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第十五話 不器用に口説かれ、そして

「このあざのことを、お知りになりたいですか?」

「ああ、それは生まれつきなのか? それとも後天的に?」

「幼い頃、事故でついた傷です。あれはガーデンパーティの帰り、夕方のことでした」


 私は、今まで記憶の奥底に蓋をしていた過去を思い出しながら語ります。


「パーティが終わって、続々と各家の馬車が集まってきていたときのことです。突然馬が暴れ出し、一台の馬車が暴走しはじめたのです。近くに停めてあった他の馬車にぶつかり、壊れた破片が飛び散りました。大きな破片が私の隣、妹のほうに飛んできたので……私はとっさに、妹の手を引いてかばいました。幸い破片はかすって顔に傷を作っただけで、私にぶつかったりはしなかったのですが、もし体に直接ぶつかっていれば私は生きていなかったかもしれません。そのくらい切迫した状況でした」


 アレクは話を聞いて、息を呑んでいました。少し、刺激の強い話だったかもしれません。


「両親は、周囲の大人はいきなりの出来事に立ちすくんで動けませんでした。無理もありません、あの事故は死者も出ていて、大変騒然となったことを憶えています。それだけの大事故で、同時に私の顔にできたあざのことも広く知られることになってしまいました」


 事故が広まれば、私のあざのことも広まる。妹をかばって怪我をした、それだけを聞けば美談ですが、その美談を人々が口にするたび、怪我をした私は顔に傷を作ってあざとなって女性としての魅力を損ったと言われるのです。まあかわいそうにと同情する人もいますが、ほとんどはそんな女はこの先結婚できないだろう、と話を締めくくりました。


 私はそんな思いをしたのに、嘲笑の対象となってしまっていたのです。


「お前のあざのことは、ワグノリス王国でも知られていることなのか?」

「ええ。私は元貴族で、おそらくワグノリス王国の貴族で私のあざを知らない人はいなかったと思います。だから、腫れ物扱いされていて、なのに婚約が決まったときは嬉しくてしょうがなかった」


 私は思い出さないようにしていたのに、あの元婚約者のことを思い出してしまいます。嫌な記憶なのに、忘れることができません。


「その婚約も、このあざのせいでなくなってしまいました。妹は私のあざを気にしていないと思っていたのに、ずっと嫌だったとまで言っていました。私のせいで白い目で見られて、と……私の婚約者は、私を捨てて妹の婚約者となって、今は幸せに暮らしているでしょうね」


 私は笑おうとしました。でもぎこちなく顔の筋肉が動いただけで、多分笑えてはいなかったと思います。


 そんな私へ、アレクはこう言いました。


「大変だったな、エミー。それで済ませるわけではないが、お前はひどい目に遭って、ここまで何とか生きてこられたのだろう。お前が生きていてくれてよかった、心からそう思う」


 アレクは少し間を空けて、ゆっくりと、はっきりと喋ります。


「お前のあざのことは、少しは理解できた。つらかっただろう、話してくれてありがとう」


 私は素直に驚きました。アレクがそんなことを言ったということもそうですが、大抵は事故と私のあざの話を聞いて不快になる人々ばかりだったので、感謝されるなんて思ってもみませんでした。


「そう言ってくださる人は、今まで一人もいませんでした」

「そうか。ろくでもない連中だな、気にすることはない」

「ええ、そう思います」


 昔の私なら聞かされる人々も気の毒だ、と思ったでしょうが、今の私はそう言えます。私の話が聞きたくない、不快だと思うなら、私はその人々と理解し合うことができないのでしょう。


 だから、アレクはそんな人々とは違うのです。ようやくまっすぐに私を見つめてきて、真剣な面持ちでこう訴えます。


「同情は、お前が欲するところじゃないだろう。だからもう同情はしない。だが、同時に俺はお前がこれ以上傷つくところを見たくはない」


 きっと、そう言えるアレクはとても育ちがよくて、他人の傷に寄り添える方なのでしょう。他人の傷を自分のもののように受け止めて、心の底から慰められるような方です。


 それは、とても得難い性分です。いい人なのだと、そう確信できます。


「先の話をしよう。今までお前が受けてきた仕打ちは、あざのことは、過去の話だ。これから先は、俺と結婚したあとは、俺がお前を幸せにする」


 アレクはそう言った直後、一瞬だけ目を逸らしました。どう言葉を繋げればいいか、迷っている様子でした。おそらく、照れているのだと見て取れます。口ごもりつつも、一生懸命話します。


「初めはその、隠していた顔を見てしまったからやってしまった、と思ったが、お前は可愛らしいし、何より今の話を聞いてその性格も決して嫌いではないと分かった。だから、今は心から、結婚してほしいと思っているよ」


 その言葉は、信じていいのでしょうか。


 本当に私へ向けられたと思っていいのでしょうか。


 私は思わず問いかけます。


「本当に?」

「ああ、本当だ。信用できないか?」

「ううん、でも後悔しませんか? 私のあざを見てうんざりしませんか?」

「しない。俺はお前だけをずっと見ている」


 そう言って、また恥ずかしそうに顔を俯かせました。アレクは自分で言っておいて、そのたび照れています。


「何だ、自分で言っておいて恥ずかしいな……でも、本心だ。誓っていい、あの従兄弟殿を証人に呼んできてもいいくらいだ。嘘を吐けば殴られるくらいでは済まないだろうな」


 それはバルクォーツ女侯爵を知っていれば、それもそうだ、と納得できるような話です。ここまで口説いておいて私を捨てれば、バルクォーツ女侯爵はアレクを許さないでしょう。


 私は、バルクォーツ女侯爵が怖かったわけではありませんが、ちょっと苦笑してアレクにこう答えました。


「では、怒られないように、ずっとこの先も幸せにしてくださいね」


 アレクは初恋に直面して恋が実った少年のように、純粋なほどの笑顔で、思いっきり嬉しそうに頷きました。

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