第七話 ウィズダム書籍商
私は顔を見せなくていい商売を探しました。
幸いにして元手はあります。人を雇うもよし、商品を大量に買い入れるもよし、何なら店をすぐに構えることもできるほど、お金には余裕があります。
しかし、そうするわけにはいきません。できるだけ節約して、ずっと稼いで生きていく糧を作らなくてはならないのです。
そこで、私は本を扱うことにしました。アスタニア帝国は貴族と平民の垣根が低く、平民でも学問をすることは珍しくありません。それに、本を選んで薦めるために、王立寄宿学校で学んだ教養や知識を活かすこともできます。個人相手に商売をしなくても学校や私塾へ卸すこともできるので、対面販売にこだわらなくてもいいのは気が楽です。
私は古本市場で本を探しました。この国の本だけではなく、私の生まれた国、ワグノリス王国の本が言葉の違いのせいで価値も分からず投げ売られていたので、それを買って同じ内容を書いたアスタニア帝国の本を探します。つまり二言語に対応させるのです。
すると、ワグノリス王国の言葉を学ぶ人々がそれを欲しがります。つたない語学能力では上手く対応する本を探せません、そこで私が王立寄宿学校でしっかり学んだアスタニア帝国の言葉——とはいっても市井の言葉ではなく、正式な貴族言語ですが——を用いて、合う本を紹介します。初級から上級まで、ワグノリス王国の貴族言語から日常会話まで、あらゆる分野のありとあらゆる対応本を揃えるのです。
そうなれば、私に頼めばワグノリス王国についての本が手に入る、という評判が立ちます。本を求める人々が増えれば、どんどん商売が成り立っていき、宿には床が抜け落ちかけるほどの量の本が積み重なるようになりました。さすがに蔵書が増えてきたので、倉庫付きの店を借りることにします。
店の名前は、ウィズダム書籍商。私がエミー・ウィズダムとなって、初めて公式の場で名前を使い、きちんとした取引に用いることができました。こうした実績を積み重ねていけば、やがては市民権取得にプラスに働くのです。
街の片隅に、本の看板を掲げた小さな店が誕生しました。エミー・ウィズダムの持つウィズダム書籍商は、ここから始まるのです。
それと、カルタバージュの人々は、私が顔を隠していることを気にしませんでした。年頃の娘が顔を隠すなら、それ相応の事情があるのだろう、そう言って深入りはしません。貴族に見初められたい娘が化粧をして顔を露わにする文化がある一方で、そうしない娘を特に貶すことはしないようでした。そのあたり、きっちりと線引きがあるようです。
私は安心して古本市場に向かい、学校や私塾に本を卸し、店に出ることができました。