第二十五話 お嫁さん
カルタバージュから馬車に乗って数日、帝都アスタナはカルタバージュよりもエンリシュよりもはるかに広大で、上へ上へと伸びる尖塔だらけの大都市でした。端から端まで、首を振ってもまだ向こうまで街は続きます。ワグノリス王国の王都よりも大きなことは確実です。
「広いですね」
月並みですが、あまりにも圧倒されて私の口からはそんな言葉しか出ません。
一方、アレクは帝都アスタナにそれほど関心がないらしく、落ち着いています。
「まあ、この国一の都だからな。俺もあまり来たことはないが、これから先何かと滞在することになるだろう。今回は母上のところに泊まるとして、そのうち住居を構えないとな」
「宮殿には住めないのですか? 私はともかく、アレクは警備上の問題もあると思うのですが」
「まだ正式には皇子じゃないし、俺はエミーと引き離されそうな宮殿になんか住みたくない」
ぷいっとアレクは拒否します。子供っぽい理由ですが、さりげに惚気ています。
帝都アスタナでの滞在は、アレクの母エステル・ジーベルンの屋敷ということになっています。アレクはすでに手紙を送り、急ぎであることを伝えていますが、了承は取っていないのでどうなのでしょう。もしだめそうなら、宿を取らなければなりません。
そもそもいきなりの訪問、いきなりのアレクの結婚相手としての挨拶を兼ねています。いくらアレクが大丈夫だと言っても、アレクの母には受け入れられるのか、私は心配でした。私は顔のあざのせいで初対面の人間と会うことが不得意ですし、最悪の事態を考えると、私はそそくさ逃げる準備をしなくてはなりません。
そうこうしていると、あっさりアレクの母エステル・ジーベルンの屋敷に着いてしまいました。公には皇妃ではありませんが、皇帝の配偶者だけあって屋敷の周辺に警備兵が配されるなど厳重です。
少し時間がかかって屋敷に迎え入れられると、玄関で四十半ばくらいの女性が出迎えてくれました。金髪碧眼で、黒髪黒目のアレクとは髪や目の色は違いますが、どことなくアレクと雰囲気が似ているので、まず間違いなくアレクの母エステル・ジーベルンでしょう。一目見て美人と分かる、はっきりとした凛々しい顔立ちです。
「母上、お久しぶりです。こちらがエミー、俺の結婚相手で」
アレクが言い終わる前に、アレクの母エステル・ジーベルンは私を見て、アレクをもう一度見て、すぐにくるりと反転して屋敷の奥へ叫びながら走り出しました。
「あなた、アレクがお嫁さんを連れてきたわ! 早く来て!」
「え?」
賑やかな人だなぁ、などと思う暇もありません。
アレクの母エステル・ジーベルンが、あなた、と言う人物。そんな人物、アスタニア帝国では一人しかいません。
「まさか」
「皇帝陛下が、ここに?」
アレクの顔がさあっと蒼白になっていきます。
「逃げよう、エミー」
「で、でも、きっと追ってきますよ。外にやけに兵士が多いと思ったら」
そうです、あの警備兵はアレクの母エステル・ジーベルンを守るためだけでなく、おそらくは訪ねてくる皇帝の警護を兼ねているのでしょう。だとすれば納得です、などと思っている場合ではありません。
アレクが慌てている間に、アスタニア帝国皇帝は来てしまったのですから。
アレクの母エステルとともにゆっくりと歩いてきた、黒髪黒目の中年の男性——豪奢な服装に、いくつもの勲章を胸からぶら下げて——言葉を発さなくても分かります、その厳然たる雰囲気は、場の空気をピリッと緊張させました。
「お前がアレクシスか?」