッコつけてなんかいないよ。僕が怒られてすむのなら、それでいいから……」
僕は目黒さんを突き放して説明した。目黒さんはまだ泣いていた。
「バカ。不器用にも程があるぞ、アキバァ!」
「ごめん」
僕は笑って言った。すると目黒さんも釣られて笑った。
「ごめんは私の方。アキバ君、ううん、秋葉原君、今までごめんなさい」
「あ、いや……」
改めてそんな事を言われると照れ臭い。
「でも、何でなの? どうして私に何も言わないのよ?」
「君が好きだから」
うわ、言っちゃった。目黒さんはビックリした顔で僕を見ている。
これで呆れられてしまうな。そう思った。いや、キモいって言われそうだ。
「そうなんだ。私の片思いじゃなかったんだ……」
今何て言われたの? 聞き取れなかった。
「私も秋葉原君の事が好きよ」
「……」
僕は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。
えええ? 目黒さんが僕の事を好き?
好き? SUKI? スキ? すき?
「良かった。ありがとう、秋葉原君」
そう言うと、目黒さんはフロアを出て行ってしまった。
僕はその後しばらく呆然としていたため、仕事を片付け終えたのが一時過ぎだった。
そして月曜日。
幾分冷静になった僕は、あの日の出来事は目黒さんが酔っていたからだと結論付けた。
フロアに行くと、目黒さんがいた。
「おはようございます」
普通に挨拶をかわす。
やっぱり彼女、覚えていないようだ。
その方が気が楽でいい。
我ながら思い切った事を言ってしまったと後悔しているのだから。
結局その日一日、目黒さんとは会話をかわさないまま過ごした。
そしてまた僕は一人残業。
同僚達は定時退社。課長が出張なので、皆早く帰ったのだ。
「あーあ」
溜息が出た。何でこんなに要領が悪いんだろう?
その時だった。いきなり目を覆われた。
「だあれだ?」
「え?」
また目黒さんだ。でも、今日は飲み会はないし、まだ七時前だ。
「目黒さん」
「正解!」
振り向くと、目黒さんがいた。やっぱり奇麗な人だ。
あれ、目黒さん、怒ってる?
「何よお、私の事好きって言ってくれたはずなのに、私が現れても全然嬉しそうじゃないのね」
「え?」
覚えてたんだ。うわあ、気まずい。
「さ、どこかで食事しましょ。フレンチがいいな」
目黒さんは僕を強引に机から引き離した。
「ちょ、ちょ! 片付けるから、待ってよ」
「はい」
妙に素直な返事にドキッとする。
「はい、行きましょ」
僕は仕事を途中で投げ出し、強引なデートに行った。
翌日、主任に怒られるだろうけど、かまわないや。
もしかして、恋?
僕にもそんな事が巡って来たのかと、とても驚いている。