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第九話 一つ提案が

 私が事前に連絡を、と言ったとおり、バルクォーツ女侯爵は使いの人間を走らせて、明後日訪ねるからと私へ伝えてきました。


 私は店を片付け、語学の本だけでなく政治の本や歴史書を用意しておきました。どちらの国のことも書いてあって、どちらの国の言葉の本も揃えて、お茶も用意して、準備は万端です。


 別に私は、バルクォーツ女侯爵に気に入られたいわけではありません。やましいことはしていないと認めてもらい、アスタニア帝国の市民権獲得のために悪い印象を与えないようにしたいのです。


 そのためには真っ当な商売をしていると証明しなくてはなりません。わざわざ足を運んでくるのですから、向こうも収穫は欲しいでしょう。


 そんな打算を弾きつつ、できるだけ穏便に済ませて帰ってもらうよう、私は気を遣います。


 からんからん、と店のドアのベルが鳴りました。すぐにバルクォーツ女侯爵が一人で入ってきます。


「邪魔をするぞ。おお、床から天井まで本だらけだな!」


 今日も変わらず凛々しいバルクォーツ女侯爵は、店の壁一面の本棚を見て、驚いていました。床に積んだ本はできるだけ少なくしたのですが、それでも店の半分は占められています。


「ようこそおいでくださいました。どうぞ、こちらへ」


 私は椅子を出し、座るよう勧めました。


「ああ、気を遣わなくていい。しかし、思ったより本格的で、とてもカルタバージュに来たばかりとは思えないな。ここに来てどのくらい経った?」

「三ヶ月ほどでしょうか。カルタバージュの方々は偏見がなく受け入れてくださるので、とても助かっています」

「そうだろう、そうだろう。アスタニア帝国でもカルタバージュは栄えているほうだからな、帝都ほどとは行かずともしがらみの少ない都会の気風はあるだろう」


 バルクォーツ女侯爵はご機嫌です。自分の街が褒められて嬉しいのでしょう。


 実際に、カルタバージュは外国人の私でも住みやすい都市です。もっと排斥されるものかと思っていましたが、アスタニア帝国は広大で、どこから来たかなどあまり気にしないのです。私がワグノリス王国のアンカーソン伯爵家と縁を切ってきた元貴族の娘だ、などと言う必要はどこにもなく、誰も過去を掘り返そうとなどしない。私はもうすっかり、ワグノリス王国での出来事——婚約を破棄され、妹に乗り換えられたことなど、忘れかけていました。今の生活が楽しくて、どうでもよくなっていたのです。マギニス先生に言われたとおり、私は今一人で生きていくことができていると実感しています。


 そんな私へ、バルクォーツ女侯爵はこんなことを口にしました。


「エミー、一つ提案があるのだが、私の使いとして古都エンリシュへ行かないか?」


 いきなりの話に、私は固まります。なぜ私がバルクォーツ女侯爵の使いになるのでしょう。先日会ったばかりです。


「ああ、順を追って説明するから聞いてくれ。まあ座って」

「はい」


 私は椅子を持ってきて、バルクォーツ女侯爵の前に座ります。ついでにお茶を用意して、近くのテーブルに置きました。


「実は、古都エンリシュに私の従弟がいるのだが、ワグノリス王国の文学をこよなく愛する男でな。よければ本を見繕って訪ねてやってほしい。気難しい男だから、気の利いた手土産を用意しないと客さえも追い返すのだ。それと、古都エンリシュは数百年前から古本市が開催されることで有名でな。私の従弟がそんな調子だから、いろいろ本が流通しやすいし、ついでに仕入れもやってくるといい。どうだ、一週間ほど店を留守にしてもいいなら、話を受けてほしいのだが」


 バルクォーツ女侯爵は片目をつぶってみせます。このお茶目な女侯爵は、嘘を吐いているようにも思いませんし、何か企みがあっても私では看破できないでしょう。


「……分かりました、おおせのままに。ですが、手土産といってもワグノリス王国の文学の本でいいのですか? あまりにもひねりがないような」

「そうだな、そこは何かないか?」


 うーん、と私は悩んで、仕入れ帳を引っ張ってきました。ワグノリス王国の文学、となれば最近のものがいいかもしれません。古典となると古都にはたくさんあるでしょうから、きっと飽きているでしょう。


 私は一人の文筆家の名前を指差し、バルクォーツ女侯爵へ見せます。


「ワグノリス王国の詩人であり文筆家、奇才の騎士と言われたラッセル・ブロードの短編集などいかがでしょう。アスタニア帝国にはまだあまり出回っていない本だと思います」

「うむ、聞いたことがないな。それはカルタバージュで見つけたのか?」

「いえ、国境沿いの街へ手を回して、ワグノリス王国の本が手に入ったら送ってくれるように頼んでいるのです。暇を見て、私が翻訳しています」

「翻訳! そこまでするのか」

「ええ、少しずつですが、本にしようと思って。その翻訳のノートを書き写して、お贈りするという形でよろしければ」

「ああ、ぜひそうしてくれ! いや、それならあいつも喜ぶぞ。いい土産ができてよかった!」


 はっはっは、とバルクォーツ女侯爵は笑います。


 私は肝心なことを聞くことにしました。


「ところで、その閣下の従兄弟君のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 すると、バルクォーツ女侯爵は拳の底を打って、そうだったまだ言っていなかったと気付いたようです。


「すっかり忘れていた。古都エンリシュにいる私の従兄弟……エンリシュ市長預かりジーベルン子爵、アレクシス・ジーベルンにこの手紙を渡して、よろしく言っておいてくれ」


 そう言ってバルクォーツ女侯爵は懐から一通の手紙を取り出し、私の手に押し付けました。

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