私は鬼部長
私は仕事の鬼。
人生の大半を会社に捧げ、出世より会社のためを何よりも優先させて来た。
そのため、多くの部下に恐れられ、「鬼」に例えられた。
私はそれを褒め言葉と受け止め、誇りに思っていた。
会社に到着した。
受付の女の子が、私を見て真っ青になり、走り去ってしまった。
おいおい、それは大袈裟だぞ。
しかし、心の広い私はそんな事では怒ったりしない。
私が怒るのは、会社のためにならない事をする連中に対してだ。
誰彼構わず怒りをぶつけて来た訳ではない。
エレベーターを待つ。
いつもなら混み合うホールが、今は私だけだ。
到着音がして、目の前の扉が重々しく開いた。
そこには社長と専務がいらっしゃる。
私は脇に退き、頭を深々と下げて、
「おはようございます」
と挨拶した。
しかし、応答はなく、お二人は玄関へと走り去ってしまった。
どういう事だ?
私は何か失礼な事をしてしまったのだろうか?
いろいろ思い返してみたのだが、何も心当たりがない。
エレベーターが五階に着く。
私は扉が開くのを待った。
スーッと開く扉。
その向こうにいる私の部下達。
何故か全員腰を抜かさんばかりに驚き、走り去った。
何事だ?
一体この会社はどうなってしまったのだ?
社員ばかりでなく、社長と専務のご様子のおかしい。
私はこの疑問を解消するため、第一営業部のフロアに急いだ。
「おはよう」
私がフロアに足を踏み入れると、全員が私を見て絶叫し、部屋の反対側に走った。
さすがに我慢強い私も、この意味不明な一連の行動に怒りを感じた。
「何事だ? 何をしている? 君達の私に対する態度はどういう理由があるのだ?」
私は怯えている社員を見渡し、第一営業課長の茂森の顔を見つけ、
「茂森君、説明したまえ」
と命じた。そう、まさに命じたのだ。
すると茂森はガタガタと震えながら、
「ぶ、部長は昨晩、クモ膜下出血でお亡くなりになったはずでは……」
えっ?
記憶がフラッシュバックする。
ああ、そう言えば……。
私はすでに自分が死んでいた事を思い出した。
そして、社員達を見渡し、
「いや、私が悪かった。そうか、昨日病院で死んだのだな、私は。すまなかった、驚かせて」
と告げると、その場に倒れた。
死んでしまったのを忘れる程、私は会社を愛していたのである。