第二話 死んでおけばよかった
逃げたところで、ここは王立寄宿学校。行くあてなど自室しかありません。誰もおらず、誰も私の顔を見ない場所なんてない、宿舎に引きこもるしかないのです。
化粧台の鏡を布で覆って隠します。ガラス窓もカーテンを閉めて、顔が映らないようにして、暗くなった部屋で毛布をかぶってベッドでうずくまります。
「何で……顔のことは言わないって約束したのに……」
ずっと昔、私とヒューバートの婚約が決まったころ。ヒューバートはそう言ってくれたはずでした。
「私はこんな顔だけど、たくさんお化粧を覚えて何とかするから」
「気にしないさ。いちいち顔に文句はつけないよ」
それは嘘だったのでしょう。親が決めた結婚に文句を言える年齢ではなかったから、そう言って取り繕っただけだったのです。今になっては、ヒューバートは傍若無人な行いが目につくようになり、公爵家の跡継ぎというだけで貴族の子弟が集まる王立寄宿学校では一目置かれるものですから、余計に増長していってしまいました。
もう、ヒューバートが私と歩くことはないでしょう。あんなにたくさんの生徒がいる食堂で、私の顔をなじって婚約の破棄まで宣言した。二度と、私がヒューバートの隣にいることはありません。
泣いたところで化粧が崩れてよりあざがはっきりするだけと分かっていても、涙は止まりません。
そこへ、自室のドアを叩く音がしました。私はのそのそと身を起こし、やっとの思いでドアの前に立ちます。
「誰?」
「お姉様、私よ。ライラ」
「ライラ?」
私はすぐにドアを開けます。妹のライラなら、私のこのあざについてもっともよく知っている人間の一人です。婚約については美しい顔のライラに譲ってもいい、でもこの心の傷は誰かに癒して、慰めてもらいたくて、私は期待を込めて妹の前に顔を見せます。
ところが、そのライラは笑顔でした。
「ねえ、聞いた? さっきヒューバート様が来て、私と婚約するんですって! お姉様、何かしたの?」
その声はどこか弾んでいて、浮かれていることがはっきりと分かります。
「ライラ、私は何もしてないわ」
「ふうん。じゃあ、お嫌になったのね。でも安心して! 私ならヒューバート様と並んでも平気よ、お顔が……ああっ、ごめんなさい! お姉様だってそんな顔になりたくてなったわけじゃないわよね!」
その声はどこか歪んでいて、私を蔑んでいることがはっきりと分かります。
「今まで、ずっと不思議だったのよ。お姉様より私のほうがずっといい子で可愛いのに、どうしてヒューバート様と結婚できないのか。どっちと結婚したっていいなら、私でいいのに、って。でもヒューバート様ご自身が選択なさったのなら、これで決まりね! 私、幸せになるわ、お姉様!」
その声はどこかおぞましくて、私を突き放していることがはっきりと分かります。
「じゃあね。お父様には手紙を送っておくから、お姉様はお好きなだけ引きこもって。そのうち家に戻されると思うけど、それまでの辛抱よ!」
ライラは、そう言って私の目の前でドアを思いっきり閉めました。
私は崩れ落ち、泣くことしかできませんでした。
こんなことになるなら、あのとき死んでおけばよかった。