臨死体験
俺はスクープ専門のフリーライター。
と言うと聞こえがいいが、本当はフリーター同然のしがない物書きだ。
全く仕事がない。
あらゆるツテを頼って探したが、何もオコボレを頂戴できなかった。
食うに困り、飲食店のゴミ箱を漁る日もあった。
コンビニの裏口で、店長に廃棄処分する弁当を譲り受けたりもした。
生きている意味があるのか?
そこまで思いつめた事もある。
しかし、死ぬ「勇気」がない俺は、何も出来ないまま、おめおめと生きていた。
そんなある日、いつものように公園の滑り台の下で寝ていると、
「起きろ」
と肩を揺すられた。
「うん?」
目を擦りながら起き上がると、以前何度かレポを掲載してもらった雑誌の編集者が目に入った。
「ああ、よくここがわかりましたね」
俺は編集者を見上げた。編集者は呆れ顔で、
「有名だよ、あんた。ホームレスライターだって。ここのネグラも、業界じゃ知れ渡ってるさ」
俺は苦笑いをした。
「で、何ですか? まさか俺を笑いに来るほど暇ではないですよね」
「もちろん。仕事の依頼に来たんだ」
「仕事?」
話を聞いてみた。
どうやら仕事は「臨死体験」らしい。
臨死体験をした人達を取材するのかと思ったら、
「そういう仕事なら、他の奴でも出来る。でも、この仕事はあんたじゃないと出来ないんだ」
「俺じゃないと?」
俺限定? 妙な話だな。俺は眉をひそめて編集者を見た。
「そう。何しろ、臨死体験してもらうのだからな」
「えええええ!?」
この頃すっかり達観して、物事に動じなくなった俺もさすがに仰天した。
「死ぬんですか?」
「いやいや、死ぬんじゃないよ。そんな仕事ないって。あくまで臨死体験だ。死後の世界をちょっとだけ覗いてくるという仕事だよ」
言葉で言いくるめようとしているようだが、冷静に考えれば「死ぬ体験」ではないか。
「俺じゃないと出来ない仕事っていうのが、ちょっと引っかかりますね」
俺はムスッとして言った。すると編集者は悪びれもせず、
「別にいいんだよ、やりたくないのなら。こんな企画、ボツにすればすむことだからさ」
と開き直った。
「そう言われると弱いなあ。やります、やらせて下さい」
「そう。悪いね」
俺は編集者の狡猾な笑みに、「嵌められた」と思った。
しかし、取材は拍子抜けするものだった。
山奥の修験者もどきのジイさんが、臨死体験をさせてくれるというものだったが、見事に失敗。
と言うより、嘘つきジジイだったのだ。
俺達取材班は散々な思いで山を降りた。
結果として俺はそれなりの報酬は得たが、釈然としなかった。
そしてまたホームレスな暮らしに戻った。
いつものようにコンビニに行き、廃棄処分の弁当をもらい、小料理屋の板前から料理の残りを分けてもらった。
わずかに残った酒をチビチビ飲みながら、寂しい夕食を頂いた。
しばらくして、俺は胃袋を鷲掴みされたかのような激痛を味わった。
「グウウ」
俺は地面をのた打ち回った。
やがて意識が遠のいた。
気がつくと俺は花畑の中にいた。
大きな川の向こうでは、奇麗な女性達が追いかけっこをしていた。
この光景は?
臨死体験?
今更遅いぞ。
いや、そうだ。
これをレポートして雑誌社に持ち込めば、金になる。
俺は女性達に取材しようと川にかかる大きな吊り橋を渡った。
「あの、ちょっといいですか?」
女性達はニコニコしながら、俺に近づいて来た。
よし、これで記事になる。そう思った時だった。
「あれ、あれあれ?」
俺の身体は勝手に後ろに動き出し、女性達から離れてしまった。
「はっ!」
目を開けると、そこは病院の手術室だった。
「良かった、蘇生したぞ」
そこにいた医師と看護師達が喜ぶ中、俺は、
「何で助けたんだよ!? 臨死体験中だったんだぞ!」
と叫んだ。
俺はその後脳の検査もされてしまった。