第二十一話 これは何と読む?
夜、書斎でブロード卿の小説を翻訳していると、アレクがやってきました。手には先日ブロード卿からいただいた著作とノートとペンを持っています。
「すまないエミー、これは何と読むんだ?」
アレクはそう言って本の一文を指差して見せてきたので、私は答えます。
「王宮騎士です。爵位の一つの騎士ではなくて、職業としての騎士ですから、綴りが違いますね」
「そうか、道理で話が違うと思った。では女王の騎士というのは」
「これは称号の名詞ですが、歴史的な単語なので語尾変化はありません。そのまま読んで大丈夫です」
ふむふむ、とアレクはノートに書き込んでいました。興味のあることには非常に勉強熱心です。アレクは普段はあまり物事に頓着しないのですが、読みたい本を読むためには努力を惜しみません。
アレクは感嘆のため息を吐いていました。
「エミーはこれを翻訳するのか。商売の合間によくやるものだ、感心するよ」
「少しでも稼ぎになるなら、それにあなたに読ませるためなら頑張ります」
「嬉しいが、無理はするなよ。甘いものを食べて休むのだぞ」
そう言って、アレクは私の肩を叩きました。この方の気遣いは、言葉こそ短いものの真心がこもっていて、私はつい顔が綻びます。
アレクは別の文章を指して、私へ本を持ってこようとしました。
「エミー、これは」
しかし、アレクは手を引っ込めます。
「いや、やっぱりいい」
「どうしたんですか?」
言いづらそうにアレクは口ごもって、それからそっと本の文章を見せました。
その場面は、王宮騎士が主君である女王へ愛を語るところです。読んでいて恥ずかしくなるような甘ったるい言葉が続きます。
そんなつもりじゃなかった、とばかりにアレクが困っています。私は何とかフォローしました。
「ブロード卿、恋愛小説もお書きになるのですね」
「詩的に表現しているが……これは実は過激なのでは」
「そうですね。ちょっとアスタニア帝国では受け入れられないかもしれません、上手く訳さないと」
アレクはバツが悪そうです。うっかり私にそんな場面を見せてしまったことが恥ずかしいのか、顔が少し俯いています。案外初心なところがあるようです。もっとも、アスタニア帝国にはあまり恋愛小説がありませんし、免疫がないのも無理はありません。何だかんだ、アレクも男性なので恋愛小説はさして読まなかったのでしょう。
「エミーは平気なのか」
「はい?」
「何でもない。上手く訳してくれ」
「分かりました。もうしばらく待ってくださいね」
アレクが拗ねているのは、手に取るように分かります。
それがどうにもおかしくて、私は思わず笑ってしまいました。